第434話 邪霊一掃

「彼女の素性を知ると言っても、鳴山さんに心当たりがないのにどうすれば僕たちが彼女の素性を調べることが出来るのですか?」

僕が尋ねると山葉さんは、微笑を浮かべて僕を見返す。

「最も手っ取り早いのは、「心霊探偵」が幽霊に彼女の名前と誰に殺されたかを聞くことだ。それが実現すれば推理も謎解きもなしにいきなり事件の謎は解決する」

彼女が口にする「心霊探偵」とは他ならぬ僕のことで、僕が今までに死者の思念がこもった品物から、その「想い」を読み取ったことを指しているのだが、物事はそう簡単にはいかないものだ。 

「無茶振りしないでくださいよ。あれは物に残された思念を読み取っているのであって、霊に直接触れているわけではないですからね。死霊に直接触れたりしたら呼び寄せられて心臓が止まる可能性だってあるじゃないですか」

幽霊に接触したためではないが、僕が精神世界にトリップした際に心停止状態になった経験があるのは事実だ。

それ以上に、死霊にしても物に残された残留思念にしても、それは記憶の主の臨死体験に絡む場合が多いため、僕にとっては負担感が大きいトライアルなのだ。

山葉さんはそのことを十分知っており、僕が難色を示したことでそのことを思い出した様子だった。

「うむ、それは確かにそうだが、今日は私がここでスタンバイしているから危険を感じたら即座に霊を排除できるはずだ。「彼女」に触れて何か手掛かりを得ることが出来ないかな?」

彼女がいつになく粘るので、僕もそう無碍には出来なくなった。

「それじゃあ、ちょっとだけ触れてみることにしましょうか。やばいと思ったらすぐに浄霊してくださいよ」

僕が譲歩したのは彼女のいざなぎ流の大夫のとしての能力を信じるが故のことで、これまでの付き合いの中で彼女の能力を目の当たりにして、信頼に値することを知っているからだ。

僕は意を決して、血を流して絶命したままの姿でたたずんでいる女性の霊に手を伸ばした。

これまでの体験からして、僕が霊に触れた途端に閃光がほとばしり、霊の臨死体験の場に引き込まれることを予期していたが、今回はそうはならなかった。

僕が閃光に包まれる代わりに、幽霊の姿が揺らぎ、その輪郭がかすれ、そして最後には消えてしまったのだ。

「あれ?」

「どうしたのだ、彼女の思念を読み取れなかったのか」

山葉さんも意外そうに僕の顔を覗くが、女性の幽霊は僕の心の中に何一つ痕跡を残していないようだった。

「僕が触っただけでスイッチを切ったように消えてしまったみたいですね」

山葉さんは首をひねっていたが、彼女はすぐに現実に戻ってきた。

「まあ、気になる幽霊が消えてくれたならば良しとしたものなのだろうか。ウッチーの霊力が上がって、触っただけで地縛霊の類を浄化するほどになったのかな」

「僕はそんなに霊力が上がるほど修行の類をした覚えはありませんよ。むしろ最近はオンライン授業ばかりでニートみたいな生活をしていましたから」

僕は自虐的に言ったが、山葉さんは笑顔で僕の言葉を否定する。

「ニートではないよ。私のカフェ経営の大切なパートナーとして十分すぎるくらい働いてくれている。コロナウイルス感染症の状況が改善しなくても、ウッチーが手伝ってくれるならば私はカフェの経営を続けていけると思う」

山葉さんが妙なタイミングで持ち上げるので、僕は面映ゆいというかくすぐったいような感覚だが悪い気分ではない。

「俺にもいなくなったのがわかります。内村さん触っただけであれを消してしまえるなんですごいですよ」

鳴山さんがさらに僕を持ち上げるが、山葉さんは眉間にしわを寄せてミニオン二号館の倉庫を見渡していた。

「一番派手な幽霊はウッチーが消してくれたが、他にも邪霊の類がいくつかいるようだ。せっかく出張お祓いに来たのだから、ご祈祷をして行こうか」

「はい、ぜひお願いします。追加料金が発生しないならの話ですけど」

鳴山さんがドライに報酬について確認するが山葉さんは穏やかに言った。

「追加請求などしないよ。このまま帰ったら私が何もしていないみたいで格好がつかないので、祈祷をさせてくれ」

山葉さんは倉庫の真ん中あたりに「みてぐら」を設置しながら鳴山さんに告げる。

「もちろんお願いします」

鳴山さんが答えると、山葉さんは御幣を手にして、いざなぎ流の祭祀を始めた。

山葉さんがいざなぎ流の法文を唱えながら、神楽と呼ばれるゆっくりとした舞のような動きを始めると、鳴き山さんはこっそりと僕に尋ねた。

「彼女が邪霊と呼んでいたのはあの青い光の塊みたいなやつだろ?あれの正体は何なのですか」

それは、僕も詳しくは知らない話だったが、これまでに何度か遭遇しているのでその時の話をすることにした。

「彼女はあれを餓鬼だと考えています。もとは飢えなどで死んだ人々の死霊だと言われていますが満たされることなく食や財を求め、取り憑いた人々を不幸にする存在みたいです」

鳴山さんは奥の話を聞くうちに次第に顔色が悪くなる。

「そんな奴がいたら大変じゃないですか。おれはてっきり癒しをもたらしてくれる精霊みたいなものかと思って時々眺めて楽しんでいたのに」

「可愛がって呼び集めては駄目ですよ」

鳴山さんの霊視もなかなかのレベルのようだが、邪霊の一種である餓鬼をその仄かな光から蛍か何かのようにを愛でて、結果的に呼び集めていたのかもしれない。

「それはまずいよ。どうにかしてもらわないと」

鳴山さんは情けない表情をして僕にすがるような目を向けるが、餓鬼程度ならば山葉さんの祈祷で一掃できるはずなので、僕は余裕を持ってかれに告げた。

「大丈夫、彼女に任せておけば、ひとつ残らず浄霊してくれますよ」

山葉さんは、取り分けの法文で餓鬼に対処するつもりらしく、式王子の高田の王子のりかんの言葉を唱える。

ミニヨン二号館の倉庫のそこかしこに漂っていた淡い光はかすかに悲鳴や呪詛の言葉を発しながら山葉さんが差し出した手にひらの上に引き寄せられていき、彼女がひときわ強く気を込めると何処か違う時空へと送り出されていった。

「お見事。やっぱり先生に来てもらっただけのことはあるね」

鳴山さんは満足した表情で僕たちにそこそこの金額の謝礼を払ってくれたが、僕は最初にみた血を流した女性の幽霊の行方が気になっていた。

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