Lonely walking in the Sky with Diamonds

蜜売家一門

『塞薬(夏フェス版)』

作:蜜売家麻薬


患者「せーんせっ!!」

医者「なっ、……んだよびっくりしたな……」

患者「朝ごはんの時間でーす!!!」

医者「あぁぁ…………もう朝か……」

患者「ということで、行ってきま!!!!……ァ、ア"、…………先生……」

医者「なんだよ!!煙草吸いに行くんだろ!?さっさと表で吸ってこいよ!!!その間に俺は奥から朝飯持ってきておくから……」

患者「せんせぇ……!!分かってるくせに!!僕が今から煙草吸いに行くって分かってるくせに!!だったら僕が!!なんで煙草吸いに行けないのか……言わなくても分かってくれたっていいじゃないですかぁ……」

医者「触んな!!!!」

患者「先生煙草ッ!!」

医者「先生は煙草じゃないッ。はっきり言え」

患者「煙草がなくなりましたぁ〜!!!!煙草が欲しい!!です〜!!!」

医者「……もう全部吸っちまったのか!?」

患者「だってぇ……。ご飯の前に一服吸うその瞬間!!〜!!その瞬間こそが!!いちばんの至福の時間じゃないですかぁ!!」

医者「お前に煙草を吸われると困るんだがな、俺は!!」

患者「先生は分からないだけですよ、食事と!煙草の!!あの甘美な幸福を……」

医者「知らなくていいよ。ったくよォお前は本当に……よくこんな状況で毎日毎日飯が食えるな……」

患者「えー?こんな状況って言ったって……ちょっと大洪水が起きて他との連絡手段が遮断されてるだけですよね?」

医者「だから"そういう"状況なんだよ!!いつ衣食住が枯渇したっておかしくねえんだ、救援が来る気配もねえ。うちの病院が頑丈だったのと、薬と食いもんの貯蔵庫にちゃんと備蓄があったのと、うちの病院でこの災厄に遭ったことを、幸運に思え……、はァ、どうしたんだよ、また」

患者「せ、せんせぇ……!!先生!!か、かか、壁……!!」

医者「壁!?な、畜生!!ここまで水が来たか!?」

患者「蝶々がいるううううううううう!!」

医者「……埃だろ、それは」

患者「えぇぇーー????先生に!!似合うと!!思ったんですけど!!!???だからほら、あげます!!」

医者「やめっ……ゲホッゲホッ……こんな状況じゃなかったらな、もうこんな埃だらけのところでも咳一つしないお前を診る必要なんてねえんだよ。うちは内科なんだ、精神病棟じゃないんだよ」

患者「せーんせぇ。咳が出ないのは、この煙草のお陰ですよ!!」

医者「はぁぁァアアアー。お前本当に喘息があるからそれ吸ってんのか?」

患者「そりゃそうですよ!こいつがないとまたなんかまた苦しい咳が止まらなくなるんじゃないかって恐ろしくなっちゃって。そういう時に煙草を吸うと落ち着くので煙草のお陰で治っているのです」

医者「俺の経験上そういうやつをヤク中と呼ぶ。煙草の貯蓄ももうないんだぞ!!」

患者「エ"……」

医者「そんなに気持ちよくぷかぷか吸ってるからそりゃなくなって当然だろ。食糧だってもう底をつきそうだし……。……。なあ、どうだお前、煙草の代わりと言っちゃなんだが、お前が気持ちよくなれるいい薬がある、どうだ?」

患者「え、どんなのですか!?」

医者「貯蔵庫にあるんだ。ついてきてくれ。その薬は『ロタネヴ錠』といってな。もともと期待されていた作用は、栄養の促進。食事をほとんどとらなくてもよくなる身体になるんだ」

患者「へえ、それはよいことですね」

医者「まあ、それは確かにいいことなんだが、副作用がまた変わっていてだな……お前が吸ってる大麻みたいにキマっちまうのに加えて、『夢』をよく見るようになる、というものでな」

患者「へえー、夢を」

医者「そうだ、夢を。この夢がまた奇妙だそうでね。『死に至るほどの悪夢』。この薬を飲んだ患者の多くが近いうちに恐ろしい悪夢のせいで幻覚症状を訴える、そのようになって命を絶つ者も居たとかいう、いわく付きの薬なんだよ」

