第319話 地道な努力の積み重ね

小西さんは、自分のタブレット端末を持ってくると、スタッフ用のテーブルの上で僕たちに説明を始めた。

「実は、先日見た、アマビエの動画の内一本目に登場した電車から路線を特定したのです」

小西さんは問題のQチューブ動画をmp4形式のファイルに保存していたらしく、彼が注目しているカットで画面は静止した。

「この動画は編集作業を経て投稿されたもので、導入部のナレーションに被せる動画は、アマビエの画像をフォローする目的で挿入されたものなので、冒頭の電車の画像は投稿者がアマビエを見た路線の電車の動画が使われているはずです」

小西さんは、動画の冒頭に使われていた駅のホームから発車する電車の映像を示した。

「この車両はライトの位置や行き先の表示、そして全体のシルエットや車体のカラーリングから京王線の1000系の車両だとわかります。1000系が現在も走行しているのは井の頭線なのです」

ぼくは、走行する電車が一瞬映り込んだだけでそこまで判断できることに感心した。

「この映像だけで電車の型番がわかるなんてすごいね」

「子供の頃から、電車が沢山走っている東京に憧れていましたからね」

小西さんは照れくさそうに話す。

「路線を絞り込めたら、二つ目の動画に登場する、改札を抜けてから駅前の通りに出るシーンと一致する駅を絞り込むことは比較的容易だと思います」

小西さんが自信のある表情で語るのを、山葉さんが補足した。

「つまり、ナレーションが事実ならば、都内から郊外に向かっているはずなので、少なくとも渋谷から吉祥寺に至るまでに該当する駅があるということだね」

小西さんは我が意を得たようにうなずいた。

「今日はこれから、下北沢から吉祥寺まで電車に乗って下宿に帰るので、そのついでに投稿動画の画像に登場する駅を探してみようと思うのです。今は不要不急の外出は自粛を要請されていますが、僕の場合は吉祥寺の下宿までの帰宅経路なので問題はないですからね」

僕は彼が外出の自粛要請を生真面目に受け止めているのを微笑ましく感じながら言った。

「もしも動画に登場する駅が見つかったら、その時は僕も一緒に現場に行ってみるよ」

山葉さんは、懸念のありそうな表情を浮かべる。

「駅を特定できたとしても、アマビエを装う怪人がそう頻繁に出没しているとも思えないから、無駄足になるだけではないかな」

山葉さんは問題のアマビエはコスプレだとも考えており、彼女の言葉は盛り上がった話に水を差す雰囲気だが、彼女が僕にむやみに出歩いてほしくないと思っていることは想像に難くない。

小西さんは気を悪くした様子もなく彼女に答えた。

「差し当たっては、ウッチーさんに来ていただく必要はないと思います。とりあえず僕が暇つぶしのために問題の駅を特定するので、駅が確定出来たらお二人に連絡しますよ」

僕は当り障りのない彼の言葉に同調することにした。

「そうだね。もしも小西さんがアマビエが出没した駅を特定したら、僕が現場に駆けつけることにするよ」

小西さんは満足げな表情でうなずき、山葉さんは何か言いたそうな表情だったが結局口をつぐんだ。

その後も、カフェ青葉の経営は厳しい状況が続いた。

国から緊急事態宣言が出され、客足の減少傾向にさらに拍車がかかったためだ。

山葉さんは、田島シェフと祥さん、そして僕を呼び集めると、渋い表情で告げた。

「営業時間を短縮しようと思う。通常営業するのはランチタイムまでとして、午後から夕方は店舗での飲食サービスは中止し、代わりに夕方の五時から七時までお弁当のテイクアウトサービスをしようと思うのだ」

