第452話 タイムリープの先にあるもの
ダンプトラックのドライバーが緊急通報し、程なく救急車やパトカーが現場に並んだが、救急隊員は涼介の状態を見て早々に治療を諦めて回収業務に切り替えたことが見て取れた。
それでも、公式に発表される際には病院で死亡が確認されたことになるのだろう。
警察官たちは現場に居合わせた目撃者として僕と光男から事故の状況を聴取した。
光男は僕たちと一緒にいた涼介が突然よろけて歩道から車道に転落し、そこに運悪くダンプトラックが通りかかって轢かれたと証言したが、それはまごうことなき事実であり僕も同様に証言するしかなかった。
たとえ僕が涼介の精神を操作して転倒させたなどと証言しても誰一人信じる者はいないと思われた。
真実を理解しているのは僕と、一部始終を目撃した内村莉咲だけなのだ。
その後、僕も彼女も何事も無かったように同じクラスで学校生活を送ったが、彼女が僕に接触してくることはなかった。
僕は周辺から情報を集め彼女の父が大学で教鞭をとり母は下北沢でカフェを経営していることを知った。
世間は狭いものでそのカフェは僕の母が時々使う店で、僕も幼い頃に母に連れられて行ったことがあった。
僕は彼女との関係を修復したくて幾度かそのカフェを訪ねたが霊感が鋭いという彼女の両親は早々に僕の接近に気づき、僕に対してやんわりと退去勧告をするし、ある日などは莉咲の知り合いと称する女性が銀の十字架を突き付けて僕を追い払ったこともあった。
幾度目かカフェから追い出された時に僕はカフェを目指して歩いていると思える女性にを止めた。
高校の授業初日に彼女と互いに精神が感応しあった時、僕は彼女に対する自分の妄想を知られてしまった訳だが、同時に彼女からもいくばくかの情報は僕に流れ込んでいたようだ。
その女性が内村莉咲の知り合いの春香さんだと言うことはまるで自分の記憶のように想起され、同時に彼女がタイムリープという稀有な能力を行使できる能力者だと認識された。
僕はその能力を使って涼介の一件を無かったことにして同時に莉咲との関係を修復することを思い立ったのだった。
ちょっとしたプランを胸に秘めて春香さんに接近すると彼女はまるで死神を目にしたように沈鬱な表情で僕に告げた。
「あなたが何をするつもりか私にはわかる。でもそれはここにいるあなた自身を根こそぎ消してしまう結果になるわ。悪いことは言わないからこのままお家に帰りなさい」
「なんだと」
僕は少なからず逆上した。
内村家のカフェ関係者は僕のやることなすことをお見通しのように先回りして阻止してしまうので、少なからずフラストレーションがたまっていたからだ。
奥は精神感応を司る心の中のスイッチをポチると春香さんの心にアクセスして、僕の精神を過去に送り込むように誘導したのだ。
僕の計画は、僕自身の精神を内村莉咲が一歳になった頃の過去に送り込んでもらい、まだ幼くてガードが少ない彼女の精神に僕に対する好感を植え付けるものだった。
漠然とした好印象を植え付けるだけで、僕と彼女が初対面で出会った時点で二人の関係は早めに進展するはずだ。
それによって、僕が後に引き起こした涼介とのトラブルはスキップできるに違いないと考えたのだ。
当然僕と莉咲との関係もそこからナチュラルに発展するに違いない。
僕のプランは完璧に思えたが、あり得ないことに精神だけの状態で過去に出現した僕をあろうことか彼女の両親が察知してしまい執拗な妨害を受ける羽目になってしまった。
日本刀を振り回す父親と得体のしれない式神を召喚して自分に差し向ける母親は人間とは思えない化け物的な存在だ。
自分の攻撃性を象徴していた剣も折られてしまい、手詰まり感が強く、今や精神まで支配されそうな気配だ。
流入した記憶が現在に到達した時点で僕の意識は本来の自我を取り戻した。
流入した記憶を追体験する間、まるで死神のように莉咲に忍び寄る角谷和樹を名乗る少年になり切っていたが、気が付けば目の前には折れた剣を構えて必死に僕に戦いを挑む和樹さんの姿があり、僕は彼の剣と日本刀を打ち合わせたままの状態だ。
化け物のように思えた少年も、その考えを読んでしまうと自分の置かれた事態を改善するために必死だったことが理解できる。
僕は彼の逆襲の危険を考えたが、一歩身を引くと日本刀を鞘に納めた。
「和樹君、君の考えは理解したからもう自分の時間に戻りなさい」
彼は僕の言葉が信用できない様子でその目からは敵意が消えていないが、僕の背後から柔らかな声が響いた。
「ママ」
それは莉咲の声だった。
僕の横で高田の王子を召喚しようとしていた山葉さんが慌てて莉咲に駆け寄る気配がした。
「莉咲、目を覚ましたのね。ママがわかる」
山葉さんが話しかけると莉咲が機嫌よく笑うのが聞こえる。
そして、山葉さんは莉咲を抱き上げると和樹さんの前に立った。
「ほら莉咲ちゃん末来でお友達になる和樹君でちゅよ。良く覚えておいて見かけたらすぐに仲良くなってあげるのでちゅよ」
「え?」
和樹さんは信じられないと言うように僕と山葉さん、そして莉咲の顔を見回している。
「クラスメートを過失で殺してしまった末来を改変したいと言うのなら手伝わないわけにはいかない。うまくいくかはわからないが協力しよう」
山葉さんも僕と一緒に彼の記憶を追体験したらしく、穏やかな微笑を浮かべて和樹さんを見つめている。
和樹さんは事態が好転したことを理解すると、身に纏っていた殺気に近い雰囲気を消し、ホッとした様子で僕たちに答えた。
「本当ですか、僕は行き詰まりの事態を改善するためなら自分が死んでもいいと思っていたくらいで、理解してもらえるなんて思ってもいなかった」
和樹さんが持っていた折れた剣は何時しか消えてしまい彼の顔には涙が浮かんでいた。
「君は精神感応力を使って人を自由に操るほどの能力を持っていながら、それを好き勝手に使わないだけの分別がある。これからも人の気持ちを考えて行動してくれるのならば莉咲の友達になってもらいたい」
山葉さんが告げると、和樹さんはゆっくりとうなずいた。
和樹さんはまだ幼い莉咲を見て笑顔を浮かべ、僕は彼が自分の計画を達成して末来に戻っていくことを疑っていなかった。
しかし、和樹さんは不意に膝をついた。
「どうしたんだ」
僕が尋ねても彼自身も自分に現れた異変に戸惑っている様子で両手を見つめていた。
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