患者「えぇー、なんでまたそんな怖い薬を持ってるんですか」

医者「外国で、薬だけで人間が生きられるかの実験をしていてな。興味があるので秘密裏に手に入れた」

患者「へぇ……で、その薬を二人で飲むんですか?」

医者「いやお前が飲むんだよ」

患者「え"、なんで僕が飲むんです」

医者「お前は煙草吸った時みたいに楽しくなりたいだろ?俺は飯を食いたいんだ」

患者「喉を通らないのに?」

医者「喉は食いたがらないが胃は食いたがってるんだ」

患者「だったら毎日ちゃんと食べた方がいいですよ!餓え死にしますよ?」

医者「俺は食が細い。お前はロタネヴで食事をとらなくてもよくなる。貯蔵庫にある飯は干物とか漬物ばっかりだから長期間保管できる。俺とお前が生き残るのにちょうどいいだろ」

患者「そうなんですかね」

医者「あ、あとそうだ、副作用はもう1つある」

患者「"内臓が全部歯車に"なってしまうんですか……耐えてみます」

医者「一人で話を進めるな。いや、しゃっくりが止まらなくなるという報告がある」

患者「しゃ、しゃっくりぃ?はは、ははははははははははははははは!!何か深刻そうな顔してると思ったら!ははは、しゃっくりですか!!しゃっくりなんてねぇ先生、水飲めば止まるんですよ。それでも止まらなかったら驚かせてくれてもいいですよ。なんだ。その程度のものですか。なら先生の仰る通りです。僕が薬を飲むのがいいですね」

医者「そうか。……じゃあ、はい。これを一錠」

患者「はい!!…………これでいいんですね。どんな風になるんですかねって、あ、煙草吸いに行ってない!!」

医者「はい。1本やるから、その1本でもう最後だと思え。さっさと吸ってこい」

患者「はい、行ってきまーーー、……」

医者「どうした、急に立ち止まって」

患者「……ひっく。ひっく。あはは先生、効いてきましたよ。ひっく。煙草はやっぱり吸わないです。なんか……煙草を吸わなくてもいい気分です。ひっく。なんかこう、ひっく。気分がいいです!!ひっく」

医者「そ、そんなにしゃっくりが出るものなのか。水でも飲むか」

患者「いらないです。ひっく」

医者「いらないって……飲まないと苦しいだろう」

患者「ひっく。思ったより苦しくないですねぇ。ひっく。寝ちゃえば気にならないでしょう!!ひっく」

医者「いや、それでも……」

患者「ひっく。ひっく……寝ちゃえば、問題ないです。ひっく。ひっく」

医者「本当に、それでいいんだな?」

患者「もちろんです!ひっく、おやすみなさ!ひっく!」

医者「まあ薬の飲み始めは身体が慣れてないからな、これくらい強く効果が出るものかな……これでうまくいってくれればいいんだが………。俺も寝るか……



ー‹\(*´꒳`* )/››‹‹\(  *)/››‹‹\( *´꒳`*)/››ー



患者「せんせぇー……。せんせぇ……?せんせぇ、せんせぇ、先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生、先生!!僕は生きていますか?僕は今どこにいるんですか?ここはどこでづかこれからどうすればいいんですか!!僕は生きてるんですか?あああ、いえ、生きられません……これは夢だからです。夢です、夢です……だから僕は……生きられないんです……生かしてください……生きさせてください……先生……先生……せんせぇー、せんせぇー!!先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生!!」

医者「おい起きろ!」

患者「……?先生?」

医者「思ったよりも酷い魘されようだったな。やっぱり薬はやめにしよう」

患者「はははは、ひっく……何回言うんですか、それ」

医者「………?いや、昨日飲んだばかりだろ」

患者「ふふ、何を仰っているんです?僕たちは、あの土砂崩れの中も、あの殺人寄生虫の大量発生からも、一緒に生き延びた仲じゃないですかぁ」

医者「……それは、おそらく、ロタネヴが見せた悪夢だ。」

患者「だから何回言うんですか!!!!聞き飽きましたよ。僕は必死になって先生と生き延びようとしてるのに『それは夢だ、ここが現実だ』って」

医者「……とにかく、もう薬は辞めだ」

患者「なんでですか!?食糧尽きるんですよね?助けが来る気配もないですよね!?ロタネヴは!!生き延びるための命綱ですよね!?」

医者「……まあそうなんだが……ここまで現実に影響が出るとは想定していなかった。だから違う方法を考えよう」

患者「あははははひっく!!せんせぇ!!夢だってこと証明してあげますよ!ひっく。何か切れるものないですか?今から僕の首を切ってみせます。ひっく。そうしたら目が覚めますんで」

