第357話 矢文の回答

「千三百年先と申したのか?なるほど、先日そなた達が着ておった異国風の装束はその時代の物なのだな。どういたせば時をさかのぼることが出来るのじゃ?」

五月の質問に、山葉さんは生真面目に答える。

「私たちは時空の裂け目のようなものそこを覗いて、この時代に落ち込んでしまったのです。今は元の時代に帰る方法を探しているところです」

「何じゃ、それでは時穴から出てくる者たちと同じではないか。そなたは妖による迷いの霧を払って見せたが、そなたの時代に至れば私と同じように鬼を視て、妖を呼び寄せる能力を持つものが大勢いるということなのか」

平安時代の鬼とは、現代の幽霊に相当する。

五月は霊感が強い異能力者で、美貌だけではなく特殊な能力故に流罪により流された先の地方で大きな勢力を得るに至った可能性は高い。

「人の数は増えているが、能力者の比率は変わらないと思う。あなたの身の回りと変わりないと思っていただければいい」

山葉さんが答えると、五月はつまらなそうに答えた。

「何じゃつまらぬ。妖の力を使い、民草が良き暮らしができる世の中になっているかと思えば代わり映えがないのか」

山葉さんは、慌てて言葉を継ぐ。

「いや、妖を使う方向ではなくて科学技術が進歩して人を運んで早い速度で移送したり空を飛んだりすることもできる乗り物が出来ているし、医学が進歩して人の寿命も倍ぐらいに伸びているのだが」

「ふむ、よくわからぬがそのような世界を一目見てみたいものじゃのう。私は幼少のみぎりから、人には見えぬものが見え、その者たちに助けられてここまで来たが人の世は違う方向に進んでいくのだな」

山葉さんと五月の話が弾むのは、僕たちの状況を考えると良いことなのだが僕はどうしても聞きたいことが有った。

「時穴から出てくるものと言われましたが、その時穴とはどこにあるのですか。時穴をくぐって違う時代から来た人が本当にいたのですか」

僕の質問を聞いて、五月は今気が付いたという風情で僕たちに言う。

「そうか、そなたたちも意図せずに違う時代に来たのならば、元の時代に戻りたいのであろうな。わらわに加勢し里の民が生き延びる手立てを考えるなら、時穴の場所を教えて進ぜよう」

「本当ですか」

僕は自分の思惑通りに事が運びそうなのでうれしくなったが、同時に山葉さんの顔色を窺う。

敵方に捕まり引き立てられてきた状態なので相談すらできないが、彼女も僕の話の持ち掛け方は支持しているように見える。

五月は僕たちの様子を面白そうに眺めながら答えた。

「もっとも、我らは兵力に勝る一繁殿の軍勢に攻め立てられ、風前の灯火といって良い。この難局を乗り越えたらの話じゃ」

五月は言葉とは裏腹に面白そうな表情を浮かべている。

山葉さんは真剣な表情で五月に言う

「一繁さんは、あなたとの戦いを望んでいないように見えたし、彼にあなたの討伐を命じた頼家さんは、今でもあなたを憎からず思っており、あなたが雑兵の手に罹らぬように一繁さん自らあなたを殺すように命じたそうです。私に仲介させてくれたら和平のために交渉をすることが出来るかもしれません。一繁さんの元にあなたの使いとしていかせてもらえませんか」

五月は頼家公の名前が話に出た時に動きを止めたが、山葉さんが話し終えると表情を険しくして山葉さんに言う。

「戯言を申すな。そなたを放てば再び祈祷を行い我が術を妨げる事は必定。わらわがそのような甘言に乗ると思うな」

五月は言下に山葉さんの提案を却下したが、山葉さんは食い下がった。

「ならば、私が書いた手紙を届けてください。相手方に回答の期限を設けて、それまで様子を見ていただくというのはどうでしょう」

五月は山葉さんの二つ目の提案を考えていたが、やがてゆっくりと話し始めた。

「もとより我らは、この砦に立てこもっている側じゃ。そなたの文を届けて回答期限まで待つことは出来るが、そなたの文をどうやって一繁殿の手に届けるつもりじゃ。使いを出せばその使いは生きて戻らぬ公算も高い」

