第457話 多数派の結論
「皆さんが僕のために集まって対応してくださったのですね。どうもありがとうございます。すごく嬉しいです。」
小西さんは全員がマスクを着けた僕たちの姿に何の疑念を持たなかった様子で、礼儀正しく礼を言う。
僕から見ると彼の目線が微妙にずれているように感じるが、それはタブレットの固定カメラを使った場合に、小西さんを撮影しているカメラ位置と彼が見ている僕たちの画像のセンターが微妙にずれているために発生する現象だ。
僕は彼に確認したいことがいろいろとあるのだが、何処から質問をしようかと考えているうちに祥さんが口を開いた。
「単刀直入に言うけれど、小西さん大丈夫ですか?私達はあなたが指定したアカウントのプロフィール画面を見ているのですけど、そこには画像もテキストもない空白のアカウントしかなかったのですよ。本当に小西さんはこのアカウントの主とつぶやきやダイレクトメールのやり取りをしていたと言うの?」
僕と山葉さんが聞きづらいと思っていた内容を、彼女はこれ以上ないくらい明確な言葉にして小西さんにぶつける。
小西さんは祥さんの言葉を聞いて最初はキョトンとした表情で沈黙していたが、その意味を理解すると慌てて自分のスマホを取り出して液晶画面を操作し始めた。
祥さんの言葉を検証するためにスマホでつぶやき型SNSの画面を確認しているのだ。
その間、僕は小西さんの横に佇む女性を観察していたが、その女性は僕たちの映像が映し出されているはずの小西さんのタブレットパソコンの画面に対しては反応していないと思われた。
そうかといって、彫像のように動かないわけではなく、Vチューバーの実況用アバターのように微妙に左右に揺れ動いたり表情を変えたりしている。
「山葉さん小西さんの横にいる女性が見えていますか」
僕は山葉さんに小声で尋ねたが、彼女は眉間にしわによせて画面を見つめたまま僕に答える。
「私もそれが気になっていたのだ。私の目には小西さんの横にいるようにクリアに見えているのだが、本当は液晶ディスプレイにはあの女性の姿は映し出されていないのではないだろうか」
僕は、自分だけがその女性の姿を見ているのではなかったと判明してある意味でホッとしたのだが、山葉さんは僕たちの見ている女性の姿はハードウエア上には表示されていないのではないかとする疑いを表明し、それは別の意味で由々しき事態だった。
その間に、小西さんは自分のスマホでSNSの画面を確認したらしく、言い難い表情を浮かべて祥さんに訴える。
「どういうことなのですか。彼女のアカウントが無くなってしまっているんですけど」
「それは私たちが言いたいことなのよ。そのSNSのアカウントというのが自分の幻覚だったと思えないかこの数日の自分を振り返ってみて」
祥さんは聞きづらい内容を、はっきりと質問しており、それだけで面談のやり取りがスピードアップすると思えたが、それは小西さんが質問に答えることが出来た場合の話だ。
僕が懸念した通り、小西さんは、大学のキャンパスでその女性が約束した場所に現れなかったことも含め、訳が分からなくなってしまった様子だった。
「祥さんはもしかして僕の正気を疑っているのですか?僕自身キャンパスで彼女が現れなかった辺りから少しずつだけど自分の記憶や知覚が正しいのか疑い始めて居たんです。みんながどう考えているか教えてくださいよ」
小西さんはパニックに陥った様子で頭を抱えてしまった。
僕は小西さんを落ち着かせるために何か言わなければと考えるが、妙案を思いつく前に山葉さんが小西さんに話しかけた。
「安心しろ。小西君がメンタルヘルス的な症例を発症しているわけではないことは知っている。何故なら、そのSNSの主らしき女性が君の横に立っているのが少なくとも私とウッチーの目には見えているからだ。小西君はきみの右後ろの辺りにいる女性は見えていないのかな?」
僕は山葉さんのコメントを聞いて、それをこのタイミングで言ってしまうのですかと思い、少なからず慌てたが、僕の心配通り小西さんは慌てて自分の周囲を見回した。
「そんな女性なんて見えませんよ。僕の近くに誰かいると言うのですか?」
結局、彼の目にはその女性は見えていないらしく、彼は助けを求めるように僕たちに問いかける、同時に祥さんが僕たちにどこかホッとした様子で告げた。
「あ、やっぱり山葉さん達にも見えていたのですね。私は小西さんにも聞こえてしまうから口に出すのを躊躇していたのです」
そして、一連の流れを傍観していた裕子さんがおもむろに、口を開いた
「あらいやだ。わたしも何か見えているけれど、話の流れから言わないほうがいいのかなと思って遠慮していたのよ」
そんな様子を見ていた莉咲は右手を振り回しながら一生懸命に何かを話そうとする。
「だあだあ」
山葉さんは莉咲が一生懸命に何かを伝えようとしているのを見て愛おしそうに抱き上げた。
「そうでちゅか。莉咲ちゃんも何かがいるって教えてくれるのでちゅね。ありがとうでちゅ」
莉咲は話が通じたことがうれしいのかキャッキャと声を上げて喜んでいる。
山葉さんは莉咲をハイローチェアに戻すと、表情を引き締めて小西さんに告げた。
「見ての通り、私たち全員が小西さんの横に正体不明の女性が見えると言う結論に至った。私としては霊的な存在ならば浄霊することによって取り除くことが出来るので、小西君が精神的な疾患によって幻覚症状に悩まされているのよりよほど対処しやすいと考えている。これはある意味喜ぶべきことではないかな」
小西さんは山葉さんの言葉を聞いて、少し表情を明るくした。
「それでは、これから浄霊に来てくれるのですか。山葉さんが彼女ことを調べて教えてくれたら僕も安心することが出来ます」
しかし、山葉さんは小西さんの部屋まで浄霊に行くと即答はせず、困ったような顔をして僕を見つめる。
僕は彼女が都内の新型コロナウイルス感染が急増しているため、できる限り外出は控えたいとこぼしていたのを思い出して、小西さんにゆっくりと告げた。
「小西さん、今の都内の状況を考えると外出は出来るだけ控えるべきだと思う。小西さんは明日になればここまでアルバイトに来るのだから、その時に取り憑いた霊の有無やその状況を調べ、必要なら浄霊を行うのではどうだろうか」
その時、僕の言葉に被せるようにして祥さんが小西さんに言った。
「そうですよ。私もお風呂に入って部屋着に着替えたばかりだからもう一度外出着に着替えて出かけるのはおっくうだし、内村さんのお宅は小さなお子さんがいるから夕方は食事やお風呂に入れるのが大変なのですよ」
僕や山葉さんと違い、祥さんは本音の部分をさらりと伝えてしまう傾向がある。
小西さんは祥さんの言葉を聞くと目に見えて落ち込んだが大人しく僕たちに言った。
「わかりました。明日アルバイトに行ったときにお願いします」
言葉とは裏腹に、小西さんは自室の誰もいない空間を怖そうに眺めていたので、僕は慌てて彼に告げる。
「問題の女性のことで、聞いておきたいことが有るから後でメールを送るよ」
小西さんはゆっくりとうなずくとタブレットパソコンに手を伸ばして、ウェブ会議から退出した。
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