医者「やめろと言っているんだ!!この馬鹿が!!」

患者「あはは、あは……あははははははははは!!せんせぇ!!ひっく……。ごめんなさい。取り乱しました。…………先生は今日の分の薬飲まないんですか?」

医者「俺は飲んでいないだろう」

患者「そうでしたっけ。ごめんなさい。……でも食糧はもう鯰に全部持っていかれましたよね?」

医者「……食糧は昨日の今日でなくなるものではないし、鯰なんてここでみたことはない」

患者「でもこの前っ……ああ、確かにそこに、ご飯、ありますね……」

医者「……もう薬は飲まないから、お前も食うか」

患者「駄目です、ロタネヴは食べないために飲んだんです。煙草を吸わない僕と先生が生きるためですよね?」

医者「今のお前は煙草を吸っている時よりもよっぽど問題だ」

患者「やっぱり問題ですよねどうしましょうか、逃げるのは難しいんです、外の洪水もまだ引いてないので土砂崩れが起きてそして潰れて死ぬんです。だからロタネヴを飲んでこうやって少しでも生きて、あでも長くいすぎると今度はこの病院が劣化してきて、いずれ扉が壊れて流れこんできた水で溺れて死にます。もしも扉が壊れなくても先生が発狂した僕に耐えられなくなってロタネヴもくれなくなってご飯もくれなくなって僕が死ぬことを望まれるようになってます。それでもいいとは思いますけどね。先生、刃物は持ってないんですか?どうせ夢ってこともあるんですよだから僕1回首切ってみますよ。夢だったら覚めますから。現実だったとしてもほら僕が居なくなるから先生はまだ生きられます、もっと快適に。ほら早く、僕は邪魔でしょう!?1回!!僕が!!死ぬくらいで!!何を躊躇うんです!!??」

医者「落ち着け!落ち着いてくれ。本当に悪かった。ここまで酷い目に遭わせるとは思ってなかったんだ。そんなに酷い夢を見たのか。そんなに長い悪夢を見ていたのか。だがそれは全部夢なんだ。ロタネヴの悪夢なんだ。お前は死ぬ必要はない。まだ生きられるから、落ち着いてくれ」

患者「……せんせぇ。僕に、どうしてそんなに生きていてほしいんですか?」

医者「そりゃあ、………………私が、医者だからだ」

患者「だったら……こんな薬、なんで飲ませたんですか……」

医者「………………煙草を吸い続けるのはよくないと思った、薬の幻覚に慣れているのなら副作用の悪夢だって問題ないと思った、食糧が要らなくなれば1人分の食糧の消費で済むからもっと長く生きていられると思った、だから!!」

患者「僕を実験台にしたんですか?」

医者「……」

患者「……この薬……ひっく。この薬を飲んでから、僕はもう生きているのか死んでいるのか分からなくって……。でも生きたくなるんです、だから生きたくなるってことは僕生きてるんです、生きたいんです、生きさせてください。生きさせてください先生、先生……っひっく。煙草が欲しいです。水が欲しいです。ひっく。先生……ひっく」

医者「煙草もある、水もある……」

患者「煙草、まだあったんですか?」

医者「……いずれ、なくなる、がな……」

患者「……はは。そうでしたね。先生、煙草がもうなくなるとは仰ってましたけど、『煙草がもうなくなった』とは、仰っていませんでした、ね」

医者「……そのまま煙草をお前にやってても、いざなくなった時に禁断症状が出て苦しんだはずだ。だから煙草はよくないと……」

患者「先生、煙草お嫌いですもんね。ひっく。嫌でしたよね。ひっく。あの煙草中毒だった僕が悪いんですよ。ひっく。僕は煙草を吸ったら楽しいんですけど、そんな僕も鬱陶しかったでしょう?先生の判断は、ひっく、理にかなってるんじゃないですか!!」

医者「…………食糧はまだある、さっき言った!!薬を飲まなくても…………ここで、生きていけたはずだった…………お前がいなくなったら、こんな世界でどうやって1人で生きていけと言うんだ……」

患者「ひっ……っく、ひ……っく。先生……また夢を見ます、また夢を……槍を身体中に突き刺されます、天井に押し潰されます、水に溺れます、もうたくさんで、っ!!……先生。……あはは、夢を見ます。大丈夫です、また夢ですから。きっとまた……苦しいんでしょうね……ひぃぃ、っく」


【追記】

2020.8.28 『怪談寄席(落研の夏フェス)』

演:蜜売家偽薬

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