第553話 不運な目撃者

 僕の話を聞いた山葉さんは同じフロアで同居している祥さんや裕子さんを集めて注意喚起を始めた。

「ウッチーが怪しい陰陽師まがいの男と遭遇した。その男が使う式神的な存在は自身が支配する時空内に巻き込んだ人間をトンカチで木っ端みじんにすると言う恐ろしい能力を持っている」

 山葉さんは僕が遭遇した存在の脅威を正確に把握し、家人に知らせて自衛策を考えようとしていると思えたが、祥さんは風呂上がりだったらしくパジャマの上に袢纏を羽織って微妙に不機嫌に言った。

「ウッチーさんが遭遇したと言っても、東京は沢山人がいるからもう一度出会う事ってことはないのではありませんか」

 山葉さんは話を遮られた形だが、機嫌を悪くする様子も無く話を続ける。

「人間の男の方は、陰陽師然とした狩衣姿だったそうだ。これ見よがしに陰陽師のような格好で都内を歩くようなやつは自己顕示欲が強い。その上、請負で式神を使って殺人を行ったのならば、凶行の現場を目迎した目撃者であるウッチーを消そうとするかもしれない。みんな十分に気を付けてくれ」

 山葉さんも巫女装束で都内に出没することが有るのだが自分のことは棚上げしている様子だ。

 祥さんは山葉さんが皆を呼び寄せた意図を理解すると、緊張した表情で山葉さんに尋ねた。

「自分が支配する時空で人を破壊するというのはどういうことなのですか」

 山葉さんは僕に説明を求めるように視線を向けたので、僕は自分が考えている仮説を話すことにした。

「霊や妖が支配する時空の中では多くの人は時間が止まったように動きを止めているのです。おそらくその状態では物質の位相が異なる状態になっていると思われるのですが、僕が遭遇した異形の者は持っていた木槌で中年の男性を粉々に打ち砕いたのです。通常の時空に戻った時その男性は細かい肉片が血の海に浮かんだ状態になっていました」

 裕子さんが抱えた莉佐は、話の内容が理解できないので無邪気な表情で僕を見つめているが、祥さんは話を聞くうちに顔が青ざめていくのが見て取れ、それは裕子さんも同様だった。

「そんな奴が相手では私は為す術も無くやられてしまいます」

 祥さんが自信がなさそうにつぶやくが、山葉さんは祥さんの表情を見ながら温厚な微笑を浮かべた。

「確かに恐ろしい相手だが、私が使う式王子なら対抗できるはずだ。それにウッチーもその男の使い魔が支配する時空でも自由に動くことが出来るので戦闘可能だ。そしてここには私が知り得る中で最も強力な部類の呪詛使いがいる」

「もしかして私のことを言っているのですか」

 祥さんが意外そうな表情を浮かべるのをよそに、山葉さんは温厚な表情のままで説明を続ける。

「私たちが祥さんと初めて会った時、阿部先生に紹介された依頼者は私達が祈祷する前に相次いで事故死した。私はそれを祥さんの姉の晶子さんが召喚した黒龍の仕業だと思っているが、祥さんも黒龍を召喚できる素質を持っているはずだ。黒龍を召喚すれば狩衣姿の男に十分対抗し得るはずだ」

 祥さんは戸惑った表情に変わる。

「でも、私は黒龍様を召喚する方法など教えてもらっていませんよ」

「その気になればきっとできるはずだ。そのことを記憶にとどめておいたら良い」

 山葉さんは確信のある雰囲気で祥さんに告げると話を変えた。

「とりあえず、陰陽師風の男をカフェ青葉の周辺で見かけたら要注意ということだ。ここに集まってもらったのはもう一つ大事な話が有るからなのだ」

 僕は謎の陰陽師だけでも手に余りそうなのに、更に問題がありそうな彼女の口ぶりに怪訝な思いで彼女の話の続きを待つ。

 山葉さんは皆の注目が集まったのを確認しておもむろに切り出した。

「実は沼ちゃんから新型フレアウイルスに感染したと連絡があった。発症時期から判断して彼女が感染した後にカフェ青葉でアルバイトをした疑いが高いため、私達も濃厚接触者に該当する」

 僕は巷で感染が増えているからいつかはこんな事態もあると思っていたが、自分達もフレアウイルスの感染に巻き込まれたかもしれないと知り、気分が落ち込むのを感じる。

「いやだ、私たちもPCR検査受けないといけないわね」

 裕子さんがおっとりとした雰囲気でつぶやくが祥さんはさらに顔色が悪くなる。

「ス、スタッフから感染者が出たらお店はどうするのですか」

「とりあえず私達もPCR検査を受けよう。お店はとりあえず三日間営業を自粛して三日後に再検査して結果が陰性だったら営業再開だ」

 山葉さんは緊急時の対応を考えていたらしく落ち着いた雰囲気で僕たちに告げ、僕も事態を受け入れるしかないと思って対応を考え始めるのだった。

「PCR検査は何処で受けますか?」

 都内で随時受付しているPCR検査場もあったはずだと僕はスマホで探そうとしていたのだが、山葉さんは既にそれも考えていたようだ。

「私の癌手術後の定期検査の時期だったので医大病院に相談したらまとめて検査を引き受けてくれるようだ。明日は皆で検査に出かけよう」

 祥さんと裕子さんも差し当たっての方針を示されると落ち着いた様子で、僕たちの緊急ミーティングはお開きとなった。

 祥さんは自分の部屋に引き上げる前に僕に尋ねる。

「フレアウイルス感染症の件はとりあえず検査を受ければいいですけど、問題の陰陽師はウッチーさんを付け狙ってくると思いますか?」

 それは僕も気になっていたことだった。

「陰陽師らしき男は、式神に当たる者を放って離脱しようとした時に僕にぶつかったらしく驚いた様子をしていた。僕はそのために彼の式神が支配する時空にはいりこんだのだが、彼は僕に自分が式神を使って呪殺している現場を見られたのだから僕を探して抹殺しようとする可能性はある」

 東京の人込みですれ違った相手を探し出すことが出来るか疑問だが、中年の男性の死が交通事故として処理される間、陰陽師らしき男が僕の行動を監視していた可能性も否定できない。

 僕は質の悪い人間を見かけたばかりに家族に危険が及ぶことにならなければよいがと思うばかりだった。

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