第560話 辻斬りの刀 

 本当に孟雄さんなのか確かめるために僕はバイクのエンジン音が聞こえた建物の裏口に向かったが、山葉さんを始め、居合わせた人々がぞろぞろと僕の後に続いた。

「ほら山葉、あなたは双子がお腹の中に居てバランスが悪いのだから階段を降りる時は気を付けなさい」

「お母さんこそ莉咲を抱えているのだから、自分の足も尾に気を付けて欲しいものだ」

 山葉さんと鼻の裕子さんのやり取りを聞いて、祥さんが苦笑しているのが見えたが、僕は構わずに裏口を目指す。

 建物の裏には通用口とガレージのシャッターがあるのだが、僕はガレージ用に置いてあるシャッターのリモコンを手に立ってから通用口を開ける。

 外に出て目に入ったのは、バイクにまたがって煙草を吹かす壮年の男性の姿だった。

 革ジャンの上下に身を固め、ボリュームのあるアフロヘアにナスビ型のレイバンのサングラス、その唇にはシガリロが張り付いている。

 それはまさしく、山葉さんの父の孟雄さんで、どう見ても四国からバイクできたとしか思えない様子だった。

 彼のバイクは八十年代に生産されたアメリカ製のハーレーダビッドソンで、オーバーヘッドバルブという古風なメカニズムを持つ大排気量のV型二気筒エンジンは地響きのようなアイドリング音を響かせている。

 ハーレーダビッドソンのヘルメットフックにはジェット戦闘機パイロットタイプのヘルメットが掛かっているが、僕は孟雄さんがアフロヘアをどうやってヘルメットに収納していたのか理解し難い思いだ。

「お父さん、危ないからバイクで来るのはやめておいてと言ったのに」

 山葉さんは口を開くと同時に小言を始めるが、孟雄さんは意に介す様子は無かった。

「うん。連続で走るとオーバーヒートする可能性があったからちゃんと京都で一泊して来たよ」

 孟雄さんはシガリロの煙を立ち昇らせるが、今度は裕子さんが苦言を呈した。

「山葉の体調もあるし、莉咲ちゃんもいるから家の中でタバコを吸うのは駄目よ」

「もちろんだよ。ハーレーで長旅して締めくくりにシガリロを楽しんだから当分吸わなくてもいいと思っている」

 どうやら孟雄さんは愛車のハーレーダビッドソンでロングツーリングすること自体を楽しんで来たらしかった。

「長旅でお疲れでしょう。とりあえず家に入ってくださいよ」

 僕はガレージのシャッターをリモコンで開けながら孟夫さんに告げる。

 孟雄さんは重そうなハーレーの車体を押しながら僕に笑顔を向けた。

「徹君ももうすぐ三人の子供の父になるね。いろいろあったことは聞いているけれど、終わり良ければ総て良しだね」

 僕は何と答えて良いか複雑な心境だったが、あいまいな笑顔で答えるしかなかった。

 祥さんは、先に立って孟夫さんを誘導していたが、孟雄さんがハーレーダビッドソンを押してガレージに入ろうとした瞬間、僕の目に白い閃光が飛び込んだ。

「今何か光りませんでした?」

 祥さんも怪訝な表情で尋ねるが、閃光の中心にいた孟雄さんは不思議そうな顔で僕たちを見返している。

「この家に張り巡らされている結界が反応したみたいだ。私にはお父さんの荷物が結界に引っかかったように見えたのだが」

 山葉さんが緊張した表情で告げると、孟雄さんは先ほどまでの余裕のある表情から少し心配そうな雰囲気に変わった。

「そうか。実は徹君の守り刀にと送らせてもらった日本刀なのだが、少し訳ありの品物だったらしい。荷物の中にあの刀の由来を伝える古文書を入れてあったのだが、それになにがしかの怪しげな念や霊の類が憑いていたのかもしれない」

「ちょっと、お父さんどういうことなの。大事な婿殿にそんな怪しげなものを送り付けるなんて」

 裕子さんが、表情を険しくして孟夫さんを咎め、孟夫さんはハーレーダビッドソンのスタンドを止めながら小声で言った。

「申し訳ない。僕は山葉が持っていった刀と同じく先祖から伝わった刀だと思い、徹君が妖の類に遭遇した時の助けになればと思って送ったのだが、あの刀は幕末の頃に辻斬り佐吉と呼ばれた勤王の志士が使っていた刀で、捕えられて死んだ後に遺族のもとに送られたらしい。徹君あの刀を持った時に邪な意識を感じたりはしていないよね」

 僕は、先日雫石と名乗る陰陽師と対決し、その刀を使ったことを思い出したが、刀に邪な思念を感じた記憶はない。

「そうですね。怪しい思念の類は感じませんでしたが、その刀を使うといつもより踏み込みが早くなってなんだか強くなったような気がしました」

 僕の話を聞いた孟雄さんの表情が曇り、山葉さんは若干青ざめたように見えた。

「そうか。やはり山葉と一緒に祈祷して封印せねばなるまいね。僕の荷物に入れてあったのはその刀の由来を伝える古文書と刀が祟りを起こさないように奉納したいとする辻斬り佐吉の遺族の手紙だ。徹君が自分の動きに変化があったと感じるならば刀に佐吉の霊が取り付いており、それを手にした徹君に影響を及ぼしている可能性が否定できないからね」

 僕はその刀を手にして、雫石が差し向けた式神や雫石の分身を撃退した記憶が新しいため、その刀を手放すのが惜しいような気もしていた。

 ともあれ、長旅の後である孟雄さんをガレージに立たせたままだったことに気が付いて、二階の居住エリアに案内したのだった。

 孟雄さんには当面の間、裕子さんが寝泊まりしている部屋で一緒に暮らしてもらうことになり、とりあえずシャワーを浴びてもらった。

 夕食までの時間はゆっくり休養を取ってもらった方が良いに違いなく、僕はその間に問題の刀の件を山葉さんと相談することにした。

「あの刀、祈祷して封印してしまうのですか」

 僕が尋ねると山葉さんは考えこむそぶりを見せた。

「私はあの刀に怪しい気配があるとは思わなかった。それに邪悪な霊が取り付いていたならば美咲嬢の結界によって弾き飛ばされるか、さもなければ焼き尽くされたに違いない」

 カフェ青葉の結界は山葉さんの盟友である美咲嬢が設置したもので、不用意に死霊が取り付いた品物を持ち込んだ山葉さんは自身の生霊を弾き飛ばされてしまった経験があった。

 それ故に、邪悪な霊が取り付いた刀ならば、結界を通り抜けてカフェ青葉の内部に持ち込むことは難しいと考えているに違いない。

「もう少し、様子を見た方が良いのかもしれませんね」

 僕は刀の持つ威力に惹かれているために、微妙に刀の所持を継続する方向に話を向けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る