五月がそう問いかけると山葉さんも答えに困った様子だ。

僕はテレビで見た時代劇で矢に手紙を結び付けている方法で手紙を送っていたのを思い出し山葉さんに言う。

「山葉さん矢に手紙を結び付けて射たら届くのではなないでしょうか」

「そうか、矢文を使えば城の外に詰め掛けている軍勢には届く。私が和解を勧める手紙を書くので、それを矢文にして攻め方の軍勢の只中に打ち込むことは出来ませんか」

五月は山葉さんの顔を見つめて考えていたが、不機嫌な表情で山葉さんに問いかけた。

「矢文は良いが、どうすれば一繁殿がそなたの描いた文と判別できるのだ。私がそなたの名前を記したとして一繁殿にはそれを確かめる術は無い」

それは僕も考えていたところだった。

敵方に捕えられた客人が矢文をよこすより、敵の欺瞞工作の可能性が高いと思うのが普通に違いない。

しかし、山葉さんは落ち着き払って答えた。

「手紙の文字を見れば、一繁さんは一目で私が書いたものだと理解するでしょう。何はともあれ私に手紙を書かせてください」

五月は側近の女官に告げた。

「この者の戒めを解いて、墨と硯、そして紙を持ってまいれ。どのような字を書くのかとくとみてやろう」

女官が慌てて別室に行くのを見て僕は猛烈に不安になっていた。

「山葉さん大丈夫ですか。五月が納得しなかったらいきなり斬られるかもしれませんよ」

「いや、私のへたくそな字を見たら、平安朝広しと言えども唯一無二の字の書き手だとわかるにちがいない。それとも私の考えが甘かっただろうか」

山葉さんが心なしか自信なさそうに言うのを見て、僕は眩暈を感じたが、こうなっては彼女の書く手紙に賭けるしかない。

五月が準備を命じた女官が道具をそろえると、傍らにいた武士が山葉さんを縛っていた縄を切り、彼女は体の自由を取り戻した。

「私の夫の縄も解いてくれ」

山葉さんが五月に頼むのを聞いて彼女の気遣いがうれしかったが、山葉さんの縄を解いた武士が不愛想な雰囲気でつぶやく。

「そなたの夫は鬼のような韋大夫じゃ。縄を解いて暴れ始めたら我らでは手におえそうにない故、その縄を解く訳にはいかぬ」

平安時代の平均的な身長と比較すると、僕は大男の部類に入るらしい。

その武士は五月の警護主任のような役割をしているらしく、安全を優先するつもりのようだ。

「僕はいいから、手紙を書いてください」

僕が告げると山葉さんは仕方なさそうに硯に向かい墨をすり始めた。

巫女姿で硯に向かい筆を持つ姿は絵になるのだが、彼女が書いた手紙の文字は丸みを帯びたJKフォントと呼ばれるかわいい字体に似ていた。

「確かにこの時代にこの形の文字を書く人はいませんね」

僕は後ろ手に縛られたままで、山葉さんの書いた手紙を覗き込んで言うが、彼女は悪びれることもなく答える。

「私が書くとこのタイプの文字になってしまうのだ。一繁さんなら判読することは出来るはずだが、別時代から来た人間の手によるものと気づくに違いない」

僕はコメントに困って黙っていたが、文面を見ていた五月は感心した様につぶやく。

「これは面白い。私もこのような文字を駆使して文をしたためてみたいものじゃ。一繁殿がそなたの文字だと判るというのもあながち嘘では無いようじゃの」

五月は山葉さんが書き終わった手紙の内容を確認すると、警固の武士に敵陣に打ち込んで来いと命じた。

その上で、僕と山葉さんは引き立てられて砦の兵の上まで連れて行かれた。

五月は僕たちの姿が一繁公の軍勢の目に触れるようにしたうえで矢文を放ち、山葉さんの書いたものだと知らしめようとしたのだ。

五月の警護の武士は弓を引き絞ると、山葉さんの手紙を結び付けた手紙を一繁公の軍勢の只中に放った。

手紙を結び付けた矢は目立つので城を囲む軍勢ではちょっとした騒ぎが起き、しばらくすると一繁公の軍勢に動きが生じた。

「申し上げます。城を囲む軍勢の一角が開かれました。城から山に向かって逃げる道が出来た状況です」

物見の兵が告げるのと同時に、風を切る音と共に手紙を結び付けた矢が僕たちにほど近い柱に突き刺さっていた。

五月は矢から手紙を外して広げると無言で読んでいたが、おもむろに僕たちに告げた。

「一繁殿は私が彼の軍勢に降れば城にいる武士や民草は命を助けると言っている」

周囲にいた武士たちは五月の言葉を聞くと動揺した様子を示す。

五月が一繁公の軍勢に降るということは五月が咎人として処刑されるのではないかと皆が危惧したのだ。

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