第462話 初めてのキャンパス
玲奈さんの魂を宿した祥さんを彼女の部屋に連れて行き、とりあえず今夜は休むように言い聞かせた後、僕は途方に暮れた。
とりあえず、山葉さんに状況を説明して善後策を相談したところ彼女はあきれたようにつぶやいた。
「祥っちゃんもお人好しが過ぎるな。もしもその玲奈さんの霊が祥ちゃんの身体を我が物にしようという気を起こしたらどうするつもりなのだ」
僕はそうなる可能性があるのではないかと気になっていたので、山葉さんに尋ねる
「玲奈さんがその気になったらどうなるのですか?」
山葉さんは肩をすくめて説明する。
「古今の怪談に洞窟とか、古い洋館の書斎とかに縛り付けられていた霊が通り掛かった犠牲者と入れ替わってその体を奪い、犠牲者の魂がその場所の新たな住人となってしまうというパターンは数多く存在するのだから、自ら体を貸し与えるなど、私には考えられない振る舞いだ」
僕は、この世には存在しない玲奈さんの部屋から届いた祥さんの画像付きのメッセージを思い出し、彼女の魂が僕たちの前に戻ってこられるのだろうかとものすごく不安になった。
「僕たちはどうすればいいのですか」
「祥ちゃんが考えていたとおりに中の人が玲奈さんの祥っちゃんを大学に連れて行くほかあるまいな。小西さんや栗田准教授にも協力を頼んで、玲奈さんがこの世に感じている未練を無くすことが先決だ」
山葉さんも玲奈さんを全面的に疑っているわけではなく、可能性の一つとして乗っ取り云々の話をしていたらしく、僕も少し安心したが、懸念は残る。
僕は玲奈さんを連れて大学に行く際は全力を挙げて、彼女の未練を無くさなければと自らに言い聞かせたのだった。
夜の間に僕と山葉さんは、彼女を連れて行く場所とそのために必要な手順を詳細に打ち合わせし、小西さんにも事情を説明して協力要請をしたのだった。
翌日、山葉さんと打ち合わせたとおりに作戦を運ぶべく、僕は朝から行動を始めた。
一見して祥さんがそこに居るように見えても、中身が玲奈さんなので彼女はカフェのフロア業務の戦力にはならないはずなのでさっさと大学に連れて行くことにして、僕はアルバイトの沼さんと木綿さんに招集をかけた。
沼さんと木綿さんは午前中がオンデマンドタイプのオンライン講義で、午後からは対面授業の予定だったが、都内の新型コロナウイルス感染者数が急増したため、講師の先生が対面講義の中止を判断したため、フロア業務のアルバイトを終日引き受けてくれた。
僕が、玲奈さんを連れ出そうとしていると、木綿さんが祥さんの姿をした彼女を見て怪訝な表情を浮かべる。
「ウッチーさん、祥さんはそこに居るじゃないですか。私たちに呼び出しを掛けたのにどういうことですか」
僕は仕方なく本当のことを話すことにした。
「外見は祥さんだが、死霊が祥さんの身体に乗り移って動かしている状態なんだ。これから僕と山葉さん、それに小西さんが彼女の願いをかなえて、この世界への未練を無くすつもりだ」
木綿さんは表情を硬くして一歩下がり、髪をツインテールにして普段よりもカジュアルな雰囲気の服装に身を包んだ、玲奈=祥さんを気持ち悪そうに見つめている。
部屋の隅で僕たちの話を聞いていた沼さんは早くも銀の十字架を手にして玲奈=祥さんを睨んでいるので僕は彼女を止めなければならなかった。
「沼さん待ってくれ、祥さんは無理やり体を奪われたわけではなく、彼女の意志でそうしたのだ。僕と山葉さん、それに小西さんが対応するから任せてくれないか」
沼さんはしぶしぶと十字架を引っ込めると、僕に告げる。
「下北沢エクソシストシスターズは一人として欠けてはならないのです。ウッチーさん絶対に彼女を元に戻してください」
沼さんは真剣な表情で僕を見つめており、僕は無言で彼女にうなずくしかなかった。
やがて、莉咲にミルクを飲ませて身支度を済ませた山葉さんが階下に現れ、僕と山葉さんは玲奈=祥さんと共に大学に向かうことになった。
大学には自家用車のWRX-STIで行くことになり、山葉さんがステアリングを握り、僕は何となく気づまりな思いを抱えたまま、玲奈=祥さんに話しかける。
「玲奈さん。これから大学まで案内します。途中で小西さんも合流する予定なので、大学のキャンパスに到着したら彼が案内します」
「なんだかドキドキします。小西さんもイラストのアイコンしかイメージがないからどんな人なのか楽しみです」
連さんは無邪気に答え。僕は電車で大学に向かっているはずの小西さんに連絡を取るべく、LIMEの音声通話で呼び出した。
「小西さん、予定通り彼女と大学に向かっている。駅前のロータリーの辺りで小西さんをピックアップしようかと思うのだけど」
「ウッチーさん、そこは駄目ですよ。最近その出入り口周辺がクローズされているので、この前ウッチーさんと会った大学院や専門学部のキャンパスに近い出入り口の方が便利です」
小西さんは慌てた様子で僕に告げる。
「クローズされているって、工事でもしているの?」
「違います。新型コロナウイルスの感染防止のためにアルコール類の提供が八時までに制限されているので、うちの大学の学生が大勢で駅のロータリー周辺にたむろして街飲みしているのが問題になり、都が閉鎖したのです」
僕は最近ニュースの類を見ていなかったので、その情報を知らなかったのだった。
確かに大学生の一部には羽目を外し過ぎる人もいるため、僕たちもお花見の時に同じ大学の学生が集まるキャンパス内のお花見の名所は避けていたくらいだ。
「嘆かわしい話だが仕方ないね」
僕はため息まじりに通話を切ったが、玲奈=祥さんはクスクス笑っている。
僕たちは小西さんをピックアップしてから外来用駐車場に車を止めると、教養部の事務所を訪れた。
キャンパスの建物によってはIDカードが無いと出入りできないため、玲奈=祥さんと山葉さんのゲスト用のIDカードを貸出してもらうためだ。
僕はIDカード貸し出しの理由として、栗田准教授にたのんで研究目的の会議参加者という名目を作ってあった。
玲奈=祥さんにIDカードを渡したところで、僕は大学内の案内を小西さんに任せることにした。
山葉さんと僕が同行すると、微妙に悪目立ちする可能性があったため、新入生的な雰囲気の玲奈=祥さんを二回生の小西さんが案内することでナチュラルな雰囲気にしたかったのだ。
「初めまして小西さん。やっと会うことが出来てうれしいです」
SNSサイトで小西さんとメールを中心にやり取りしていたという玲奈=祥さんは屈託のない雰囲気であいさつをするが、小西さんは外見は祥さんなのに別人としてあいさつするのを見て、複雑な表情であいさつを返している。
二人がキャンパス内を歩き始めたのを見届けて、ぼくと山葉さんは少し距離を開けて尾行し始めた。
何はともあれ、玲奈=祥さんにキャンパスの雰囲気を満喫してもらうことが目的なのだが、山葉さんは緊急に浄霊する必要が生じた場合に備えて、密かに式王子を携えていた。
和紙で作った式王子は、彼女が祈祷をする際に神のごとき存在の依り代となるアイテムなのだった。
小西さんは、事前の打ち合わせ通りに、新入生の対面講義が行われている大講義室を目指していた。
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