第342話 長い春休み
数十分後、よろず心霊相談の最初の相談者が店の入り口に現れたので、僕と山葉さんは店の中央のテーブルでお迎えした。
来客の健康チェックを買って出てくれた祥さんが店の入り口に向かい、訪れた少年の額で体温を測りながら、健康状態の問診をしている。
「中学生くらいに見えますね。中二病をこじらせて同級生が人ならぬものに見え始めたとかではないですよね」
「それならいいが、相談に来た本人が実は幽霊だったというおちはやめて欲しいな」
僕たちは勝手なことを言いながら相談者の様子を窺うが、祥さんに何か説明している少年は見た限りでは真面目そうだ。
祥さんは問診と体温チェックの結果、コロナウイルスに感染している疑いはないと判断したらしく、少年を伴って店舗に入る。
僕たちが待つテーブルまで来た少年は緊張した雰囲気で自己紹介した。
「こんにちは、ネットで予約していた渡辺一郎です。相談を引き受けていただきありがとうございます」
一郎君は、生真面目な雰囲気で僕たちを挑むように見つめている。彼にしてみれば一大決心をして僕たちを尋ねたに違いない。
「そんなに固くならなくていいよ。私は内村山葉、こちらは夫の徹です。私はいざなぎ流の祭祀をしているもので、あなたがいう人が、人ならぬ何かに取り憑かれているのならば、お祓いで対峙することもできます。まずは、詳しく話を聞かせてください」
山葉さんは自分の仕事に関しては、相手が子供であっても丁寧に説明するタイプで、一郎君に対しても生真面目に対応している。
一郎君は彼女の態度にホッとした様子で、依頼の件について話し始めた。
「僕が相談に来たのは同じクラスの女子のことなんです。一年生の時もクラスが同じだったのですが、2年生になったときのクラス替えでもまた同じクラスになりました」
中学生にとってはクラス替えは一大イベントなのだなと考えながら、僕は彼の話を聞く。
「その子はクラスの中では無口で全然目立たないタイプなのですが、よく見ると色白で体形がスレンダーな上に、小顔でショートボブの髪型がすごく似合っていてかわいいんです。ショートボブって言ってもあごの下あたりの長さで、毛先がパッツンにならないように、内側にちょっとレイヤーが掛かっているって感じかな」
僕は山葉さんが次第に退屈し始めて居ることに気が付いた。彼女は心霊や妖に対しては敏感に反応するが、中学生の恋愛には関心がない。
「それで、その子が人間ではないかもしれないというのはどういうことなの?」
僕は話がそれないように一郎君に質問したが、彼は空気を読まずに話を続ける。
「それで、普段は彼女がしゃべっているところはあまり見たことがないのですけど、たまに話す機会があると、囁くような甘い声がまたすごく良くて」
ぼくは、山葉さんの方向からイラっとした空気が流れてくるのを感じて少なからず慌てているが、一郎君はお構いなしだ。
「話を聞いていると、普通の人間であるところの同級生をガールフレンドにしたいと思っているだけのように聞こえるが」
とうとう山葉さんは彼の話の腰を折ってしまったが、一郎君はその程度ではめげなかった。
「僕もそのつもりでした。彼女の正体を見てしまうまでは」
一郎君の声が急に真剣になったので僕は思わず彼の顔を見たが、山葉さんは追及の手を緩めなかった。
「正体を見たというのはどういうシチュエーションだったのかな」
一郎君は、一瞬躊躇したように見えたがすぐに山葉さんに話し始めた。
「僕たちの中学校は、三学期の途中から新型コレラウイルス対策で自宅待機になりました。そのあと延々と家に閉じ込められていたんです。クラス替えの結果なんかもメールで送られてきたくらいで、新しいクラスメートの顔は見ないままで4月が過ぎていったんです」
それは僕たちがコロナウイルス感染症のために来客の減少やテイクアウトメニューの販売で頑張っていた時期に重なる。
