星に想いを
第433話 殺害されし霊は無言で佇む
2月を迎えたある日、僕と山葉さんは川崎市にあるリサイクルショップ、ミニオン二号館を訪れていた。
ミニオン二号館の代表である鳴山さんからご祈祷の依頼を受けて出かけて来たのだ。
ミニオン二号館は様々な家電製品や生活雑貨を扱っているが、取り扱っている商品の性質上、時として死霊が取り付いている品物もあるため、霊感の強い鳴山さんが定期的に祈祷を依頼してくるのだ。
WRX-STIを止めて、ご祈祷用のアイテムを降ろしていると、ミニオン二号館から森田さんと鳴山さんが現れて手伝い始める。
鳴山さんはジャージ姿だが胸元には金のアクセサリーが覗きお洒落な雰囲気が漂っており、一緒に現れた森田さんはスエット系の上下を身にまとい、自宅でくつろいでいる姿そのままに見えるが、依然と違い、髪が短く整えられていた。
「森田さん散髪されたんですね」
僕が尋ねると、森田さんは照れくさそうに答える。
「ナキさんが、僕のことを見苦しいから改造してやるとか言い出してすごく迷惑しているのです」
「迷惑って言いぐさはないだろ。人と接するときは第一印象も大事だと教えてあげているんだぜ。そのスエットもアウトだから在庫の衣料品を見繕ってコーディネートしてやるよ」
鳴山さんは僕から祭具が入ったプラスティックケースを取り上げると、ミニオン二号館の倉庫を目指して先に歩いて行く。
「衣料品も扱っているのですね」
僕が尋ねると、鳴山さんは肩をすくめる。
「いや、品物としては入ってくるがほとんどは目方売りで処分するか、海外向けに寄付している。家電製品と違って衣料品というのは好みがあるからね」
「そんなものを僕にあてがわないでくださいよ」
森田さんは口を尖らすが、鳴山さんは彼の反応は気にしない雰囲気で告げる。
「あんたは外見について意識が無さすぎるんだよ。女子高生とかに遠回りして避けられない程度に身だしなみを整えようぜ」
森田さんは憮然としているが、山葉さんは二人のやり取りを聞いて笑いをこらえている様子だ。
元ホストの鳴山さんと、ニート系の森田さんという普通なら接点がなさそうなコンビは、話しが咬み合う訳もないのだが、仕事の上ではうまくいっているらしい。
ミニオン二号館の倉庫に入った僕は、在庫品の山を眺めた瞬間に思わず声をあげていた。
「あ」
僕の後から倉庫に入った山葉さんも僕と同様の反応を示す。
「うわ」
僕たちの反応を見て鳴山さんは入り口わきの事務スペースにいる神林さんに、得意げな雰囲気で言った。
「ほらカンバさん、この人たちも反応しているだろ。俺が「いる」と言ったら、その道の人達にもはっきり見えているんだってば」
事務机でパソコンに向かっていた神林さんはため息をついて鳴山さんに答える。
「はいはい、ここは実質あなたのお店なのだから士気に関わるならばお祓いもいいでしょうね。内村さんが経営コンサル料として領収書を切ってくれるなら経費で落としますよ」
年末にお祓いをしたときに、僕が一計を案じて山葉さんの出張お祓いの料金を僕の名義で経営コンサル料として領収書を出すことにしたので、ミニオン二号館でお祓いした場合は彼らが経費で落とせるようになった。
鳴山さんは俄然気を良くして僕たちをに定期的にお祓いをすると言い出し、今回の僕たちは彼の依頼のもと、第2回目のお祓いに出向いて来たのだ。
カフェ青葉の経営状況を鑑みて、僕と山葉さんはお祓い営業にも積極的に出かける方針を決定し、ミニオン二号館はお得意さん第一号だ。
もっとも、事故物件の取り扱いで度々顔を出すゴトー不動産の後藤社長がお得意さん第一号と言えなくもないと僕はあらぬことを考えているが、問題は倉庫内にいる「彼女」だった。
その女性は倉庫に入るといきなり目に着く辺りに佇んでり、季節外れな明るいクリームイエローのワンピースドレス姿で肩まで届く長いストレートヘアは艶やかだ。
問題はワンピースドレスの胸の辺りからお腹にかけてべっとりと血糊が付いていることで、ことに胸の辺りは血の密度が濃く、衣服を貫いた穴まで開いている。
女性の顔は整った美しい顔と言えるが、その瞳は大きく見開かれ、虚空を見据えていた。
その姿はまるで死の瞬間を琥珀に封じ込めたように、動くことなくそこに制止しており、倉庫に立ち入った瞬間にその女性と目が合う羽目になるのだ。
僕は恐る恐る女性の霊に近づいたが、もとより霊と人が属する時空は異なるため、相手は僕のことを認識していないようだ。
「鳴山さん、毎日ここで仕事をするのならばこの女性の霊は気になりますよね」
僕が尋ねると、鳴山さんは何度もうなずきながら僕に答える。
「そうだろ、俺がどれほど怖い思いをしているかを理解してくれるだけでもありがたいというものだ。早いところ、この幽霊を浄霊してくれよ」
もとより、山葉さんは彼に依頼されて祈祷のために出かけて来たのだから、それはやぶさかではないはずだが、彼女は女性の様子を子細に眺めながら首をかしげている。
「この霊については、細かい部分まで見ることが出来るのですか」
僕の質問に、山葉さんは目線を幽霊からそらさないままに答える。
「うむ、この女性の場合は私の感覚と波長が合っているみたいで普通に目で見るように観察が可能だ。しかし、この女性は誰かに刺されて殺されたということだろうか」
山葉さんはスプラッタな映像は苦手なはずなのだが、女性の傷がある辺りも含めて子細に観察している。
「俺が見たところでは他殺だな」
鳴山さんが僕たちに口をはさみ、山葉さんは面白そうな表情で彼に尋ねる。
「ほう、参考までにそう考える根拠を教えてくれないか?私が見た限りではその辺は釈然としないのだが」
山葉さんは鳴山さんに質問するのと同時に僕にも同様に尋ねる。
「ウッチーはこの女性の死因をどう考えるかな」
山葉さんにだしぬけに質問を振られて僕は慌てた。
「いえ、僕は鑑識的な調査は素人なので、全く分からないです」
僕は正直に告げると、鳴山さんに視線を向ける。
当の鳴山さんは、女性の霊を見ながら、僕たちに自分の意見の根拠を説明し始めた。
「この胸に開いた傷口だが、誰かがナイフのような鋭利な刃物で正面から突き刺したのだと思う。何故なら、この傷口がこちらから見て右側からやや左向きに体に突き刺さっているからだ。自分で刺したとすればもっと中央寄りに真っ直ぐに突き刺す形になると思うんだ」
鳴山さんは、意外と論理的に説明し、山葉さんもそれにうなずいて見せる。
「この表情を見ても、何か強い意志を感じるのだ。彼女を浄霊するにはその素性を調べ、もしも誰かに殺されたのだとすれば、犯人を捕まえてその恨みを濯ぐ必要がありそうだ」
僕は彼女の見立てに同意してゆっくりとうなずいて見せ、鳴山さんは心なしか嬉しそうに山葉さんを見ていた。
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