妖の娘

第341話 最初の相談者

「ウッチー、頑張るんだ。このお店であと2、3個はゲットしたい」

「そんなこと言っても、このクレーンは掴む力が弱めに設定されているからそう簡単に取れませんよ」

僕と山葉さんは新宿駅の南口近くのゲームセンターでUFOキャッチャーを相手に奮闘していた。

同行した祥さんは、僕がこれまでに取ったぬいぐるみを入れた袋を担いであきれたようにつぶやく。

「こんなことをするより、ネット通販でぬいぐるみ買った方がましですよ。輸送費が必要と言ってもゲーセンのぬいぐるみよりはるかに安上がりですよ」

その間に僕は目的のぬいぐるみの脇の下から胴体辺りにクレーンのアームをかけることに成功し、ぬいぐるみはどうにか持ち上がった。

クレーンのアームは取り出し口に運ぶまでの間ヘルメットをかぶった猫のぬいぐるみの重心の辺りを支え続け、ぬいぐるみは無事に回収口へと落下する。

「よし!次は奥の手を使うから祥さんは少しの間、姿を隠してくれ。」

「はいはい」

祥さんは僕が手渡したぬいぐるみを袋に追加すると、山葉さんの意図を察して別のコーナーへと姿を消す。

山葉さんは僕を押しのけて、UFOキャッチャーの操作ボタンの辺りにしゃがみ込むと、通りかかったゲームセンターの店員さんを手招きした。

「あのー、このぬいぐるみをどうしても取りたいんだけど、もう少し取りやすくしてくれませんか?」

山葉さんは演出効果を高めるために、UFOキャッチャーのコイン投入口に百円玉をたくさん積み上げ、マスクを外している。

店員は上目遣いにおねだりする山葉さんを見て、表情を緩めた。 

「あの、他のお客さんもいるのでぬいぐるみをあげる訳にはいきません。配置を直して取りやすくしますからもう一度チャレンジしてもらっていいですか」


山葉さんがうなずくと、店員は猫のぬいぐるみの山を崩すと数体のぬいぐるみをクレーンのアームが掛かりやすい角度に配置する。

「ありがとう。やってみるよ」

山葉さんが、かつてクラリンに伝授された営業用のスマイルを向けると、店員は気分よさそうな表情で会釈して去っていった。

「さあ、ウッチーこれであと三つはいけるだろう」

「いいのかな」

その後、僕は百円投入しただけで二体のぬいぐるみを取り出し、もう百円投入してさらに一体を追加した。

「目標個数を達成したようだな。新宿駅東口のアミューズメントパークにも行くつもりだったが、その必要はなくなったから、そろそろ引き上げよう」

山葉さんは意気揚々と宣言すると、僕と祥さんを引き連れてゲームセンターを後にした。

東京都の自粛要請が緩和されたのを受けて、僕たちのカフェ青葉も店舗営業を再開することになったのだが、店舗内のお客さんが密になることを避けるために、カウンターテーブルは一席間隔を開け、テーブル数は半減することになった。

テイクアウト営業のみに絞っていたのは、感染から自分たちを守る側面も強かったわけで、店舗営業に際しても山葉さんは慎重にスタートする予定だった。

ゲームセンターのUFOキャッチャーでぬいぐるみを集めていたのは、山葉さんが空席にする場所に張り紙するだけでは味気ないのでマスコットのキャラクターを置きたいと言い出したのが発端だ。

最初は、イラストを入れる案や、百円均一ショップのぬいぐるみを置く話があったのだが、山葉さんはどうしてもお気に入りのキャラクターが欲しいと言って、工事現場のヘルメットをかぶったネコのぬいぐるみ探したのだった。

