第368話 報復の応酬
「おさと様に呪詛を送った者は、根元の郷にいるいざなぎ流の大夫と思われます。」
敵の素性が明らかになった時、おさとは平静を装って報告を上げた者をねぎらった。
「ご苦労であったな。褒美を取らすからゆっくりと休んでくれ」
おさとの言葉を文字通りに受け取って祐太の手下である山の民はうれしそうな顔で下がる。
おさとは決して穏やかでない心の内で、自分に呪詛を送った相手の素性を考えていた。
自分が生まれた郷でいざなぎ流の大夫を務めていたのはおさとの両親であり、呪詛を送りつけた相手は他ならぬ自分の両親以外には考えられない。
「いいだろう。私の前に立ちふさがるものは排除するのみだ」
おさとは冷徹に自分の両親を斬り捨てる判断を下す。
おさとの共同経営者的な存在である祐太は直属の護衛であるならず者の集団や情報の収集にあたる山の民を数十人擁しており、民間のトラブルに際しては大きな影響力を持っている。
おさとは呪詛を受けたことを祐太に相談し、呪詛を飛ばした相手の排除を依頼した。
「ほう、そこはお主の生まれ故郷であろう。近しい者を殺めることになってもよいと言うのだな」
祐太は親切にも、おさとに確認するが、おさとの気持ちは決まっていた。
「構わぬ。娘を遊郭に売り飛ばすような親に何の義理があると言うのだ。私に呪詛を飛ばすならば、それなりの報いを受けてもらう」
既におさと自身は呪詛返しを行っており相手の術者であるおさとの両親のいずれかは無事では済まなかったはずだ。
「よかろう。そこまでの言うならばわしの配下を動かそう」
祐太はおさとの祈祷を売り物に世渡りしている以上、おさとの意向を無視するわけにはいかない。
既におさとの祈祷、それも主に呪いに関する効能は周辺国にまで知れ渡り、金を携えて依頼に来るものが引きも切らなかったのだ。
数日後、祐太の配下数十名がおさとが生まれ育った集落を襲撃することになった。
さすがにお城下から隊列を組んで進軍するわけにはいかないので、山の麓に集合してからひそかに集落を包囲する予定だ。
しかし、祐太の手勢は集落にたどり着くことはなかった。
数日前まで降り続いていた雨で山の地盤が緩み、人里を離れてから集合し根元の郷を目指して谷を進む祐太の手勢を土石流が直撃したのだ。
地元の集落に被害がないのに多数の死体が川の下流で発見されたため、調べに当たった藩の侍は不審に思ったらしいが、大きな騒ぎになることはなかった。
それでも手勢の大半を失った祐太にしてみれば心中穏やかでない。
「おさと、此度の土砂崩れはおぬしの係累が自衛のためにやったことだと思うか?」
「おそらくそうであろうな。偶然にしては土砂が崩れる時と場所がはまりすぎている」
祐太は日ごろは陽気な態度で包み隠して本性を見せないが、暗い目をしておさとに告げる。
「わしとて修験者なのじゃ。手下たちをを虫けらのように殺されてはそのままにしておくわけにはゆかぬ」
「そうか、それなら私も手伝おう」
「かたじけない」
祐太は手下のかたき討ちのために、根元の郷に押し掛けるつもりだった。
おさともそれに同行することになったが、根元の郷は先の土砂崩れで麓からの道が寸断されて孤立に近い状態となっていた。
街道を歩くおさとは祐太に提案した。
「隣の別役ヶ峰から尾根伝いに根元に入ろう」
「ふむ、地元で育ったものは道を良く知っておるのじゃの」
祐太は穂先を布の袋で包んだ槍を携えてお郷に続く。
山の上にある別役が峰の郷近くに至った時、おさとは殺気にも似た剣呑な気配を感じた。
「祐太殿気を付けられよ。何者かが呪詛を送っている」
祐太は槍の穂先をあらわにして戦いの準備をし、同行した数名の手下も同様に戦支度を整える。
おさとは呪詛返しの祈祷を行った。
呪詛返しと言いながら送られた呪いを見てぐらに収めて埋めてしまうのが本来の作法だが、おさとは呪いをそのまま相手にはじき返し、一行を包んでいた呪詛の気配は跡形もなく消えた。
