第470話 彼女は生きていた
その道は都道の420号線で道幅が狭い区間も多く、僕は自分がステアリングを握った時にはあまり乗り入れたくない通りだ。
それでも、環状七号線等が渋滞しているときなどは迂回路として使う人が多く、道幅が狭い割に交通量が多く、歩行者などは危険を感じるかもしれないと思えた。
詩織さんはこの通りを南進していて後方から自動車に追突されたのではないかと僕は推測している。
山葉さんの運転でWRX-STIは渋滞気味の道路をゆっくりと進み、僕は追体験した詩織さんの記憶、つまり彼女がクロスバイクに乗って第二バレンタインデーのチョコレートを想い人の正和さんの家まで急いでいた時の記憶とオーバーラップするランドマークが沢山あることに気づき、詩織さんが事故に遭う直前に通過したのはこの通りに間違いないと確信していた。
信号待ちで停車した時、僕は周囲の光景から彼女の記憶が途切れる直前に見たあたりに近いと感じ、スマホのカメラを起動する。
そして、問題の地点付近で周囲の景色を撮影し、ついでに電信柱に表示された地番表示も撮影した。
交通事故に関するウエブ記事を調べて、それらしき記録があった時に確認するために使おうと思ったのだ。
周辺の交通は渋滞気味とはいえ流れているのでその周辺に車を止めることは難しく、僕たちはかなり南まで通り抜ける形で遠回りしてカフェ青葉に帰った。
カフェ青葉に戻ると裕子さんが莉咲を抱っこしたまま、心配そうな表情で僕たちを迎えた。
先に僕が病院を受診して胃潰瘍と発覚していたため、山葉さんの検査結果も心配していたに違いない。
「山葉、検査の結果はどうだったの?」
裕子さんに聞かれて、山葉さんはバツの悪そうな表情で報告する。
「私も胃潰瘍だと診断された。ピロリ菌にも感染しているそうだから、ウッチーと一緒に仲良く治療する羽目になった訳だ」
山葉さんの言葉に裕子さんの表情が曇る。
「まあ大変、二人とも早く良くなってくれればいいのだけど。やっぱりコロナのせいで気苦労を重ねたせいなのかしら」
「いいや、ピロリ気が原因だからそうでもないと思うよ。投薬治療だけで済むのだからそんなに心配する必要はないよ」
山葉さんは事も無げに説明するが、投薬治療だけと言っても経過観察のためには、最低でもあと一回は内視鏡を使わなければならないはずで僕は少し気が思い。
山葉さんは裕子さんから莉咲を受け取ると、「高い高い」をしてあやしながら僕に言った。
「通院するたびに彼女の姿を目にするのも気分が重いから、早く彼女の状況を調べて浄霊してしまおう」
自己中心的な理由に聞こえるが、山葉さんはお金にならない祈祷をする時にはそれとなく理由付けをする傾向が強い。
可哀そうだから早く祈祷してあげようなどと本音を漏らすことはせずに、目障りだから浄霊してしまおうなどと可愛くない物言いをするのは彼女の悪い癖だった。
「あら、また幽霊でも出たのかしら。都会は人の密度が高いから幽霊の数も多いのね」
僕たちの会話を聞いた裕子さんは、内容の割にのどかな口調で話す。
「そうなのです。ただし、その霊は普通の幽霊とは様子が違うのでもう少し詳しく調べないといけないと思います」
僕は部屋に置いてあるパソコンをネット検索するために起動した。
「ところで第二バレンタインデーという日があるのですね。僕は初めて聞き来ましたよ」
僕はパソコンのオペレーションシステムが立ち上がるのを待つ間に何気なく話したのだが山葉さんも怪訝な表情を浮かべていた。
「ふむ、私も寡聞にして聞いたことがないな。韓国では4月14日にブラックデーと言って、バレンタインデーやホワイトデーにプレゼントをもらえなかった人が集まって黒っぽい食べ物を食べる日があるそうだが、その話が曖昧に伝わって第二のバレンタインデーと解釈したのだろうか?」
僕は立ち上がったパソコンで最初に4月14日のイベントを検索したが、オレンジデーというのがヒットし、バレンタインデーで結ばれた男女がさらに愛を深め合う日だと解説されている。
「日本ではオレンジデーというイベントがあるらしいですよ。何かそれらしいイベントはあるのですね」
僕が新たなイベント記事を見つけて得意げに報告していると、山葉さんは渋い表情で僕に告げる。
「そんなことよりも、彼女の身元を明らかにしてくれ。私が祓ったために彼女は実家に移動してしまった可能性があり、そうだとすれば早く彼女の家を突き止めて祈祷の続きをしなければならないのだ」
僕は話の腰を折られて微妙に気分を害しながらも、死亡交通事故記事の検索に切り替えた。
僕が追体験した記憶の中で榛さんや詩織さん自身がマスクをしていたので、詩織さんが事故に遭ったのは少なくとも新型コロナウイルス感染症が蔓延した後の昨年か今年の4月14日に絞られるし、彼女の名前が詩織だと言うことまで判明している。
その上で、都道420号線上で起きた事故と限定すれば、死亡事故の記事は即座にヒット
しそうなものだった
しかし、僕が微妙な言い回しやスペースなどに気を配って何度も検索しなおしてもそれらしき交通事故の記録はヒットしなかった。
「おかしいな。かなりの情報があるから、彼女の事故に関する記事があれば検索に引っかかるはずなのに、それらしき記事がないのです」
山葉さんはじっと考えている様子だったが、莉咲をベビーベッドに降ろすと自分のスマホを取り出していた。
報道関係には詳しくないが、もしかしたら家族の要望があったりして、報道されていないのかもしれない。
「あの辺りはぎりぎりで坂田警部の警察署の所轄区域のはずだから、彼に該当する交通事故が無かったか尋ねてみよう」
山葉さんは僕たちが住むエリアを管轄する警察署に電話を始める。もちろん緊急通報ではなくて、オフィスの電話番号にかけているのだ。
幸運にも山葉さんは坂田警部はつかまえることが出来、彼は即座に記録を調べてくれた様子だった。
しばらく話した後、山葉さんは何かをメモしてから坂田警部との通話を切り、僕の顔を真顔で見つめた。
「なんということだ、詩織さんは生きていたのだ」
山葉さんの言葉を聞いて僕も驚いた。
僕が追体験した記憶のいきさつから言っても彼女は交通事故で死んだとばかり思っていたからだ。
「それでは、待合室にいた幽霊は何だったのですか」
山葉さんは大きく息を吐いてから僕に説明する。
「坂田警部によると詩織さんは自転車で走行中に後方から乗用車に接触され、前方に投げ出されて頭部を強打。意識不明の昏睡状態で私たちが診察を受けた病院に入院しているそうだ」
僕は、待合室で何事かを訴えようとしていた彼女の表情を思い出していた。
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