『薬愛無効』

作:蜜売家麻薬


「ということで、僕は不死身の身体を手にした訳なんだけどさ」

「そんなに知ってる前提みたいに話を始められるとは思わなかったな。まあいいや、続けて」

「いやね、別に僕は、永遠の命なんて欲しくないんだよ。普通に年取って、普通に人生を全う出来たらそれで十分っていうか、……『不死身の身体』なんて言ってもさ、もしかしたら、この身体は寿命とか、そういうのでいずれなくなっちゃって、僕の魂?とかそういう、実体のないものが、未来永劫、ずっと生き続けるのかもしれない、って、そう考えるとさ、なんか、怖くない?」

「……いや、私は別に不死身じゃないからそこに共感を求められても困るっていうか……どちらかというとなんで不死身の身体になったのかっていう経緯が知りたい……」

「えっとね。悪魔がいつものように僕の前に現れて、いつものように僕との取引を持ちかけてきたんだけど」

「あー前提からついて行けないタイプの話か。君にとって、悪魔が来るのは『いつものこと』なんだね?」

「あ、そうか!君は悪魔と週一ペースで会わないタイプの人間?」

「週一どころか、実在することに驚いてるタイプの人間。で、悪魔がどうしたの?」

「いつもは『宿題をやってくれ』とか『パンを買いに行ってくれ』っていう取引を持ちかけてくるんだけど」

「あ、想像してた『悪魔との取引』と全然違ったな。それは多分、パシリって言うんだよ。まあ、それで?」

「その日は、様子がおかしかったんだ。『ロキソニンを買ってきてくれ』って、僕にそう頼んだんだ」

「ロキソニン」

「そう、ロキソニン。歯が痛かったらしくて」

「ロキソニンは市販の鎮痛薬の中でも最も強力な鎮痛剤だもんね。悪魔にも効くんだ。で、買いに行ったの?」

「そう。ロキソニンを、そこのマツキヨで買って、悪魔に渡したんだ。……そしたら、悪魔が、『今日はお金がないんだ』って。そう言ったんだよ」

「悪魔も給料日前は金欠なのかな。まあ、それで?」

「それで、お金の代わりにって、僕に、……不死身の身体を授けた」

「……余計なお世話ってこういうことを言うんだね。え、それで、本当に、不死身の身体になっちゃったの?」

「うん、そうなんだよ。そ。今日はそれを見せてあげようと思ってね?」

「……えーっとそれは果物ナイフかな?危ないじゃん仕舞ってよ……」

「まあ、見てなって。……ほら。心臓を刺したって、何も起きないの!」

「し、心臓をそんな……黒ひげ危機一髪みたいに刺すのはよくないよ……」

「黒ひげ危機一髪?いいね!?いっぱい刺したらさ、首とかがぴょーん!!て……飛び出すかな?」

「飛び出さないと思うよ」

「死なないって分かってるんだからどこを刺したって大丈夫だよね?鳩尾とか!お腹とか!どこを刺したって死ぬ気配すらないんだよ。……僕は死なない、僕は死ねない、僕は、不死身なんだよ!?」

「怖い……。ねぇ君は、悪魔と週一ペースで会うんでしょ?だったら、悪魔に、元の身体に戻してくれって、そう取引を持ちかければいいんじゃない?」

「……僕から取引を持ちかけたことはない」

「君から取引を持ちかけちゃいけないっていう約束なの?」

「……別に、そういうわけじゃない」

「じゃあそうするしかないよ!ね、そうしよ」

『あのー、すみませーん』

「だ、だれ」

『悪魔です』

「悪魔って、『悪魔です』って名乗るんだ。でもちょうどいいところに来た。あんたには話があるの」

『ロキソニン代のことですよね。分かってます〜。ロキソニン代、あったんですよ〜!!お財布ひっくり返したら、ちょうどぴったりお金あって』

「なんで最初から財布ひっくり返さないかな……っていうか、つまり、元の身体に戻してくれるの?」

『もちろんです!!すぐに戻しますから。ではでは。アジャラカモクレン、てけれっつのパ』

「急に落語っぽさを意識した呪文だね」

「はぁ……よかった。これで元の身体に戻、ごはっ」

「……え?何したの?」

『え、何って……元の体に戻したんですよ?』

「なんで……?なんでこんなに血が流れてるの……?」

『え、なんでって。刺してたから』

「元の身体に戻っても傷は治らないの!?」

『えぇ!?なんで元の身体に戻したら刺したこともなかったことになるってことになってるんですか!?』

「元の身体に戻っても傷はそのままだとも言ってないじゃん!」

『あーちょっとこれは、僕自身不死身なんでこういう展開は予測していなかったというか……あ!!すごく痛そうなんで、ロキソニンいります?』

「どう見ても手遅れじゃん!!……あ、あんた悪魔しょ?魔術とか使えるんだよね?だったらさ、またさっきの身体に戻して、今度は『不死身の身体から戻っても死なない身体』に替えてよ!」

『ご、ごめんなさいぃ……僕下っ端なので……さしかえは出来ません……』


【追記】

2020.5.23 『寄席鍋 23杯目』

演:蜜売家麻薬

https://spice.eplus.jp/articles/269806

https://youtu.be/_zpQB-7zM6o

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