第436話 結界の効果

僕がガレージから店内を横切っり、カフェの入り口まで到達した時、山葉さんと祥さんは折り重なるように倒れていた。

小西さんが写真の撮影係だったらしく、一眼レフのデジタルカメラは店内のフロアにぞんざいに置かれ、田島シェフが山葉さんの上に載っている祥さんを揺り動かしていた。

山葉さんは、さちさんの下で力無く目を閉じており、数分前にWRX-STIから降りるときの元気な表情とのギャップは大きい。

「何が起きたのですか」

「わかりません。突然白い光が見えて二人が倒れたのですが、僕が触っても大丈夫だったので、感電したわけでも無いようです」

田島シェフは緊張した表情で僕に答える。

僕は山葉さんが呼吸しているのを確認して少し安心し、田島シェフに指示した。

「とりあえず奥の和室に運びましょう。見たところ命に別状はないようですから」

僕が田島シェフにというよりも自分自身に言い聞かせるように言うと、田島シェフは倒れていた祥さんを軽々と抱え上げて、店の奥に運び始める。

僕は多少苦労して山葉さんを抱えると、小西さんに告げた。

「お客さんには風で急にドアが閉じて頭を打ったと説明してくれ」

小西さんは真顔でうなずくと先に店内に入り、心配そうに様子を見ていたお客さんに説明して回る。

幸い客足の少ない時間帯なので、お客さんは数組が店内にいるのみで、僕が咄嗟に考えた怪しい説明で納得してくれた気配だ。

山葉さんと祥さんをバックヤードの和室に横たえて、改めて揺り動かしたり名前を呼んでも二人の意識は戻らない。

二階にいた山葉さんの母親の裕子さんも、木綿さんに呼ばれて莉咲を抱えて様子を見ている。

倒れた二人は脈拍や呼吸は安定しており、急病や隠れた打撲などの怪我も無いと思えたので、僕は心配そうにのぞき込んでいる小西さんを振り返った。

小西さんは目の前で二人が倒れたことで、自分に責任があるかのように感じて蒼白な顔をしている。

「二人が倒れた原因を見定めるために店の入り口を調べてみよう。一緒に来てくれ。お義母さんは二人の様子を見てもらえますか」

裕子さんと小西さんは無言でうなずいた。

僕は小西さんを伴ってカフェの入り口に行き、二人が倒れた原因を探そうとしたが、これと言った手掛かりは見つからず、小西さんにその時の状況を尋ねた。

「二人が倒れた時に何をしようとしていたか覚えていないか?」

小西さんは床に置いてあったデジタルカメラを手に取ると、記憶をたどるように話し始めた。

「山葉さんが戻るのと同時に、僕と祥さんが写真撮影を始めたのです。このお店は東側に出入り口があるので午前中は日差しが当たりすぎて撮影に向かないので山葉さんが午後に巫女装束を身に着ける機会があったら撮影しようとみんなで話していたのです」

直射日光が当たると人物の顔に影が出来たりするので、小西さんの話はうなずけるものだ。

「祥さんも巫女装束を身に着けていたのは何故?」

「それは、陰陽師の助手として彼女も登場したら華やかさがアップすると思ったのです。」

小西さんが企画を立てなのならば微妙に納得できたが、問題の核心には関わりのない話だ。

僕は、カフェの出入り口から一歩外に出て周囲を見回した。

「二人は入り口から一歩入ったところで倒れていたが、田島さんが言っていた白い閃光というのは何処で見られたのだろうか」

僕が聞くとはなしにつぶやくと、小西さんは再び説明を始める。

「ウッチーさんが山葉さんを降ろした後で、僕は店の前で彼女と祥さん撮影して、次は店内で撮影しようとしていたのです。白い閃光が見えたのは二人が入り口に入ろうとした時でした」

「つまり、二人はカフェに入ろうとした瞬間に電撃を受けたように白い光りに包まれて倒れたという訳だな」

僕はカフェの入り口ドアの外側を点検することにした。

漏電などの結果として電流が流れた可能性も否定できないし、それ以外の原因だとしても何か手掛かりになるものを探したかったのだ。

小西さんが真剣な表情で見守る前で、僕は入り口ドアの外側や周辺の壁を調べたが取り立てて変わった所は無くドアの外側に小石が転がっているのが目に付くくらいだ。

その時、僕はその小石の形に見覚えがある気がして動きを止めた。

人の視覚と記憶のメカニズムを考えると、小石の形に見覚えがあるとうことは、通りすがりに目の端に入っていた程度では有り得ないはずで、過去に記憶にとどめるほどに凝視した経験があることを示している。

僕は小石を拾ってわずかに光沢がある黒い色の表面を眺めるうちに、それは山葉さんがミニヨン二号館で引き出し付きの物入れから取り出した石だと気が付いた。

彼女は、自分が外に出た時に捨てておくとミニヨン二号館の神林さんに話していたが、帰る時にはそのことを失念して袂に入れたままにしていたのに違いない。

僕は、試してみようと思い、その小石を持ったままカフェの入り口から店舗に入ることにした。

もしもその小石が山葉さんと祥さんが倒れた原因ならば僕にも白い閃光を伴うイベントが起きると推測したからだ。

しかし、小石を握ったまま入り口のドアを通り過ぎても僕の身には何も起きなかった。

「もしかしたら、この建物に張られている結界が作動したためかもしれない」

僕のつぶやきを聞いた小西さんは意外そうな表情を浮かべる。

「この建物に結界なんてあったのですか」

「七瀬カウンセリングセンターの美咲さんに頼まれてDV被害者をかくまった時に、美咲さんが結界を張ったんだ。それはもう4年ほど前の話だが、結界はそのまま機能していたはずだ。結界は外部から侵入しようとする邪霊や物の怪を排除する機能を持っているんだ」

小西さんは訳が分からない様子で僕の顔を見る。

「でも、今まで建物の中で暮らしていた山葉さんと祥さんがなぜ突然結界にはじかれたのですか。それでは理屈に合いませんよ」

僕は入り口の外で拾った小石を小西さんに示した。

「山葉さんは倒れた時にこの小石を袂に入れていたはずなんだ。もしも小石に悪霊の類が取り付いていたとしたら結界が作動して排除したはずだが、霊が取り付いた小石を身に着けていた山葉さんと傍にいた祥さんが巻き込まれたのかもしれない。そしてその時に問題の霊が排除されたとしたら、僕が持ちこんでも作動しないことに説明がつく」

僕は自分の推察を説明したが、小西さんの表情は暗いままだ。

「それじゃあ、どうすれば二人を元に戻せるかわからないのですね」

僕は、小西さんの指摘で自分の置かれた状況を再認識して焦りを感じた。

彼の指摘どおりで、僕の推理が正しかったとしても倒れた二人を救う手段は僕たちには想像もできない。

「七瀬カウンセリングセンターに電話して、美咲さんに対応策がないか聞いてみよう」

僕は現状では唯一頼れる存在と思える美咲嬢に、望みをかけることにした。

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