それは人気キャラのため一般で販売していないことが判明し、僕たちは定休日にUFOキャッチャーの景品を狙いに行く羽目になったのだ。

下北沢に帰る電車の中で、山葉さんは祥さんをねぎらった。

「祥さん休日なのに、手伝ってくれてありがとう。明日の開業準備は私達でやるからあとは自由にしてくれていいよ」

しかし、祥さんは浮かない顔をする。

「自由にしろと言われても、遊びに行けるところもないし。むしろ手伝わせてくれた方が暇つぶしになるくらいですけど」

「そ、そうか。帰ってからも手伝ってくれるならなおうれしいよ。お礼に晩ご飯にご招待しようか」

祥さんはやっとうれしそうな表情を浮かべる。

「やった。その言葉を待っていたのです」

僕は祥さんの反応にホッとするが、同時に自分たちが置かれた閉塞状況に辟易する。

「本当ならどこかで外食したいくらいだよね」

僕が独り言のようにつぶやくと、山葉さんも車内のつり広告を眺めながらため息をついた。

「それが無理なくらい周囲の状況が信用できないのが今の私達だ。自分たちが外食に出かけるのに二の足を踏むのだから、店舗営業を再開してもお客さんが戻ってくれるものだろうか」

僕と山葉さんが一気に暗い雰囲気になったため、祥さんは慌てて場を盛り上げようとする。

「メニューも再編成したのですよね。きっとお客さんも戻ってきますよ」

山葉さんは苦笑気味に祥さんに答える。

「メニューの品数は減らしたが、お客様に満足してもらえるものを厳選した自信はあるよ。それに、私はしばらくの間店舗営業には参加しないから祈祷のアルバイトで経営を下支えするつもりだ」

既定の話なので祥さんは驚いた様子も見せずに答える。

「そうでしたね。祈祷の依頼だけでなく、よろず心霊等相談も始めるのでしたらいろいろな依頼が増えそうですね。面白い話が合ったら私にも教えてください」

「もちろんだよ、場合によっては手伝ってもらうかもしれない」

山葉さんは楽しそうな表情を浮かべた。

彼女は零歳児の莉咲の世話をしているので当面接客からは遠ざかる予定だった。

そして、一緒に暮らしている僕がフロアに出ると山葉さんが接客から遠ざかる意味が無くなってしまうので、カウンターにスクリーンを張た上で、僕もカウンターから厨房寄りを持ち場にするなど、彼女はきめ細かな対策を考えていた。

カフェ青葉に戻ると、僕たちはカウンターに一席おきに使用不可の張り紙を張ってソシアルディスタンスを維持する対策を行い、物々しい張り紙の雰囲気を和らげるためにUFOキャッチャーで取ってきた工事現場猫のぬいぐるみをセットした。

カウンターやレジスペースは透明なポリエチレンのシールドで覆い、多少なりと防御力はアップしたはずだ。

祥さんは新メニューをパラパラとめくって最終チェックを行っていたが、メニューの最後に掲載された山葉さんのいざなぎ流の祈祷と心霊等相談の部分で手を止めた。

「これって、web受付も対応するのですね。依頼が来た場合は誰がメールとかをチェックするのですか?」

「ああ、それは僕のスマホで対応できるようにしてあるから、仕事しながらでも処理できるつもりなんだ」

僕は、祥さんに受付用のメールアカウントを見せようとスマホを取り出したが、問題の受付用アカウントに着信があることに気が付いた。

「おや?営業開始は明日からにしてあるけれど依頼用のメールが届いているみたいだ」

僕は着信メールを開きながら祥さんに言うが、彼女は少し引いた雰囲気で僕に告げる。

「ウッチーさん、営業開始が明日だったら今日から受付サイトを公開しちゃだめですよ」

「そうか、概要説明に、受付期間を明日からと明記しておいたから大丈夫だと思ったのだけど」

彼女の言うとおり、募集サイトを公開しないことが正解だったかと考えながら僕は依頼のメールを読んだ。

その内容は自分が日常接している相手が実は人間ではないようだと訴えるもので、対処方法を教えて欲しいと結んでいる。

「どうしましょう。心霊相談の受付開始日を見落としたみたいで、今日夕方にここに相談に来ると書いてあります。来訪予定の時刻はもうすぐです」

山葉さんは僕のスマホを覗き込んで文面を確認すると、ゆっくりと告げた。

「どうせ定休日で時間はあるのだから、話を聞いてみよう」

彼女は僕の立場も考えて気を使った様子で、鷹揚な笑顔を僕に向けた。

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