第451話 能力行使の結末

高校生活の出だしで、持ち前の「能力」を使い、スクールカースト上位に入り込もうとした僕の目論見は、内村莉咲によって阻まれた。

それゆえ、僕のクラス内でのポジションは本来その辺であるはずの下位カーストの上あたりに定まり、それはそれで無理なく過ごせる居心地の良いポジションでもあった。

周囲の人間関係も結局は小学校の頃からの腐れ縁的な光男君が常に僕の隣にいることになり、当たり障りがないが、光男とつるむことで僕のラノベ好きな趣味がリア充なクラスメートたちにばれないかと心配だ。

僕の野望をくじいた内村さんは、弓道部に入り、文武両道に秀でた典型的なリア充の上位カーストの住人であるが、意外と気さくに僕に接してくれる。

しかし、僕が彼女との関係を進展させるべく一歩踏み込もうとすると、彼女はするりと身をかわすのが常だ。

それがテレパス的な感覚で僕の意図を察知しているのか、「天然」であるがゆえに僕の考えなど思いもよらずスルーしているかは僕には判別できない。

やがて、僕の彼女に対する気持ちは次第にエスカレートしていった。

だめもとでいいから、彼女に自分の気持ちを伝えてみようと思いつめた僕は、彼女が「天然系」だと仮定してそれでも勘違いしてスルーされないくらいにダイレクトに想いを告げることにしたのだ。

光男にお使いを頼んで内村さんを校庭の隅に呼び出し、僕は彼女に思いのたけをぶつけたのだった。

僕の言葉を聞いた彼女は最初、僕が何を話しているかわからない様子だったが、次第に緊張した表情を浮かべて僕に答える。

「角谷君ありがとう。角谷君がそんな風に思っていてくれるのは私もすごく嬉しいのだけど、私はまだ気持ちの準備ができていないから、お友達からということでいいかな」

内村さんの言葉を聞くと婉曲な断り文句のようにも聞こえるが、彼女の表情はいたって真剣だった。

やはりこの人は筋金入りの天然だったのだと僕は今更ながらに気が付くが、そう考えるとこのリアクションは悪くないのではないだろうかと僕の頭は高速回転し、自分が告白することによって得たポイントを評価する。

そして、ここで無理押ししないで彼女のお友達の地位を得るのは上出来だとする結果に辿り着いたのだった。

「あ、ありがとう。もちろん友達からでいいからよろしく」

内村さんは温和な笑顔でうなずき、僕の心には仄かな温かみが広がっていく。

精神感応力を使わないで得られた成果は僕にとってはかけがえも無くうれしいものだった。

彼女は部活があるからと言って、僕を置いて校舎に戻っていったが、僕は踊りだしたい気分で学校を後にして自宅に向かった。

校舎を出て間もなく、僕に光男が追いつき告白の首尾を尋ねる。

僕は平静を装いながら光男に告げた。

「とりあえず、お友達になってくれると言っていた」

「え、それ凄いじゃん。断られてないならそれは付き合ってくれるってことでしょ」

光男は僕の希望的観測をさらに後押ししてくれたので僕は俄然気分が良くなる。

「そ、そうだよね。今日は光男も手伝ってくれたおかげだよな」

僕は光男とじゃれ合いながら帰路をたどり、あまつさえ光男に何か奢ってやろうかと思うくらいだった。

そんな時にどこかで聞いたような声が僕の耳に響いた。

「光男ちゃんと仲がいいみたいだな。和樹はもっとまともな奴かと思っていたが、光男と同様ラノベ好きなおたく野郎だってことだな」

声の主は同じクラスの涼介だった。

涼介はサッカー部に所属しておりクラスの序列では上位に属するが、僕から見れば押しが強いだけの嫌な奴だ。

「光男、こいつに弱みでも握られているのか」

僕がさりげなく尋ねると光男は泣きそうな表情に変わってつぶやく。

「弱みなんてないけど何かといえば彼が僕に付きまとってつつき回したり、ひどい時はコンビニでお菓子を買わされたりするんだ」

僕は早い話がいじめじゃないかと思い涼介の顔を睨んだが、涼介はふてぶてしい態度で僕を睨み返す。

「何だよその目は、俺に歯向かうなら光男とひとまとめにみんなでいじってやってもいいんだぜ」

「やめてよ、和樹君は関係ないからそんなことしなくてもいいだろ」

光男が自分を気遣って言うのがわかり、それが僕の怒りをさらに掻き立てていた。

涼介のようなやつの人格を尊重する必要がどこにあるのだろうと思い、僕は精神感応のスイッチに相当する意識領域を「ポチって」いた。

たちどころに周囲の空間から音が消え、光男も涼介も彫像のように動きを止めて佇んでいた。

この空間で涼介の意識を改変してしまえば、僕にとっても光男にとっても無害な存在にしてしまうことが出来る。

僕はクールに彼の意識を切り張りする作業に入ろうとしたが、その時先程の涼介の言葉が思い浮かんだ。

ちょっと痛い目に遭わせてやりたいと言う思いが僕の心に広がり、それが僕の行う涼介の意識の改変作業にバイアスを生じさせていた。

人の心というのはほんの少しバランスを崩してやれば容易に方向性が変わるものなのだ。僕は涼介の嗜虐的な嗜好を取り除くのと同時に、ちょっと躓いて転ぶように誘導したつもりだった。

僕が精神感応の領域から離脱し周囲が正常な世界に戻ると、涼介は眩暈を感じたようにふらついていた。

僕が涼介に行った精神操作の結果として彼は光男や僕を嗜虐的な楽しみの対象として攻撃することは無くなり、ついでに足元がふらついてその辺で転び少しばかり膝小僧でも擦り剥いて痛い思いをするはずだった。

実際に涼介は僕の目の前でふらついて、歩道の隅から車道に転落したので僕が目論んだとおりの痛い目に遭ったはずだったが、僕の誤算はその時僕達の背後から大型のダンプトラックが迫っていたことだった。

車道に転げ落ちた涼介は、ダンプトラックにもろに轢かれることになり、涼介がダンプトラックの車輪に轢かれる表現しがたい物音が僕の耳に飛び込んでくる。

ダンプトラックが止まったのは二十メートルほど先に逝ってからのことで、その間に車輪に巻き込まれて引きずられた涼介の身体は原形をとどめないほどに損傷していた。

一瞬の静寂の後に光男が挙げる悲鳴が響き、僕は自分の行った行為の結果を受け止められずに茫然とたたずんでいた。

これは事故だ、不幸な事故なんだと僕は自分に言い聞かせるように低い声で呟いていたが、ふと誰かの視線を感じて振り向いた。

そこには、部活に行ったはずの内村莉咲が佇んでおり、彼女は硬い表情で僕を見つめていた。

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