第476話 祖父母の家
青梅市は多摩山系に端を発した多摩川が武蔵野丘陵に出会う谷口に開けた街だ。
宿場町から発展した街は、現在は人口十四万人を擁する東京のベッドタウンの一つとなっている。
阿部弁護士のシビックは青梅市の住宅街に入り、とある住宅の近くに停車した。
「敷島さんのお宅です。仁美さんと息子さんの優さんが私達を待っているはずです」
僕たちは阿部弁護士の後に続いて、昭和の時代に建築されたと思われる大きな住宅を訪ねた。
玄関で僕たちを迎えたのは五十代の後半のはずなのだがさほど老け込んでは見えない婦人で、伏し目がちに僕たちを客間へと案内する。
「本日はわざわざお越しいただきありがとうございます。当家の主となった仁美と申します。遺産相続が滞って民事の訴訟沙汰になるなんて恥ずかしい限りなのですが、背に腹は替えられず阿部先生に助力をお願いしているのです」
僕は、年配の人なのに曰く怪しげな宗教系の人間である僕と山葉さんに丁寧に接してくれる仁美さんに対して好感を持つのと同時に、客間で僕たちを待ち受け立ち上がって迎えてくれた優さんの鋭い視線が気になった。
「妹の里香が突然、父の残した遺言どおりに遺産の相続を行うことを拒否したために僕も母も困り果てているのですよ。家庭裁判所で調停してもらう方法もあるそうなのですが、さしあたり阿部先生が交渉に当たってくださると言うので全てお任せしているのです。阿部先生に里香の立ち居振る舞いがおかいことを話したら、あなた方が関われば解決するかもしれないと言われて大いに期待しているのです」
クライアントに信頼してもらえないのも困るのだが、期待が大きすぎても僕たちにとってプレッシャーとなる。
しかし、山葉さんは重圧を感じない様子で優さんに尋ねた。
「これまでの経緯は阿部先生からお聞きしています。私達は里香さんの様子がご家族から見てどう映っているかをまずは聞かせていただきたいと思います」
仁美さんは喪に服しているのか黒いワンピース姿で、明るい口調で話すことがはばかられる雰囲気なので、山葉さんも静かな雰囲気を保っている。
優さんはあらかじめ用意していたらしいアルバムを持ち出すと僕たちの前に広げて見せた。アルバムに張られているのは敷島家の子供たち、つまり優さんと里香さんの幼少の頃の写真が中心で、写真に写る男の子には優さんの面影が見て取れ、女の子はどこか仁美さんに似た面影だった。
「この写真に写っているのが私たちの先祖が代々住んできた家なのです。代々と言っ手も建物自体は昭和に入ってから建てられたものですから文化財になるほどのものではないのですが、里香はこの家に居状に執着しているように見えるのです」
アルバムを示した理由はその建物を見せたかったからに違いないと僕は一人合点したが、多摩川の上流にあると言うその家は建築時期が古い割には二階建ての大きな建築物で、温泉地にある大きな旅館を思わせる造りだ。
「そうなの、その家には私の夫が子供の時期に住んでいたのであって、優と里香はこの家の方が思い出に残っているはずなのです。私は夫と幼馴染だったので子供の頃にも遊びに言った記憶があるのですが、私にとってとってはその家は二階に開かずの間があってそこに近づくとお化けが出ると脅かされていたりした記憶があり、薄気味悪いイメージが強いのです」
仁美さんと優さんの話を聞くと、敷島家の古い家は怪談じみた話が付きまとう薄気味悪い家だと言うイメージが強くなった。
亡くなった太郎さんや仁美さんがその家を処分する予定だったのも無理からぬところかもしれない。
「その家には現在は誰も住んでいなかったのですね。いつ頃までその家に人が住まれていたのですか」
山葉さんは冷静に話を整理しようと努めているようだった。仁美さんは山葉さんの質問に上目使いになって過去を思い出そうとするそぶりを見せる。
「そうね。私が夫のもとに嫁いでしばらくして私達は独立してこの家に移ったの。山奥にある家には夫の両親が住み続けていたのだけど、義父は十年ほど前に亡くなり、義母は数年前から市街地にある高齢者施設に移っていたのだけど昨年亡くなったの」
仁美さんが答えると、山葉さんはアルバムの写真を見ながらゆっくりとつぶやく。
「するとその家は一年程度空き家状態だったわけですね太郎さんのご両親以外には誰も済んでいなかったのですか?」
「そうね。戦後の頃までは夫の祖父母も生きていたみたいだし、夫の叔母に当たる人も戦後同居していたらしいけど私たちはその人の記憶はありません」
山葉さんは四世代にわたる敷島家の人々の動きを心に留めようとするように目を閉じて聞いていたが、おもむろに目を開けると仁美さんに尋ねる。
「里香さんは今その家に住まわれていると聞いていますが、無人となってからは入り口を施錠していたはず。里香さんがどのようにして出入り口のカギを入手したか心当たりは有りますか」
山葉さんの言葉を聞いて優さんが穏やかに答えた。
「あの家は僕たちにとってはおじいちゃんとおばあちゃんの家ですからね。中学生のころから鍵を貰っていて、休日には遊びに行って勝手に出入りもできる状態だったのです、里香も同じように鍵を貰っていたのでそれを使ったのでしょう」
山葉さんは自分の質問が空振り気味だったことを悟ったようだが、悪びれることなく仁美さんに言う。
「そうですか。話を聞いた限りでは里香さんや優さんにとってはあまり不気味なイメージはなく、祖父母の家として気楽に遊びに行ける環境だったのではありませんか。その辺の認識の違いが相続に際して齟齬を生じさせる原因だったのかもしれませんね」
しかし、仁美さんは愁いを帯びた表情でゆっくりと呟いた。
「それはそうだけど、無理やりその家を維持しようと思ったら相続税を支払うために皆が困るわけだし、里香だって相応の支出を強いられる結果になるわけですから、そこまで固執して不便な場所に有る家を維持しようとする動機が分からないのです」
山葉さんは納得した雰囲気でうなずくと、仁美さんに質問を続ける。
「それでは、里香さんの立ち居振る舞いが可笑しいと言われていた剣について具体的に教えて頂けますか?」
仁美さんは山葉さんの質問を聞いて微妙に口ごもった。
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