「僕は一人で家にいるのも悪くないと思うタイプなのですが、彼女の顔を見られないのがつらかったんです」
「その彼女はなんていう名前なのかな」
僕が合いの手のつもりで尋ねると一郎君は微妙に照れた表情で答える。
「彼女の名前は霧島未来。名前からして格好いいですよね」
同意を求められても困るので僕は黙っていたが、彼は頓着せずに話を続ける。
「それで、僕は彼女の顔を見たいと思って彼女の自宅近くに出かけたのです。自宅の場所は同級生の女子にそれとなく聞いて知っていたので、現地に行って彼女の家を突き止めるのは簡単でした」
「それで、彼女の家を訪ねたのだな」
山葉さんが尋ねると、一郎君はとんでもないというように首を振る。
「そんなこと出来るなら苦労しませんよ。彼女自身が無口なので中一の一年間に数えるくらいしか言葉を交わした事が無かったんですよ。僕は彼女の自宅近くに潜んで彼女が家から出てくるところを一目見ようと思って張り込みをしていたんです」
山葉さんが小さくため息をつくのが聞こえたので、僕は慌てて一郎君に続きを促した。
「それで、彼女が買い物に出るところに偶然を装って出て行ったという事かな」
「僕もそれを期待したのですが、よく考えたら僕たちは新型肺炎の感染対策で自宅からなるべく出ないようにと言われていたんですよね。彼女は真面目に自宅待機していたらしくていくら待っても顔を出してくれなかったのです」
それはそうだろうなと、僕は納得するが、未来さんが出てこなかったとすれば、一郎君が正体を見る機会すらないはずだ。
「本当に暇だったのね。でもそれは下手をするとストーカー行為になりかねないわよ」
僕たちに飲み物を持ってきた祥さんがあきれたようにつぶやいた。
祥さんは四人分のカフェオレを持って来ており、飲み物を配ると自分も同じテーブルの椅子に腰を下ろす。
「ああ、彼女は祥さんと言って私の助手のようなものだ。一緒に話を聞いてもいいかな」
「もちろんいいですよ」
一郎君は屈託のない雰囲気で答えると、さらに話をつづけた。
「日が暮れてきたころに、僕は彼女が出てこないかもしれないと悟りました。それで、もう一歩踏み出して庭に忍び込んだのです」
「それは、住居不法侵入を問われても仕方がない行為だな」
山葉さんがあきれたようにつぶやいた。
「庭に忍び込んだ僕は彼女の部屋を探そうとしました。アニメなんかでよくやるみたいに、小さな石をガラス窓に投げて注意を引けないかと思ったのです。しかし、彼女の部屋があると思われる二階の部屋はすべて電気が消えていました。仕方がないので僕は一階の窓を覗いて回ったのですがそのうちの一つは、窓が少し開けてあり中からは水音が聞こえてくるのです」
「ありがちなパターンで彼女がお風呂に入っていたというのかしら」
祥さんも彼の話を聞くうちに山葉さんと同じく辟易した気分になって来たらしく、シニカルな雰囲気で彼に聞く。
「そうなんです。それで僕は思わず窓の隙間から中を覗いてしまいました」
僕は山葉さんと祥さんの気分が伝染したみたいで、話の結末がどうなったか聞くのが億劫になりつつあった。
「それで?」
山葉さんが皆の気持ちを代弁した様にゆっくりと尋ねると、一郎君は先ほどまでとは打って変わった真剣な表情で僕たちに告げる。
「僕が覗いて見たのは異形の生き物でした。首から上はいつもの未来ちゃんなのですが体は明るい茶褐色の毛に覆われていたのです。そして、お尻の部分には立派な尻尾までありました」
僕たちは彼の話の意外な展開に互いに顔を見合わせた。
「その毛並みはキツネに似ているような気がしました。僕は彼女が獣人なのではないかと疑っているのです」
一郎君は僕たちの顔を交互に見て、どんな反応を示すか見落とすまいとしているように思えた。
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