第417話 盛り塩の封印

中澤教授はWeb会議システムを介して僕と山葉さんのやり取りを見て、状況を察してしまったようだ。 

日本文学の研究者は行間を読むと言うくらいに文脈のつながりに敏感なはずで、僕たちがあからさまに話していれば、察するのが当然かもしれない。

「ちょっと待って下さい、僕の周辺に何かがいると言うのですか」

中澤教授の質問に僕はどうこたえようかと迷っていたが、山葉さんは包み隠さずに話すことにしたようだ。

「冒頭から、あなたの横に子供の姿が見えているのです。私たちが見たところではそのフィギュアが好きで子細に眺めていると言う感じなのですが」

中澤教授は慌ててフィギュアから身を離したのでウエブカメラの視野から消えた。

「中澤さん落ち着いてください。そのための専門家とお話をしているのですから対処方法を考えましょう」

栗田准教授が呼び掛けると、中澤教授の姿はWebカメラの画面に戻ってきたが、その目は「京極さん」のフィギュアに注がれているようだ。

「このフィギュアを手放せば、気味の悪い現象から逃れられると言うのですか」

「ご希望があれば私が引き取ってもよいのですが、先ずは調べてみるのが良いと思います。原因がわかれば浄霊して、気がかりな現象を無くすことも可能なはずです」

僕は山葉さんがレアアイテムである「京極さん」フィギュアをどさくさに紛れて我がものに

しようとしているような気がして、カメラに写らないところで彼女の服の裾を引っ張ったが、彼女は僕の手を払いのけた。

「祈祷とかの類で、その男の子がいなくなるならばお願いしたいのですが、まじないごと程度で効果があるのですか」

中澤教授が懐疑的な態度で質問するが、栗田准教授は中立的な雰囲気で話をとりなそうとする。

「その類の話は立証も困難ですから中澤教授の気分の問題と言ってもいいでしょう。気がかりが無くなるのでしたら彼女たちに訪問していただいて、状況を調べてもらったうえで祭祀を行ってもらうこともできますよ」

栗田准教授は霊感を持っていないので、Webカメラ越しに子供の姿などは見えていないはずだが、状況を察して話を進めている。

中澤教授は嘆息すると、カメラに向かって言った。

「私としては「夢」の原因が何かを知りたいと思います。あなた方が調べて判明するのならば、おねがいしたいと思います」

「中澤教授のご都合がつく日を教えて頂けますか」

栗田准教授は中澤教授の言葉を受けて司会用の大きめの画面から僕たちと中澤教授を相手に日程調整を始めた。

「私はリモートワークが中心ですから大概家に居ます。オンライン講義用に録画もしなければなりませんが時間には融通が利きますから何時でも構いませんよ」

中澤教授はいまだに落ち着かない雰囲気で自分の周囲を見回しながら答えた。

「内村さんはいかがですか」

栗田准教授に問いかけられて僕はカフェ経営者でもある山葉さんの様子を窺うが、彼女は即座に答える。

「中澤先生の様子を見ると早く対策を取った方がいいでしょう。明日の午後にでも伺いましょうか」

僕は資金のカフェのお客の入りを思い出した。都内でのコロナウイルス感染者数が急増したため、お客さんの数は減少傾向となっており、ランチタイムを過ぎると客席はまばらな状況なのだ。

山葉さんは、正規スタッフの祥さんと田島シェフがいるので、二人に任せても大丈夫と判断したようだ。

「わかりました。中澤教授のお宅は浦安ですから、現地に3時に集合しましょう。内村さんには後程地図を送ります。それから、明日の朝に発熱や咳などの症状があれば中澤先生も内村さんも私まで連絡してください。その際は山葉さんの祈祷は無期延期です」

栗田准教授は日程調整を仕切り終えると、Web会議を終えようとするが、中座波教授は彼を呼び止めた。

「ちょっと待って下さい。その男の子というのはこの人形の近くに居るのですか?私は明日までどう対処したらいいと言うのですか」

僕は中澤教授にどう言葉をかけて良いかわからなかったが、栗田准教授は中澤教授に薄情な言葉を投げる。

「私がお知らせしなければさほど気にも留めていなかったし、実害も発生していなかったのだから明日までの一日くらい大丈夫ですよ」

栗田准教授はカメラからフレームアウトしてバリバリと何かを食べている音が聞こえているが、中澤教授はWebカメラを通じて僕たちに懇願した。

「私は一人暮らしなのです。妖怪か悪霊の類と一晩一緒に過ごすのはごめんなので何か対処方法を教えてください」

山葉さんは眉毛をハの字にして困った雰囲気で僕を見つめていたが、やがて中澤教授に指示を始めた。

「それではそのフィギュアを別室に移して、その部屋のドアの前に盛塩をしましょう」

「盛り塩ですか」

中澤教授は真剣な表情で問い返す。

「そうです。小さなお皿を二枚用意して、お塩を一つまみ盛り上げ、それをフィギュアを置いた部屋に通じるドアの下側の両隅の前に置いておくのです」

「わかりました。カメラをドアに向けておきますからちゃんとできているか教えてください」

中澤教授は、ラップトップごと動かしてWebカメラ別室に通じるドアに向けた。

そして、フィギュアを持って別室に運ぶと部屋から出て、カメラからフレームアウトする。

次に現れた時、中澤教授は小ぶりな皿に食塩を山盛りにしたものを二つ持って現れドアの前に置く。

中澤教授は生真面目な雰囲気で横合いからカメラを覗き込むと僕たちに尋ねた。

「こんな感じで大丈夫でしょうか」

山葉さんは一瞬答えに詰まっていたが、気を取り直したように明るい声で中澤教授に告げた。

「ええ、大丈夫ですよ。お塩の量はそんなに沢山入らなかったのですが、余分にあるのは問題ないですから」

僕は本当に大丈夫なのか疑問に思ったがもう何も言わないことにした。

盛り塩の前には先ほどの子供の霊がしゃがみ込み、お皿に盛られた塩を不思議そうに眺めていたからだ。

「それでは明日はよろしくお願いします」

少し余裕を取り戻した声であいさつして中澤教授はログアウトし、栗田准教授もポテトチップスを片手に持ってカメラを覗いた。

「ありがとうございましたそれでは明日お会いしましょう」

会議が終わったので、僕はWebカメラや未来を片付け始めたが、中澤教授が気になっていた。

「このまま一晩おいて大丈夫でしょうか」

「栗田准教授のご指摘のどうりで、あの霊は性質の悪いものではないと思う。明日現地に行けって詳細を調べよう」

僕は彼女の言葉にうなずくしかなかった。

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