匠の教え

第404話 神様系と菩薩様

昼下がりのカフェ青葉では静かな時間が流れていた。

ランチタイムの繁忙な時間帯が終わり、エアポケットのように客の少ない時間が訪れることもあるのだ。

スタッフの祥さんは、僕と山葉さんがいるカウンターに来ると浮かない表情で話し始める。

「最近、コロナウイルス感染の第三波が来ていますよね。私はまた営業自粛とかになるのではないかと心配なのです」

春先には社会活動が事実上停止し、僕たちも一時は閉店も考えるほど状況は厳しかったが、現状ではロックダウンなどの厳しい措置は取らないであろうと一般人でも推察が付く。

山葉さんは意外と余裕のある表情で祥さんに答える。

「公式に自粛要請すればそれなりの保障も必要になるから、東京がロックダウンするような話にはならないと思うよ。Go to eat のポイントキャンペーンもあっという間に終わってしまうくらい盛況だったし、私はあまり心配してないよ。このお店の経営は昼間の時間帯の収益がメインだから、夜の営業時間の短縮要請があれば、早めにお店を閉めてスタッフがゆっくりしてもいいくらいに思っている」

山葉さんの表情に余裕があるのは、前オーナーの細川さんが店舗を買い取った時の支払残額について、今年は支払いを猶予してもいいと申し出てくれたからだ。

身寄りのない細川さんは、山葉さんを家族のように思っているので、借金の返済についても鷹揚に考えており、今年の特殊事情を考えて救済策を示してくれたのだ。

客足が減ったとしても家賃に相当する借金の支払を猶予してもらえると、経営はかなり楽になる。

山葉さんは可能な範囲で借入金の返済も進めるつもりだが、約定の償還額を積み上げるのと余剰金を支払いに充てるだけでは負担感が全く違う。

「山葉さんがそう言ってくれたら私も少し安心しました。経営が苦しいのなら、私は自主退職して長野に帰らなければいけないかと持っていました」

「雇用される側はそんなに気を使わなくてもいいのだよ。むしろ、コストカットのためにリストラを進めようとする雇用主と戦うくらいでなければ」

山葉さんは苦笑気味に祥さんに答える。

その時、入り口のドアベルが鳴り、お客さんが入店するのが見えたが、祥さんは眉をひそめて僕たちに告げる。

「最近時々来られるお客さんなのだけど、本当はお一人だけどいつも連れの方が一緒なのです。沼ちゃんがいれば追い払ってくれるかもしれないのに」

祥さんの言葉は文字通りに聞くと矛盾した表現なのだが、そのお客さんがいつも幽霊を伴って来店すると言っているのだ。

ちなみに、沼さんは中世の司祭の亡霊に憑依されたショックから立ち直って元気にアルバイトをしているが、今日は彼女の勤務日ではない。

祥さんは、お客さんにオーダーを取りに行き、山葉さんは来店した若い男性と問題の霊を見つめていた。

しかし、山葉さんは途方に暮れたように僕の方を振り返った。

「ウッチー、あの霊はいったいどのような姿に見えている?」

僕と彼女はともに霊を見る能力を持っているが、彼女の場合は僕とは異なるメカニズムで霊の姿を見ており、彼女の場合は霊の種類を問わずその存在を視覚として捉えることができるが、そのディテールは良く見えないらしい。

僕の場合は波長が合わない霊は見ることが出来ない反面、波長が合っていれば生前の姿のように詳細にみることが出来るのだ。

当然ながら、僕もその霊の姿には戸惑っていた。

なぜなら、その霊は仏像にしか見えなかったからだ。

「僕の目には、人の姿というよりは仏像みたいに見えます。それも菩薩像ですね」

「なるほど、沼ちゃんがいれば速攻で退治してくれそうだな」

僕と山葉さん、そして祥さんは神道派なのだが、沼さんは敬虔なクリスチャンだ。

沼さんは、悪魔払いの手法で素早く礼を浄霊してしまうことを特技としており、山葉さんは霊が仏像の姿をしていればなおさら急いで浄霊するに違いないと冗談を言っているのだ。

「ご本人がキリストに仮装してくれたら、絵になるのに」

今日の山葉さんは機嫌がいいのか口が軽いが、僕は仏像型の霊がやすやすと店内に侵入したことが面白くなかった。

カフェ青葉には強固な結界が張り巡らされており、邪霊や低級霊なら結界にはじかれて店内に入ることは出来ないはずなのだ。

「この店に入ってくるからには、強力な悪霊かもしれません。用心したほうがよさそうです」

僕が囁くと、山葉さんも小声で答える。

「私と祥さんがいるからには大概の霊なら対処可能なはずだ。しかし、仏陀を浄霊してしまうといろいろな意味で問題があるので、まずはあの霊の素性を探らなくてはならないな」

山葉さんはにやりと笑った。

その間にオーダーを取った祥さんはPDTでオーダー内容を送り、カウンターテーブルの下にあるオフコンの液晶にオーダー内容が表示された。

PDTというのはポータブルデータターミナルの略で、送られオーダーはバックヤードの厨房でも同時に表示されているし、レジにも入力されている。

男性が注文したのはベリーソースのパンケーキセットで、スキレットで焼いたパンケーキの上にブラックベリーを使ったソースと生クリームが乗っており、好みの飲み物をセレクトできる。

バックヤードの厨房では、田辺シェフがパンケーキの準備を始めているはずだ。

男性はセットのドリンクとしてホットコーヒーを指定したので、僕はカウンター内でペーパードリップでコーヒーを淹れ始めた。

カフェ青葉ではドリンク系のメニューはカウンター内で作り、厨房と分業している。

山葉さんは問題のお客さんとその後ろの菩薩様の様子を窺いながら僕に尋ねた。

「あのお客さんに浄霊を体験してみないかと持ち掛けてみようかと思うのだが、話しを振るきっかけとして何かないかな」

「そうですよね。あなたの後ろに菩薩様みたいな霊が取り付いているから浄霊しましょうとも言えないから、何か適当なネタがあればいいのですけど」

僕が答えていると、オーダー取りから戻ってきた祥さんが会話に加わった。

「あれを見たらどうしたらよいか悩むでしょ。山葉さんどうすればいいと思いますか」

「私にもわからないよ。どうせなら仏教に詳しい人もスタッフに雇っておけばよかった」

山葉さんがぼやく間も、テーブルに座った男性とその後ろの菩薩様は存在感を放っていた。

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