第416話 教授の趣味

Web面談を約束した時間が来ると僕は栗田准教授の招待メールに記載されたアドレスをクリックして会議室画面を開いた。

僕の隣には山葉さんが待機しているが彼女はダウンジャケットに身を包み、顔にはマスクを着けて、物々しい雰囲気だ。

僕たちと対照的に栗田准教授は部屋着そのままのスタイルで自宅のリビングでくつろいでいることが窺えた。

「内村君夜分に申し訳ありませんね。山葉さんもお忙しい時間にすいません」

栗田准教授は自宅のリビングに置いてあるらしきソファに座ってのんびりとした雰囲気で僕たちに告げる。

栗田潤教授の呑気な雰囲気を見ていると僕は彼が使っているパソコンの横には僕たちに見えない配置でポテトチップスやソフトドリンクが置いてあるのではないかと疑ってしまう。

「いいえ、栗田准教授の頼みとあればいつでも協力しますよ。ところで、面談相手はどなたなのですか」

僕は昼間から気になっていたことを訪ねるが、栗田准教授は隠し立てする雰囲気もなくその人の名を口にした。

「日本文学研究室の中澤教授ですよ。内村君もご存じだと思います」

僕は、最初名前と顔が一致しなかったが、中澤教授の執務室は僕が属するゼミの事務室のはす向かいにありよく見かける顔だと思い至った。

中澤教授は長身痩躯のクールな雰囲気の男性で、大学教授と言うよりスーツが似合うビジネスマン的な風貌だ。

僕たちの会話に名前が出たのと時を同じくして、中澤教授が映し出された画像がWeb会議室の画面に登場した。

栗田准教授と違って中澤教授はいつものイメージ通りのスーツ姿で事務用椅子に座っており、Web面談のために服装を整えたのではないかと思わせる。

「中澤教授、夜分に参加していただきありがとうございます。こちらの画像と音声は届いていますか」

「はい、届いていますよ」

中澤教授は答えながら頭の上で両手を使って大きな輪を作って見せる。

大学の先生方は否応なくWebを使ったコミュニケーションに適応させられているようだ。

栗田准教授は会議室のホスト役として話を進めていく。

「先にご連絡しましたとおり、あなたがそのフィギュアを入手して以来メンタルな不調が続いていることについて、私の知り合いの霊能者に話を聞いていただこうと思ってこのような機会を設けました。霊能者と言っても私がゼミで担当している大学院生の内村君とその奥様で、奥様はいざなぎ流という流派の大夫をされているのです」

「内村徹です。いつもお世話になっております」

僕が挨拶したのに続いて、山葉さんは少し緊張気味に口を開いた。


「内村の妻の山葉です。お悩みの件について遠慮なくご相談ください」


「初めまして、栗田君の隣の研究室で教授をしている中澤と申します。夕方の忙しいときにお時間を割いていただいて申し訳ありません」

中澤教授が座るテーブルには、問題の「京極さん」のフィギュアが置いてあり、教授のお子さんらしい子供が横合いからフィギュアを眺めている様子が映り込んでいた。

僕は、教授の年齢の割にはお子さんがまだ小さいのだなと思うが、Web会議中のお父さんを子供が遠巻きに見ている構図は何となく微笑ましい。

フィギュアをネットオークションで購入したことも、子供にせがまれて無理をして落札したのかもしれなかった。

中澤教授はお小遣いが無くなって大変だったかもしれないが、お子さんと触れ合う機会が増えて良かったのかもしれないと僕は勝手に想像を膨らませている。

しかし、中澤教授は堅苦しく挨拶した後も、「京極さん」フィギュアにまつわる霊障に関する話を始めようとしないので、僕は水を向けることにした。

「栗田准教授から霊障と思われるような出来事が頻発しているとお聞きしたのですが、具体的にはどのような事象が発生しているのですか」

「いや、霊障かどうかは私にはわかりかねるのですが」

中澤教授が口ごもったので、今度は山葉さんが質問する。

「それは「京極さん」のフィギュアですよね。ネットオークションで購入されたと聞いたのですが、人気の品物だけに相当な金額で落札したのだと思います。アニメがお好きなのですか」

中澤教授は山葉さんの質問にはよどみなく答え始めた。

「いや、アニメファンと言うほどではないのですが、夏ごろからこの作品が気になってコミックスを大人買いして一気に読んでみたのですよ。その結果すっかりはまってしまい、最終話で完結したときにはロス症候群になりそうでしたね」

「そうですか。実は私も春ごろからその作品のコミックスを読み始めたのですが、漫画やアニメのビデオを大人買いする時だけは、大人になって良かったと思いますよね」

最近の山葉さんは依然と違って話術も巧みで、彼女が同じ嗜好を持っていると知り、中澤教授が緊張を緩めたのがわかった。

「そうですね。私も大人げなくネットオークションでこのフィギュアを競り落としてしまったのですが、今では少し後悔しているのです」

話が核心の部分に近づいたので僕は微妙に緊張するが、山葉さんはおっとりとした口調で

中澤教授に尋ねた。

「ほう、どうして後悔されているのですか」

「このフィギュアを購入したころから、妙な夢を見るようになったのです。夢の中で私は暗くて狭い場所に体育座りしているのですが、とても寒くてお腹がすいているのを感じていおり、このフィギュアが自分の手元に無いことを寂しく思っているのです」

僕は、中澤教授の言葉を聞いて様々な可能性を考えた。

別に霊障などではなく、中澤教授が善人すぎてオークションで競り落としたことで罪悪感を感じて、それが夢に反映されていることも考えられたが、本来の持ち主の思考がフィギュアを媒介して中澤教授に伝わっていると言うオカルトな仮説も頭に浮かぶ。

「でも、それを購入されてお子さんは喜ばれたのではありませんか」

僕が尋ねると、中澤教授は怪訝な表情でWebカメラの向こうから僕を見つめた。

「何の話ですか。私は独身で一人暮らしなのです。それなのに朝起きたらフィギュアの向きが微妙に変わっていたりすることがあり、それも気になっていたところなのです」

僕は先ほどから中澤教授の脇に写り込んでいる男の子が彼のお子さんだと思い込んでいたので、一揆に冷水を浴びせられた気分になった。

「あの、さっきから中澤教授の画面に小学生くらいの男の子が映り込んでいるのですが、僕はてっきりお子さんだと思って、」

僕が言葉を切った時、山葉さんは眉間にしわを寄せて画面を見ながらつぶやく。

「ほう、男の子だったのだな、私にはそこまで詳細が見えない」

眉間にしわを寄せて凝視するのは山葉さんが霊視をするときの癖であり、僕はここに至って、中澤教授の脇に居るのは幽霊の類だと気が付いたのだった。

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