第455話 空白のつぶやき

空白のプロフィールとまだ一言も呟いていないアカウントは僕を困惑させ、良くない想像が僕の頭を駆け抜けた。

小西さんがメンタルな部分で病んでおり、存在しないつぶやきページを相手に返事を返しているのだとすると想像するのも痛い話だ。

それよりも、彼が質の悪い悪戯を僕に仕掛けたところで、空白ページを開いた僕を想像して彼がほくそ笑んでいる方がまだましと言えるが、彼の性格を考えるとその可能性はほぼない。

僕は思い余って山葉さんに相談することにした。

子供を寝付かせようとして一緒に転寝してしまった程度だと、周囲の物音に反応して目が覚めやすいもので、山葉さんも僕が帰宅して室内で動いている気配で目を覚ましたようだ。

「おかえり、帰ってからちゃんと手を洗ってくれた?」

「もちろんです。それより、アルバイトの小西さんと大学の近くの地下鉄の駅で会ったのですが、彼がちょっと気になることが有ると言って相談してきたのですよ」

僕が詳細を話していないにもかかわらず、山葉さんは彼女にとって面白い話の臭いを嗅ぎつけたようで、眠そうな表情が一変して話に食いついていた。

「ほう、小西さんがどんなことを相談してきたのだ?」

僕は小西さんからの相談内容をかいつまんで説明してから、画面に表示された中身のないアカウントを山葉さんに見せた。

山葉さんは、興味深そうにパソコンの液晶を覗き込んだが、そこには見るに値するほどの情報はないのですぐに飽きた様子だ。

山葉さんはつまらなそうにアカウントの詳細を調べようとしていたが、やがて情報が何もないと気づきマウスをテーブルの上に置いた。

「ぼくは、小西さんが何も表示されていないパソコンの画面を相手に一生懸命メールを送ったりしているのではないかと心配しているのです」

僕が自分の考えを披露すると、山葉さんは少し面白そうな顔をして応える。

「その通りだとしたら彼は重症のメンヘラだということになるな。私の推理の結果は少し違うからそれをお話ししよう」

僕は彼女がどんな推理をしたのかと緊張気味に聞き耳を立てる。

「私の考えでは彼の言っていたSNSのお友達は現実に存在し、今日は小西さんとの待ち合わせ場所まで来て、物陰から小西さんが来るのを見ていたのだ。待ち合わせ場所に現れた小西さんをこっそり確認した彼女は小西さんの容貌が気に入らなかったので、彼の前には姿を現さなかった。そして、アカウントから個人情報が漏れることを防ぐために、画像もテキストも一切削除したというところかな。彼女の唯一の手抜かりは自分ではアカウントを削除したつもりだが中身を削除してもアカウント自体は残ってしまったことだな」

それはそれで痛い話ではあるが、小西さんが病気でないだけましで、僕たちが慰めてあげれば済む話かもしれない。

しかし、僕は彼女が展開している説に、穴があることに気が付いた。

「僕としてはその方がましな気がしますが、山葉さんの説が正しいとすると小西さんは中身を削除されたつぶやきページを見た後で、それを僕に送り付けたことになりますよ。いくら小西さんでもそれまでつぶやきのやり取りをしていた相手のページが空白になっていたらその時点で気が付くのではありませんか?」

僕が指摘すると山葉さんも自説の不備に気が付いたようだった。

「そう言われてみるとそうだな。しかしそれを言うなら、そもそも存在しないアカウントに小西さんが反応しているとするウッチーの説も同じ理由で信ぴょう性が無いと思うよ。仮にそうだとしたら小西さんの病気の度合いが相当深刻なので、私達としても直ちに手を打つべきレベルだ」

彼女の指摘は的を射ており、僕の説が真実だとしたら憂慮すべき事態であると考える点では意見が一致する。

「僕たちの考えているケース以外に何か考えられる可能性はあるのでしょうか」

僕が質問すると、山葉さんはしばし考えていたが、おもむろに口を開いた。

「彼がそうしても良いと言っているなら、祥さんの意見も聞いてみよう。ついでに私の母にもご意見を聞こうと思うのだがどうだろうか」

僕は大筋で賛成だが、引っかかる部分があった。

「祥さんに話すのは彼も了承していましたが、裕子さんのことは何も言っていなかったのでどうかと思いますが」

「年齢的に最も近い異性である祥さんに話しても良いのならば、ほぼどうでもいい対象であるはずの私の母に話しても何の影響もないはずだ。おそらく彼は気にも留めないと思うよ」

そう言われてみればそんな気もするので、僕はその件には拘泥しないことにした。

山葉さんは、その間にラップトップパソコンを置いたダイニングテーブルを離れると入り口のドアを開けて、問題の二人を呼ぶ。

「おーい、お母さん、それに祥ちゃん、面白い話が有るから来てごらん」

小西さんの件は面白いといえる話ではないのだが、そこには山葉さんの嗜好が反映されているにちがいない。

裕子さんは孟雄さんが四国に帰ったために一人で部屋にいる状態であるし、祥さんも自室に一人だったはずで山葉さんの呼びかけを聞いて即座に姿を現した。

裕子さんは普段見慣れた部屋着姿だったが、祥さんはショートパンツにノースリーブのTシャツ姿で僕は微妙に目のやり場に困ったが、彼女は別に気にする様子もない。

小西さんが裕子さんに話を聞かれてもなにも困らないのと同様に、祥さんが僕のことを勤務先のカフェの親父とみなしており、恋愛対象とは程遠い存在だから部屋着姿を見られても平気だと考えているとすると、僕としては目の保養になると言うよりもちょっと悲しい気分だ。

山葉さんは裕子さんと祥さんに、小西さんの相談内容を披露し、僕はそれを受けて彼が送ってきたつぶやきサイトを二人に見せた。

空白に近いつぶやきサイトのプロフィールを眺めた二人は、最初困惑した表情を浮かべた。

やがて口を開いた裕子さんはどちらかというと山葉さんの意見に賛成すると告げたが、祥さんはどうやら別の考えがある様子だった。

「山葉さん、ウッチーさん、私がこのサイトを見た限りでは何とも言えませんが、小西さんはインターネットを通じて何か霊的な存在に取り憑かれているのではないでしょうか」

山葉さんと裕子さんは興味深そうな表情で祥さんの表情を窺い、ざわついた雰囲気で目を覚ました莉咲は、詳細がわからないままに何か面白いイベントが起きていると判るらしく、笑顔を浮かべて僕たちを見回していた。

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