祐太が先に立ち、集落に足を踏み入れようとした時、茂みから飛来した矢が祐太の首に深々と突き刺さった
「祐太殿」
助けに行こうとしたお里の背中にも数本の矢が刺さり、祐太の手下たちも胸や背中に矢を受けて次々と倒れていた。
おさとは思わぬ敵襲に自分たちがなすすべもなく全滅したことを知った。
せめて敵に一太刀浴びせてやりたいと思うが、矢が貫通して肺に穴が開いたために空気を吸う事が出来ない。
おさとは肺にたまった血がごぼごぼと泡立つのを感じながら自分が窒息していくのを感じた。
おさとが身動きもできなくなった時に、巫女姿の女が現れた。その背後には弓と刀で武装した男たちが立ち並んでいる。
「私は別役ヶ峰の大夫だ。そなたはいざなぎの神々を邪な目的に使い過ぎた。そなたの父君から依頼を受け、そなたたちをここで葬り去るために我らは待ち受けていたのじゃ」
なぜこうも簡単に殲滅されたのかお里は納得がいかないが、別役ヶ峰の女はおさとの思考を読んだように説明する。
「そなたが呪詛返しの祈祷をおこなったので我らはそなたの居場所を突き止め攻撃を仕掛けることができた。なまじ祈祷が使える者は、それが大きな声でうぬが居場所を知らせるようなものだと知るべきだな。そなたは呪詛返しを術者に返したが、呪詛を飛ばしたのはそなたの父で先ほど息を引き取られた」
おさとは声を出すことも叶わなかったが、口から血の泡を吹きながら女を睨む。
おさとはこの女に祟ってやると心に思ったが、別役ヶ峰の大夫が呼び出した式王子がこともあろうにおさとの霊を絡めとり「みてぐら」に封じ込めた。
見ておれ、いつの日か復讐を果たしてやると、おさとは自分の父と隣の集落の女に恨みを残しながら命が尽きたのだった。
僕は追体験していたおさとの記憶から現実に引き戻された。
僕に衝突したはずのおさとの霊は姿が見えず、慌てて振り返るとそこには青白い光の塊と化したおさとの霊が山葉さんに引き寄せられつつあった。
おさとの霊は僕に衝突し、彼女の記憶を残しながら僕を通り抜けていたのだ。
山葉さんの作戦はそのまま成功しておさとの霊を神上がりさせると思われたが、あと少しの所で、山葉さんの祈祷とおさとの霊の動きは膠着状態となった。
僕は膠着状態に陥った原因は何だろうと、おさとの霊を子細に眺めてみると、青白い光の塊となった彼女の霊から細く長く糸のように伸びる尾が伸びていた。
しばらくして、山葉さんが祭文を唱え終えると、おさとの糸のような尾をたどるようにスルスルと動いて行く。
その傍らで山葉さんは息を切らせてただそれを見つめていた。
「山葉さん細い糸みたいなのが続いていますよ」
「おそらく、さっきの野獣のようなやつに続いているのだ。これは死霊ではなく、今ではあの獣に宿っている何者かの生霊なのだ」
僕は、おさとの霊が奈美さんや野獣を操っていると思っていたのだが、山葉さんはおさとが新しい命に生まれ変わったと言うのだ。
「あの女性の名はおさとなのです。彼女はあの獣に生まれかわることで復活したのですか」
「おそらくそうだ。あの霊を封じこめた塚が何らかの原因で破壊されたときに、その近くで新たに生を受けた生き物に転生したのだろう。私の祖先が彼女の魂を邪霊として封じ込め、埋めてしまったことが原因だな」
山葉さんは額の汗を拭きながらつぶやいた。
僕たちは相変わらず延々と続く回廊に閉じ込められており、脱出するためにはおさとを倒すことが不可欠だ。
そしてそれ以上に、隙を与えれば彼女がいざなぎ流を使って僕たちに仕掛けてくる可能性は高い。
僕たちは回廊の彼方に姿を消した「おさと」の霊を追うしかなかった。
回廊は相変わらず和建築の廊下の様相で、枝分かれを繰り返しながらどこまでも続いていた。
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