第475話 ホットハッチ

 阿部弁護士は、僕たちにわかるように簡潔に説明を始める。

「先ほども話した通り、遺言では敷島太郎さんの遺産のうち青梅市街にある自宅を奥さんの仁美さんが相続し、青海市からもっと山奥に向かう路線沿いにある祖父母が住んでいた住居を処分して相続税の支払いに充て、残った貯金等の流動資産を仁美さんと二人の子供で三等分するようにと細かく指示してあり、合理的な内容だと思われるのです」

 阿部先生の話を聞いた山葉さんは、話しに出てきた資産額を推計するかのように腕組みをして考えてから口を開いた。

「それでは長女の里香さんは資産額の総計に対して自分が受け取ることが出来る金額が少ないとして不服を申し立てていると言う事ですか?阿部先生の話では太郎さんの遺言は遺族が余計な出費や転居などの必要が無いように、合理的に遺産の配分を定めているが、それでは機械的に計算した金額よりも優さんや里香さんが受け取る額面の金額は減ってしまうので、里香さんはそれが不服なのではと思えますが」

 山葉さんが指摘すると、阿部先生は穏やかな笑顔を浮かべて答える。

「そう、僕も最初そう思って里香さんとの交渉に当たったのや。青梅市街地の住宅には仁美さんが優さんと一緒に居住しているので、法定で計算した配分額を里香さんに渡すためには仁美さんと優さんは住んでいる家を処分したうえで相続税等も支払わなければならなくなり、家を失ったうえに手元に現金も残らない状態になってしまう。被相続者の太郎さんはそうなることを避けるために遺言状を作成されていたはずなので、私からそのことをかみ砕いて説明したのです。ところが里香さんの答えは意外なものだったのです」

 山葉さんは自分の推理が外れたので少しバツの悪そうな顔をしたが、気を取り直して阿部弁護士に尋ねた。

「それでは、里香さんの要求はどのような内容なのですか?」

「それはな、里香さんとしては現金による遺産の配分はいらないし、青梅市街にある家を仁美さんが相続することも認めるが、祖父母が住んでいた家を自分が貰いたいと言われるのです」

 阿部弁護士はそこまで話すと、コーヒーカップに残っていたコーヒーを名残惜しそうに飲み干した。

「うん、少し冷めかけた頃に酸味を感じられるところも先代のブレンドと同じですね。ごちそうさまでした」

 山葉さんにとっては、先代の細川さんの時代からの顧客にコーヒーの味を誉められるのは嬉しいことなので軽く会釈してから質問を重ねる。

「それでは、その家の資産価値が彼女の本来の取り分を上回っていると言うことなのですね」

「そのとおりです。そしてそれを認めると仁美さんと優さんは相続税を払うために預金などを使わなければならないし、里香さんも応分の負担を求められるわけです。山間にあるご先祖が住んでいた家を手放した方が合理的なので、その方向で説得していたのですが、仁美さんに言わせるとそれだけの話ではなくて里香さんの様子がおかしいらしいのです」

 阿部先生はやっと僕たちに依頼を持ち込んだ本題に入ったらしく、考え込む表情で腕組みをする。

「ふむ、里香さんが家族から様子がおかしいと言われている内容について具体的に説明していただけますか。」

 山葉さんは興味を深めた様子で阿部弁護士に尋ねる。

「里香さんはもともとは明るい性格で高校時代はクラブ活動でバレーボールをする活発な女性だったそうなのですが、太郎さんの死後は物静かな雰囲気になり、その割に発言が直接的できつく、まるで人が変わったみたいだと言わているのです」

「その変化について、ご家族は霊的な何かに取り憑かれていると疑われているわけですね」

 山葉さんが話を引き継いだので阿部弁護士はゆっくりとうなずいて山葉さんの顔を見る。

「その通りです。遺産相続が絡んだ重い話ですが引き受けていただけますか」

 山葉さんは身振りで祥さんを呼びよせて、申し訳なさそうに尋ねた。

「心霊関係の祈祷の依頼を受けようと思うのだが、お昼過ぎに私とウッチーが出かけても店の運営に支障は出ないだろうか」

 祥さんは店内の様子を見てから山葉さんに答える。

「最近、細川さんが時々手伝いに来て下さってますが、ランチやディナーの繁忙時でも細川さんに加えてアルバイトさんが一人いれば十分対応できますよ。むしろカフェの営業以外でお金を稼いできた方が皆のためですよ」

「わかった、細川さんに応援を頼んで対応を考える。ありがとう」

 山葉さんは祥さんから阿部弁護士に目を移すと、おもむろに告げた。

「この依頼お引き受けします。差し当たってどこから手を着ければいいでしょうか」

「そうですな。まずは関係者にお引き合わせしますからそれぞれに話を聞いて、情報を整理したうえで原因を探っていただきましょうか。先方と日程のすり合わせをしてから改めてお呼びいたします」

 阿部弁護士は山葉さんに温厚な笑顔をむけるとカウンター席を立った。


 数日後、僕たちはカフェ青葉まで迎えに来た阿部弁護士の自家用車に乗り込み、青梅氏にある敷島家に向かうことになった。

 阿部弁護士の愛車は現行モデルより三世代ほど前のシビックTYPE Rで、その車に乗せてもらうたびに阿部弁護士は僕たちに「ホットハッチ」の良さを力説するのだった。

「高速に乗ったからさほど時間はかからないはずです。この車は大人四人を乗せられる割に動力性能が高くて、コストパフォーマンスがいいのです」

 今回も、首都高速に乗った途端に阿部弁護士がその話を始めようとしたので、山葉さんは適当に阿部弁護士の話の腰を折る。

「そうですね、この車は国内販売されていなかったから大事にしていたら価値が上がりますよ。ところで、問題の敷島家ですが、未亡人の仁美さんの方から先に会うのですか」

「そうです。まずは奥さんと息子さんの話を聞いてもらいましょうか。里香さんは都内のホテルに勤務されていたのですが、現在は職場のホテルが休業中で一時解雇状態とのことで、祖父母が住まれていた家に立て籠るように住んでいるらしいのです」

 阿部弁護士は山葉さんの話に食いつき、先に始めていたシビックの話は忘れた様子で答えると首都高則4号線を西に向かってスピードを上げた。

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