第456話 ウェブ会議のノウハウ

「ほう、祥さんは何を根拠に小西さんが霊的な存在に取り憑かれていると思うのかな?」

山葉さんが問いかけると、祥さんは少し居住まいをただした雰囲気で彼女に答える。

「確証があるわけではなないのですが、霊というのは時間や空間を超越した存在です。私達は自身が拠り所とする世界を基準に考えるために、その人が死んだ場所に縛り付けられた地縛霊になっているとか、恨みを残した人に取り憑いているとか考えがちですが、視点を変えてみれば、死霊が私たちの時間経過に寄り沿っているわけではなくて、霊はただその場所やその人に張り付いているだけなのではないでしょうか」

僕は祥さんの言いたいことが理解できなくて、彼女に尋ねていた。

「でも、地縛霊というのはその場所に縛り付けられているのだよね」

祥さんは、物わかりの悪い生徒に的外れな質問をされた先生のように、少し苛立った雰囲気を放ちながら僕にかみ砕いて説明する。

「違うのですよ。霊にとっての時間は止まっており、その場所のその瞬間に縛り付けられているのです。地縛霊として認識するのは私たちで、それはその人が死んだ場所を鍵として私たちが霊のいる時空に遷移していると考えたら理屈に合うはずです」

祥さんの説明を聞いて僕はわかったようでわからない気分のまま口をつぐんだが、山葉さんは感心した様に祥さんに尋ねる。

「ふむ、それならば降る年月と共に、擦り切れてしまったような霊も存在することはどう説明するのだ?」

山葉さんと祥さんの会話は既に禅問答のような様相を帯び、僕には理解不能な領域に入り込んでいた。

「それは、その霊が執着する対象が生きた人間だった場合だと思います。生きた対象に縛り付けられることによってその霊は私達と同じ時間の流れを過ごす場合もあるのです」

祥さんの説明を聞いていた裕子さんは、温厚な表情を浮かべて祥さんに尋ねた。

「それでは、小西君に取り憑いている霊は何をきっかけに彼と接触したのかしら」

裕子さんはいざなぎ流の祈祷に携わることはないが霊感を持っている兆しがあり、時として鋭い一言で本質を突くことがある。

祥さんは言葉に詰まって液晶画面に表示された空白のアカウントを見つめていたが、何かを思いついたように表情を明るくした。

「それはネット関係の画像とか、日記のようなテキストかもしれませんね。そうだ、小西さんに直接聞いてみたらいいじゃないですか。ウッチーさんのミーティングIDを使って彼をDOOMに招待してウエブ会議できませんか?」

小西さんも大学が指定するスペックのタブレットパソコンを持っているので、ウエブ会議システムで話をすることは簡単にできるはずだ。

「それは可能だと思いますよ。早速連絡を取ってみましょうか」

僕は無料通話が使えるSNSサービスLIMEのトーク機能を使って小西さんにメッセージを送った。

僕が送ったトークにはすぐに既読マークが表示され、間髪を入れずに返事が戻ってくる。

「小西さんから返事がきました。10分後に彼とウエブ会議を始めると言うことでいいですか」

僕は素早く面談をセットアップできたと思い得意げに祥さんの顔を見たが、祥さんをはじめとするその場に居合わせた方々からは不平の声が上がった。

「勝手に時間を決めないでくださいよ。私はウエブ会議をするなら何か羽織ってきたいですし、第一、今の私はすっぴんなのですからお化粧する時間がないじゃないですか」

祥さんが口火を切ると、山葉さんがそれに続く。

「その通りだ。その辺の機微に気が利かないようでは、フロアマネージャーを任せる訳にはいかないな」

山葉さんが初めて聞く役職を口走ったので僕は、なぜ今ここでそんな話が出るのだろうと思いながら山葉さんに尋ねる。

「何ですか?そのフロアマネージャーというのは」

「年明けからウッチーをアルバイトからスタッフにし、給与額を変更したのだが、何か肩書を付けて定額制の給与にした方が説明しやすいと思い、職名をフロアマネージャーにしているのだ。本当は店長にしたいのだからもう少し従業員の気持ちに寄り添った判断をしていただきたいものだ」

話を思わぬ方向にふられて僕は慌てたが、彼女の言葉は僕にとって心外なものでもあった。

「肩書を頂いたのはありがたいですけど、小西さんとウエブ会議をすることがそんなに差し障りがあるのですか」

「あるとも、私達はプライベートタイムだから全員すっぴんなのだ。祥さんも部屋着で来てくれているので、それなりに体裁を整えるにはもう少し時間が必要だと気を聞かせて欲しいところだ」

やはり僕はすっぴんと部屋着で接しても平気な存在と化しているようだが、僕はその件はおいて、実務的な話に意識を戻す。

「それでは、小西さんとの面談時間を三十分後に変更しますか?」

山葉さんは、祥さんと顔を見合わせたが、妙案を思いついた様子で祥さんに提案する。

「そうだ。面談中はマスクを着けると言うことではどうだろう。こちら側のメンバーが密になるからと言えば理由は立つと思うのだが」

「それはいいですね。私もTシャツがノースリーブなので上に何か羽織ってきますけど、お化粧までするのは面倒くさいですからマスクで誤魔化しましょう」

彼女たちの判断基準は僕には理解できないが、とりあえず小西さんとの面談開始は動かさなくてよいと言うことだけはわかる。

山葉さんは僕たちの居住スペースの納戸を開けると、使い捨ての不織布マスクの箱を取り出した。

「私がドラッグストア特売で買ったマスクを提供しよう。ウッチーも足並みを揃えてマスクを着けてくれると辻褄が合うのだが?」

山葉さんが問いかけるので、僕は平然と答える

「もちろんいいですよ。裕子さんにもしてもらうのですよね」

「当然だ。それから、仲間はずれにしては可哀そうだから莉咲にも子供用マスクを着けて面談画面の背後に入ってもらうことにしよう」

山葉さんは先ほどから会話に加わっているつもりの莉咲に気遣いしており、僕は微笑ましく思った。

結局十分足らずのうちにカフェ青葉側の準備は整い、僕は自宅用のラップトップパソコンのウエブ会議用のアプリを立ち上げ、小西さんが会議画面に参加して来るのを待った。

僕が指定した時間になると小西さんがログオンし、僕の目の前の液晶には自室にいるらしい小西さんの画像が表示された。

「小西さん聞こえますか」

「はい、良く聞こえますよ」

ウエブ会議のお約束で、小西さんは音声で答えながら頭の上で大きな丸を作って見せる。

小西さん側の音声が不通になっていることは良くある話なので、とりあえずこちらの問いかけが聞こえることをジェスチャーで示してもらえると対処しやすくなるのだ。

何事もなくウエブ会議が始まるように思えたが、僕は小西さんの横にいる女性が気になっていた。

小西さんの下宿はシェアハウスタイプなので、同居人と接触する機会は普通のワンルームマンションよりは多いはずだが、彼がウエブ会議にアクセスする際に一緒に写り込む位置にいることは普通ないはずだ。

僕は小西さんが映っている画面の背景をそれとなく眺め、それがシェアハウスの共有スペースではなく、小西さんの個室からアクセスしているようだと確認してさらに疑念を深めるのだった




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