第449話 強敵との対峙

山葉さんの刀は刀身が長く、上段に振りかぶって一の太刀に全てを込めるにふさわしい刀だ。

和樹さんが僕の間合いに入り、攻撃動作に移るのが見て取れたので、僕は一歩踏み込むと振りかぶった刀をあらん限りの力で振り下ろしていた。

和樹さんは僕の動きに反応して西洋中世風の剣で僕の斬撃を受け止めた。

彼は剣を横に払って僕に対抗するが剣が重いためにその動きは早くない。

僕は一歩身を引いて彼の攻撃をかわしたが、僕の身体は武術の達人が乗り移ったように動き、軽く繰り出した刀の切っ先は彼の右手を捕えていた。

和樹さんの右手から血しぶきが上がり、彼はかろうじて剣を取り落とさなかったものの、僕の次の動きを意識して大きく後退した。

僕は再び刀を上段に構えて和樹さんとの間合いを詰めるが、追い詰められた彼は部屋の壁際まで後退し、何かの呪文じみた言葉を唱え始める。

僕がじわじわと間合いを詰める間に、和樹さんは呪文を唱え終えた様子で大きく右手を振った。

次の瞬間に僕の目に映ったのは、ドッジボールほどの炎の塊が僕に急激に接近している光景だった。

僕はそれをかわしたら建物に引火するのではないかと思い、刀で叩き落そうと身構えていたが、僕の目の前に何者かが飛び出して炎の塊を迎撃する。

その人影は手に持った杖のようなものを振って炎の塊を受け止め、炎の塊は火の粉を散らしながらバラバラに砕け散った。

炎の塊を受け止めたのは小柄な老人で、白髪の長髪に白い衣をまとった姿は仙人をイメージさせる。

白衣の老人は柄頭に沢山の丸い輪が付いた杖のようなものを振るって和樹さんに立ち向かった。

「何だよこのじじいは、何処から出てきたんだ」

和樹さんは右手から血を流しながらも剣を構えなおし、老人に立ち向かおうとしている。

僕が突然現れた老人に驚いていると、山葉さんが僕の隣に来て囁いた。

「山の神様の祭文を唱えたらあの方が出現したのだ、きっとあれが山の神の姿に違いない」

山葉さんは畏れ多いと言う雰囲気で説明し、僕は自分の心の奥深くから同じ姿の記憶を呼びだしていた。

「そういえば僕たちの結婚披露宴の時にあの姿を見た気がしますね」

その間に山の神と和樹さんの戦端は開かれていた。

和樹さんは魔法攻撃じみた技を繰り出して、炎の塊が山の神を襲うが、山の神がその杖を振るうと炎の塊は再び砕け散る。

和樹さんは炎の次は虚空から出現した氷の刃を山の神に投げつけるが、山の神が杖を振るうと氷の刃はことごとく弾き飛ばされていた。

山の神が杖を振るうたびに涼やかに金属音が響き、僕はそれが杖の柄頭にある金属の輪から発していることに気が付いた。

「あの杖の音を何処かで聞いたことが有りますね」

僕が山葉さんに尋ねると、山葉さんは感慨深そうな表情で答える。

「あれは錫杖というのだ。私たちに危険が迫ったときなどにあの音で警告を発してくれたのだと思う。山の神は私たちを見守ってくれていたのだね」

僕たちが他人事のように感慨にふけっている間に、和樹さんは魔法攻撃が阻止されることに業を煮やして、剣による直接攻撃に切り替えていた。

和樹さんは僕の攻撃で右手に負傷したはずなのに、思いのほか早い動きで山の神に攻撃を仕掛けている。

しかし、山の神は俊敏に動いて和樹さんの攻撃を防いだ。

そして、和樹さんが剣の攻撃をかわされてよろめいた時に、錫杖の先端で和樹さんに突きを見舞った。

錫杖の先端でみぞおちを突かれた和樹さんは、肺の空気をすべて吐き出した雰囲気で大きくよろめく。

山の神はさらに錫杖を振るって和樹さんの頭を打ち据えていた。

眉間から血を流した彼は、一瞬意識を失ったように見えたがその場に踏みとどまると、片手の指先から山の神に向かって火炎放射器のように炎を吹きつけていた。

山の神は虚を突かれたように、炎を防ぎきれず炎に包まれた。

「そんな、山の神がやられるなんて」

山葉さんが信じられないという表情でつぶやくが、山の神は瞬時に燃え尽きて和紙でできた式神の燃えカスと化して床に舞った。

「依り代となった式神を破壊されると、神々も顕現できなくなるのですね。実は僕も同じ手口を使ったことが有ります」

僕は闇落ちしたいざなぎ流の陰陽師の霊と戦った時に、敵が召喚した高田の王子の式王子を燃やしたことを思い出していた。

和樹さんは山の神に打ち据えられた眉間から血を流しながらも、戦意を失っていない目で僕たちを睨んでいる。

「不愉快だ。僕の行動をここまで邪魔する奴がいるなんて許せない。絶対にこの場で滅ぼしてやる」

和樹さんは血に染まった右手を添えて剣を構えると、再び僕に攻撃を仕掛けようとしていた。

山葉さんは、再びいざなぎ流の祈祷を唱え始めており、それは僕にもなじみとなった高田の王子の法文だった。

僕は戦意を失わない彼を見てため息をつきたい思いだが、再び刀を上段に構え彼を一歩たりとも進まさない気迫で対峙する。

「もうあきらめて帰りなさい。過去を改変したら自分自身も危険にさらされることがわからないのか」

僕は、美咲嬢に意識だけの存在として過去に送りこなれたが、その時はちょっとした手違いで過去を大きく改変する結果となってしまい、バタフライ効果のあおりで変化した周囲の環境に適応できなかった経験がある。

「その危険は覚悟している。虎穴に入らなければ虎児は得られないと言う故事成語もあるくらいだから、望むところだ」

和樹さんは怯むことなく僕との間合いを詰めようとし、僕は再び刀を振り下ろさざるを得なかった。

僕の渾身の斬撃は、再び和樹さんの剣によって受け止められたが、澄んだ金属音とともに、彼の剣は中ほどから折れていた。

和樹さんは折れた剣を茫然と眺めていたが、僕が再び間合いを取れば自分が圧倒的に不利になると悟ったのか、折れた剣を構えたまま僕に突進した。

鬼気迫る雰囲気の彼は鍔迫り合いから僕の喉を掻き切るつもりかもしれず、躊躇なく戦うさまはとても高校生のする事とは思えない。

僕は一度突き放してから仕留めようと思い、正面から彼の突進を受け止めた。

そして、彼の折れた剣と自分の刀を打ち合わせてから力まかせに彼を突き飛ばそうとした時、自分の意識の中に何者かが入り込むような気がした。

僕はかろうじて意識を保ちながら至近距離から瞳を光らせてこちらを見ている和樹さんに囁くように言った。

「僕の精神に入り込んで支配しようとしているのか?」

僕の問いに対する彼の答えは意外なものだった。

「それはこっちのセリフだ、気色が悪いから僕の心に入り込むんじゃねえ」

どうやら和樹さんも故意にしているわけではなく、精神世界の中で互いに相手に意識を集中した結果、僕たちの意識が境界を失ってつながってしまいつつあるようだった。

僕はそれまでかろうじて自我を保っていたのだが、次の瞬間に彼の記憶が奔流のように僕の心に流れ込み僕の意識を押し流していった。

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