第554話 狩衣の男再び

 次の朝、僕たちは粛々と病院に行く準備をしていた。

 カフェ青葉のブログには臨時休業の告知を出し、店の入り口には同様に臨時休業のちらし貼ったものの、店頭まで来て休業のチラシを見て帰って行く常連客の姿も見けられ、僕は申し訳ない気分にさいなまれる。

 そんな折に宅配便が届いたため、僕は慌てて裏口まで荷物を受け取りに行く羽目になった。

 届いた荷物は山葉さんの父である孟夫さんが四国から発送したもので、内容は釣り竿と書いてある。

 しかし、僕が荷物を受け取ると釣り竿の割にずっしりとした重さを感じてその表示には疑問を持たざるを得ないものがあった。

 荷物を建物内に持ち込み、受取人の山葉さんに手渡すと、彼女は早速梱包をほどいて中身を確認し始めた。

 そして中から出てきたのは、僕の予感通りに日本刀が一振りと、封筒に入った書類だった。

「父からの手紙だが、物置を片付けて居たら今まで存在をしらなかった日本刀が出てきたということだ。地元の警察署に発見届を出した上で登録審査も済ませたので晴れて所持できるからウッチーのものにしたらよいと書いてある。どうやら私の父は所有者変更の手続きが必要だとは思っていないようだ」

 今時の日本で日本刀を貰っても持て余すと思うが、僕たちの場合、霊や妖の支配する時空でこの世ならぬ世界の住人と戦う際には必要となるかもしれない。

「その手続きは面倒なのですか」

 僕は銃砲所持に関する手続きのことなどわからないので山葉さんに尋ねたが、彼女はさほど重要事とも思わない様子で僕に答える。

「登録証の写しを添えて所有者変更手続きを提出すればよいのだが、この刀の場合は父の住所地の都道府県に届け出をしなければならないはずだ。いずれにしても今は忙しいから後回しにしてこの刀は車のトランクにでも入れておこう」

 僕はその取扱いでは警察官に発見され場合には捕まってしまうのではないかと不安になる。

「トランクに入れて持ち歩いて、銃刀法違反で捕まったりしないのですか」

 山葉さんは微妙に面倒くさそうな表情で説明する。

「銃刀法という法律を厳格に適用したら、果物ナイフを鞄に入れて人混みを歩いていたとしても、それを警察官が発見して不適切な管理だと断定されたら捕まってしまうのだ。逆に、人目に付かない状態で施錠できる場所に入れておけばさほど問題にはならないはずだ」

 僕は山葉さんの説明を疑う訳ではなかったが、半信半疑のままに日本刀を手にした。

 それは、本物が持つ重量感を伴って僕の手に収まっているが、山葉さんは僕の様子を見て日本刀を取り上げると鯉口を切って刀身を鞘から抜いて見せた。

「私の刀と違い標準的な刀身の長さで扱いやすそうだな。刃紋も揃っていて美しいから、父の言うとおりにウッチーの守り刀として使えばいいだろう」

 彼女の口ぶりから、その刀を僕が本当に振り回して使うのか、それともお守り的に家に補完するつもりなのかは窺えなかったが、山葉さんが病院のPCR検査を予約した時間があるため、僕たちはとりあえず日本刀をWRX-STIのトランクに収納して出かけることになった。

 山葉さんは総合病院で術後の検査を受ける予定だったのだが、新型コロナウイルスの濃厚接触者となったため、病院内に入る前にPCR検査を受ける必要があり、ついでに僕たちも検査をしてもらう状況だ。

 医大病院に到着すると山葉さんは一人で受付ロビーに向かったがすぐに追い出された雰囲気だった。

 そして僕たちが建物の外の駐車場わきの通路で待機していると、感染防止用のガウンやゴーグルで身を固めたスタッフが現れた。

 病院の職員とはコスチュームが違うので自治体の検査対応職員かもしれないなどと考えていると、僕たちは建物の外壁にあるドアに案内された。

 そこは、外側からのドアはあるものの、建物内部に通じるドアは無く、本来は倉庫目的で作られたスペースと思われた。

 それでも、空調や照明はつけられており、簡易ベッドや椅子、そして内線電話や心拍計などの設備が持ち込まれており、僕たちはPCR用の検体採取の後そこで待機させられる。

「なんだか隔離されている感がすごいわね」

 裕子さんがつぶやくと、山葉さんは仕方がないという表情で答える。

「本当に隔離されているのだから当然だよ。PCR検査の結果が出るまでの辛抱だ」

 狭い空間に閉じ込められて息苦しい感じはあったが、ベビーカーに乗せて連れ込んだ莉咲が愛嬌を振りまいてくれるのが救いだった。

 やがて、検査スタッフが現れて、全員が陰性だと告げたので僕たちはひとまず安心することが出来た。

 検査結果の連絡を受けた病院のスタッフが山葉さんを迎えに現れ、僕たちにも病院内に入って良いと告げたので、僕たちは山葉さんの検査が終わるまで外科病棟の待合スペースで待つことになった。

 山葉さんが検査のために外科の処置室に入ると僕たちは再び手持ち無沙汰な雰囲気に包まれる。

 受付がある一階のロビーと比べて診療科の待合室は人が少ない。

 僕たちが案内された場所は入院患者やその家族が使う談話室的な部屋だったので猶更人が少なく感じられたのだ。

「PCR検査の結果も陰性だったし、山葉さんの術後の経過が良ければ一安心ですね。そういえばアルバイトの小西さんと木綿さんも沼ちゃんと接触があったはずだけどあの二人は大丈夫かしら」

 祥さんが独り言のように呟いたので僕は小声で状況を伝える。

「あの二人にも連絡して、各自でPCR検査を受けてもらうことになっている。木綿さんは家族全員で検査を受けると言っていたよ」

 新型コロナウイルス感染症の蔓延も既に二年目となり感染対策もルーズになりがちだが、身近に感染者が発生したら相応の対応は必要なのだ。

 病棟内でも医療スタッフはガウンにゴーグル着用の完全防御態勢だが、見舞客や患者はマスクを着用している以外は普段と変わらぬ出で立ちだ。

 僕は時折通り過ぎる見舞客や入院患者を何気なく眺めていたが、その中に狩衣姿の男性を見つけて息を止めるような思いで祥さんの服の袖を引っ張った。

 男性は黒系の狩衣に烏帽子まで着用して、不吉な雰囲気を漂わせているが律義に白いマスクを着用している。

 僕の視線の先に気づいた祥さんは、最初は驚いたように通り過ぎる陰陽師風の男を見つめていたが。その姿が消えると小さな声で毒づいた。

「だっさ!紅白コーデでよりはましかもしれないけど、あれではお相撲さんの行事と間違えられそうよ」

 祥さんの言葉は行司さんに対して微妙に失礼であり、なおかつ大相撲の行事の衣装は狩衣ではなく明らかに違うのだが、彼女が一見して男の雰囲気に嫌悪感を抱いたことが窺えた。

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