第450話 教室に潜む異能力者

高校一年の最初の授業の日は僕でなくても周囲の生徒の様子を窺い、クラス内のスクールカーストがどんな具合に定まっていくかが気になるはずだ。

スクールカーストなどというものは、学力や運動能力とは異なる領域でそのポジションが決まっていくものらしく、序列の上の方にいる奴は正真正銘のいい人の場合もあれば、押しが強くて世慣れているだけの嫌な奴の場合もある。

中学校のクラス替えと違い、知らない生徒も大勢いる訳で、皆は往々にして同じ出身中学校の生徒つるんでいるが、これが意外な陥穽になる場合がある。

一緒いる奴が下位カースト認定されたら友達である自分も巻き添えを食らうことが往々にしてあるからだ。

スクールカーストなる言葉は日本でしか通用しない造語であり大人から見たら取るに足らない話かもしれないが、僕たちにとっては少なくとも向こう一年間の生活を左右する重大事案なのだ。

そして、高校生にもなれば当然女子生徒にだって興味はあり、初見でハートをつかまれてしまう好みのタイプの女子生徒も存在する。

そんな子とさりげなくお友達になりたいという願望も膨らむが、それはある程度落ち着いてからの方がよさそうだ。

ここまでは、一般的な話なのだが僕の場合はそれに加えて個人的な属性に絡む特殊事情も発生する。

僕は生まれつき精神感応の素養があったらしく、幼少のみぎりにはそれが理由で実の母に疎まれるというつらい体験をしている。

そして、転勤が多い父と共にあちこち移り住んだおかげで、学校のクラスという閉鎖空間に新たに飛び込む場合には最初にうまく立ち回らないと時として悲惨な目に遭うことが身に染みていた。

そして、僕は何時しか転校などで新しい人脈に入り込むときは、スクールカーストのトップにいる数人に持ち前の精神感応力を使って彼らの意識を支配して自分の居場所を確保する術を学んでいたのだ。

精神感応力を使って支配すると言っても、相手の意識をすべて支配して奴隷にしてしまうわけではない。

その気になればクラス全員を奴隷にして支配することも可能かもしれないが、僕が目指しているのはそんなことではなく、スクールカースト上位の人々に自分のことを良く印象付けて、彼らからイベントに誘ってもらったり、時にいじってもらうことで、クラスの中に居心地のいいポジションを確保することだった。

学校のクラスという数十人の集団でもその中で人気を博するにはそれなりの才能が必要で、

哀しいかな僕にはそんな才能はない。

もしも精神感応で他の人々を従わせたとしてもそれはスクールカーストの上位に君臨したのではなく物言わぬ人形の間に一人で座っていることに他ならないだろう。

そんなわけで、僕は授業の初日に周辺の人間関係を把握すると、カーストの上位に落ち着きそうな一人に見当を付けて、彼の精神を操作するべく行動を起こした。

それは、電子的デバイスのスイッチをポチるのと似ているがスイッチは僕の頭の中にしか存在しない。

スイッチをオンにした瞬間、ざわめきに似たバックグラウンドノイズに満たされていた教室は静寂に包まれる。

教室内の同級生と教師は一様に動きを止め、石像のように静止した彼らの頭にアクセスしてその中身をカットしたり継ぎ足したり、時に存在しなかった情報をコピペすることによってその意識を操作するのだ。

コピペする情報というのは僕という人間の存在情報だったりするわけで、目的の彼の頭の中には僕の情報がかけらも存在しないことにお寒い思いをしながら作業をするのはよくあることだ。

そんな作業に入ろうとした時、僕の背後から声が響いた。

「何をしているのですか」

僕の驚きを察して欲しい。

そこは一般人が全て動きを止めて僕だけが活動可能な空間だと信じていたのに、こともあろうにそこで誰かに呼びかけられたのだから、僕は文字通り飛び上がったに違いない。

驚きのあまり凝固している僕に追い打ちをかけるように声はさらに呼びかける。

「もしもーし、何か答えてください」

僕は声の主に振り返り、それが同じクラスの内村莉咲だと気が付いた。

入学式でクラスのメンバーと初めて顔を合わせた時に、僕のハートをわしづかみにしたのは他ならぬ彼女だった。

「き、君はどうしてこの空間で自由に動けるんだ?」

僕はやっとのことで言葉を発したが、心臓の鼓動がバクバクしているのが彼女に聞こえるのではないかと心配だった。

「質問しているのは私ですよ。質問で返すのはあまり礼儀正しい対応とは言えませんね」

彼女はまったりとした口調で話すが、それは決して僕に優しく接しているからではないようだ。

「いや、彼の心を操作して僕に対するイメージを良くしようと思って」

正直に言ったつもりだったが、彼女はそれを曲解したようだった

「うそ、男の子を相手に精神操作して気を引こうとするなんてあなたはそういうタイプの人なんですか」

「ちがう。そうじゃなくて」

僕が説明の言葉を考えているうちに、彼女の顔に理解の色が広がるのが見て取れた。

「ああ、そんなささやかなことを目的にしていたのですね。私はもっと悪いことを企んでいるのかと思いました。今回は見逃してあげることにします」

僕は狼狽した。

「僕の思考を読めるのか?君は一体何者なんだ?」

「うちの母が陰陽師をしているのです。私も見よう見まねでいろいろなことを憶えたのですが、教室の中を変な黒い影が走るからびっくりしたのです。」

彼女が見た怪しい影の映像が僕にも垣間見え、その妖怪じみた雰囲気に我ながら嫌悪を憶えた。

「わかった、もうクラスメートの精神をいじったりしないよ」

少なくともこの場では本心から内村さんに告げると彼女はちょっと崩し過ぎに思える笑顔を浮かべてぼくに答える。

「そう言ってくれると嬉しいです。これからは仲良くしてください」

彼女の言葉を聞いて僕は俄然舞い上がってしまった。

これをきっかけに仲良くなれるのではないかと様々な考えが僕の心を駆け巡ったが、不幸にして僕たちのいる空間の性質上その考えは彼女にも共有されてしまったようだ。

内村さんは息をのむようにして僕から身を離すとその辺にあった弓と矢を手に取った。

今更のように気が付くが彼女は赤い袴と白衣の組み合わせの巫女姿で、その彼女が漆塗りのやたら大きな弓に矢をつがえてキリキリと引き絞る。

そしてその弓矢が狙っているのは僕だ。

「ちょ、ちょっとなんで僕を狙うんですか」

「私の意識を操作して好き勝手なことをしようと考えていました」

僕は自分の失敗を悟った。

この空間内で活動できるテレパスの素養がある人間の思考は互いに筒抜けになるらしい。

「違う。それは単なる願望であって、本当にそんなことをするつもりでは」

押さえようとする理性と裏腹に彼女に対する妄想が頭の中で増殖する気配に僕は慌てて、精神感応力を使って他人の意識を操作するための作業空間から離脱した。

教室の中には普段通りの物音が満ち、新しいクラスメートたちは思い思いに活動を再開ずる。

僕は恐る恐る内村莉咲が居る席を振り向いたが、彼女は僕と目が合うと紅潮した顔に少しお怒りの表情を浮かべるとプイとそっぽを向いた。

僕は高校生活の最も大事な第一歩が完璧な失敗に終わったことを悟った。

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