第435話 巫女姿写真撮影会
山葉さんが邪霊の類を一掃したのを見て、鳴山さんは無邪気に喜んでいるが血を流した姿の女性の霊は消えたとはいえ、近辺に潜んでいる可能性が高い。
「山葉さん、さっきの女性の霊は見えなくなったけれど放置していいものなのですか」
山葉さんは「みてぐら」を梱包しながら僕に答えた。
「みてぐら」は祭祀の後で、いざなぎ流の作法に乗っ取り梱包され、祭祀の際に祓った邪霊や呪詛の類を封じこめて人の手の触れない場所に埋めなければならないとされている。
「私も気になっていたところだ。あの霊が見えていた辺りの品物に関係がある可能性が強いから、鳴山さんに品物の仕入れ元を調べてもらおう」
そう話している間も彼女は手を休めずに梱包作業を続けているので、幽霊がいた辺りの品物の素性についての話は僕から鳴山さんに持ち掛けることにした。
「鳴山さん、女性の霊が見えていた辺りの品物の出所を調べることをできますか」
僕の問いかけに、山葉さんの手元を見ていた鳴山さんは真顔で振り返った。
「あの女の人がまだ出る可能性があると思われているのですか」
「ええ、今は姿が見えなくなっていますが、再出現する可能性も高いと思います」
鳴山さんは女性の霊が佇んでいた辺りをしばらく見つめた後で、事務スペースにいる森田さんに声を掛けた。
「森田君聞いての通りだ、この辺りの品物の仕入れ先を洗い出してくれないか」
「そう簡単に言うけどそれって結構大変なのですよ。まずは商品のコード番号をメモらないといけないのですが、どこからどこまでかチョークで線を引いて示してもらえますか」
森田さんは難色を示したが、鳴山さんは事務スペースの黒板からチョークを持ち出すと女性の幽霊がいたエリア森田さんを手招きする。
ミニヨン二号館の商品ラインナップは多様だが、大雑把に白物家電と雑貨類、そして家具調度品といった具合にエリア分けして配置されているようだ。
家電品や大きめの家具は通路を広めにとった倉庫の奥にあり、フォークリフトで持ち運びできるパレットの上に置かれているが、女性の幽霊を見た辺りは比較的小さめの雑貨品が多く、折り畳み式の長机の上に商品が陳列されているスタイルだ。
鳴山さんは商品を陳列した机の上にチョークで目印をつけると森田さんに言った。
「この範囲の商品をリストアップして、何処から仕入れたかわかるようにしてくれ」
「うわ、無茶苦茶数が多いじゃないですか。僕がメモするから、鳴山さんが商品タグのIDナンバーを読み上げてくださいよ」
鳴山さんは実質、ミニヨン二号館の店長的な立場のはずだが、スタッフの森田さんや神林さんは意外と遠慮のない口の利き方をし、鳴山さんもそれに気を悪くする様子もなく接しているので不思議な人間関係だ。
「よしわかった。今から順番に読み上げるから間違えるなよ」
鳴山さん達が商品リストアップの作業を始めると、僕は何気なくその商品の山を眺めたが、電気スタンドやテレビに始まり、引き出しの付いた物入もあり、多種多様だ。
「みてぐら」の梱包を終えた山葉さんも、僕の横に来て、陳列された品物を眺めるが、これといって目につく品物があるわけではない。
「これも、孤独死したお年寄りの部屋から引き取ってきた物品なのかな?」
山葉さんがつぶやくと、僕たちを遠巻きに眺めていた神林さんが口を開いた。
「それは、あまり口外しないでください。売れ行きに関わりますから」
どうやら、鳴山さんは僕たちには特別に本当のことを教えてくれているらしい。
「大丈夫、そんな話何処でもしませんから」
僕が答えると神林さんは少し表情を緩めた。
その脇で山葉さんは、テーブルの上の小物入れを手に取って眺めており、その小物入れは奥行と高さが二十センチメートルほどで横幅は十センチメートル程度の大きさで、クレジットカードやポイントカードの類を入れておくのに手ごろな大きさだ。
「その小物入れから何か気配を感じるのですか」
「いや、カード類を入れておくのにちょうどいいと思って見ていたのだ」
山葉さんの言葉を聞いた神林さんは愛想よく言った。
「お買い上げになりますか?」
「いいよ、今度東急ハンズに行って似たようなのを買うから」
山葉さんは配慮のかけらもなく言い捨てて小物入れを眺めており、神林さんは微妙に気分を害した様子なので僕は身振りで謝るしぐさをするが、山葉さんはそんな事にはお構いなしに小物入れを軽く振って見せる。
「おや、引き出しは空なのに何かが入っている様子だ。引き出しの裏側に何か落ち込んでいるのかもしれないね」
「本当ですか?中身が残っていないかよく確認しているはずなのですが」
神林さんが怪訝な表情で見守る中で、山葉さんは引き出しのストッパーを外して、引き出しを取り外し、引き出しの裏側に落ちていたものを取り出したが、彼女の掌に転がり出たのは石ころだった。
直径一センチメートルほどの石はつやのある黒っぽい色をしている。
「石ころが入っていたのですね。こちらで処分します」
神林さんが心なしか安心した様子で掌を差し出すが、山葉さんも微笑を浮かべて答える。
「いいですよ。私が帰る時にでも外に捨てておきます」
「そうですか。それではお願いします」
神林さんが答えて、山葉さんは小石を白衣の袂にしまった。
些細なことでも譲り合うと場の空気が和むもので、神林さんと山葉さんが和やかに世間話をしていると、鳴山さんと森田さんが問題のエリアの商品に張り付けたID番号を書き写し終えた。
「さて、これから森田君に仕入れ先のリストを作ってもらおうか。明日には渡せると思いますからね」
鳴山さんが明るい口調で山葉さんに告げるが、森田さんは渋い表情で鳴山さんに尋ねる。
「それは暗に僕に今夜のうちに仕上げろと言ってますね」
「ま、そゆことだ」
森田さんはため息をつきながらリストをもってパソコンに向かい、鳴山さんは僕たちを玄関先まで見送った。
「今日はありがとうございました」
「いえこちらこそ。もしも女性の幽霊が現れたらもう一度浄霊にトライするから連絡してください」
生真面目に告げる山葉さんに鳴山さんが機嫌よく手を振り、僕たちは帰途に就いた。
「そういえば帰ったら山葉さんの写真を撮るとか言っていましたね」
僕がWRX-STIのステアリングを握りながら山葉さんに尋ねると、彼女はスマホを取り出してメールを送っている様子だ。
「祥さんがメニューをリニューアルするから、私が巫女装束を身に着けた時に写真を撮りたいと言っていたのだ。今から帰ると伝えたら私たちが帰る頃に玄関先でスタンバイしているそうだ。すまないが私をカフェの玄関側で降ろしてくれ」
「もちろんいいですよ」
僕は下北沢に着くと彼女の指示通りに、カフェの表口にWRX-STIを止めて店舗の様子を窺った。
店の玄関では撮影役のはずの祥さんも巫女装束に着替えており、彼女もいっしょに写真に納まるつもりと思えた。
僕は山葉さんを降ろすと、一ブロック先の交差点を曲がって店の裏に回る。ガレージは通り一つ違う店の裏口にあるためだ。
ガレージにWRX-STIを止めて、ドアを開けるとアルバイトの小西さんが慌てた様子で僕のところに駆けつけた。
「ウッチーさん大変です。山葉さんと祥さんが倒れました」
「なんだって?」
先ほどまでののどかな雰囲気と違う剣呑な言葉に、僕は慌てて店舗に向かった。
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