祥さんと田島シェフは互いに顔を見合わせて不安な表情を浮かべるが反対の意見を口にすることはしない。

「テイクアウトメニューの開発とお客さんへの広報はどうやってするのですか。それに販売単価の設定もよく考えないと売れるかどうかわからないと思いますけど」

僕は思いつくままに疑問点を並べて、スタッフの意見を引き出すことにした。

テイクアウトメニューの販売は、売れる内容でないと逆に経営の足を引っ張りかねないからだ。

山葉さんは、手元からラフスケッチを取り出して僕たちの前に広げて見せた。

「基本はワンコイン五百円の日替わり弁当で、それに定番メニュー的なお弁当メニューを二つほど加える。日替わりの内容はカフェご飯をイメージできるもので、定番は唐揚げ弁当と、オムライスに一口サイズのサラダと唐揚げを加えたセットを考えている」

山葉さんのラフスケッチは見栄えの良い日替わりセットをいくつかと、彼女が提案した唐揚げセットとオムライスセットをざっくりとしたタッチで描き上げたものだった。

「何食準備するのですか?」

田島シェフはラフスケッチを見て、興味を示した様子だった。

「初日は二十食を目標にしよう。二日目以降は初日の売り上げを見て判断する。ランチタイム終了後少し休憩してから仕込みに入れば対応可能なはずだ」

このところ夕方の時間帯はお客さんの減少が顕著だっただけに、山葉さんは対策を考えていたのに違いなかった。

祥さんもその辺りは感じていたらしく、表情を明るくして山葉さんに尋ねる。

「お弁当の販売はどこでするのですか?」

「店舗の入り口にバリケードよろしく折り畳み式の長テーブルを置いてそこで販売しよう。レジは店舗入り口の物を使えば問題ないはずだ。営業面の話だけではなく新型肺炎の感染防止にも貢献できるはずだ」

結局、祥さんと田島シェフはテイクアウト販売に賛成し、二、三日常連さんに周知してから営業時間を変更することになった。

山葉さんは周知用のビラの案も準備してあったらしく、すぐに印刷して翌日から配布を始めるという。

田島さんと祥さんが業務に戻った後、僕は山葉さんに尋ねた。

「販売単価が五百円では利益率が低くなるのではありませんか」

「それは仕方がない面があるね。ただし、食事と一緒にドリンクメニューがさばけたら展望が開けると思う。すでにテイクアウト用のカップも発注済みだ」

「そうですね。ここのお客さんならコーヒーとかラテを飲みたいと思うはずですし、ドリンクは利益率が高いですからね」

僕は、彼女が言うようにドリンクがたくさん売れることを祈るしかなかった。

山葉さんがテイクアウト営業の提案をしてから翌々日に僕たちは店舗営業の短縮に踏み切り、初日用に準備したテイクアウトのお弁当は早めに完売した。

「売り上げとしては上出来だ。明日からは提供できる数をもっと増やしてみよう」

五百円のお弁当二十食といえども、利益が上がるからには軽視できない。

自分たちも含めたスタッフ4人と家族の生活のためにも、僕たちは新しい営業戦略に賭ける気分だった。

僕たちが早めに店じまいをしていると、僕のスマホの着信音が鳴り、小西さんからSNSのメールが届いていた。

メールの内容はアマビエの投稿動画に登場した駅を突き止めたというもので、僕に現地に同行してほしいと告げるものだった。

僕は小西さんに何時が良いかと尋ねたが、彼は出来れば今夜下北沢駅で待ち合わせて現地に同行してほしいと返信を返す。

僕は居合わせたスタッフに意見を求めることにした。

「小西さんがメールで、アマビエを目撃した駅を確定したから同行してほしいと連絡してきたのですが、どうしたものですかね」

山葉さんは、微妙に迷惑そうな表情を浮かべて言った。

「この時期に外出してウイルスに感染されては困るのだが、小西さんがアマビエの出没した駅を突き止めたとのなら、無視するわけにもいかないな」

「そうですね。本物だとしたら疫病退散のご利益があるかもしれないから、動画の被写体の正体を突き止めてもらいたいですよ」

祥さんも賛同したため、僕は小西さんと落ち合って、アマビエが出没した駅周辺を調べにいく趨勢となった。

「それでは、片づけが終わったら小西さんと現地まで出かけてみます」

僕が意思表明すると、山葉さんはゆっくりとうなずいた。



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