第317話 妖怪アマビエ遭遇譚
小西さんがスマホに表示した動画はウエブの動画配信サイトのQチューブで配信されていた。
投稿者が編集したもので動画の開始とともにテロップとナレーションが流れた。
テロップは「その日私はいつも通勤に使っている電車で居眠りしてしまいました」と始まっている。
背景には駅のホームから発車する電車の映像が流れ、映像は電車の窓から眺めた夜の街の映像に切り替わる。
二つ目のテロップは「電車が止まった気配で目を覚ました私は停車駅がどこなのかわからず慌てて周囲を見回したのですが、そこであり得ないような物体を見てしまったのです」とあり、画面も電車の車内の映像に切り替わった。
次のカットで画面に映し出されたのはテロップに表示されている通り、奇妙な物体と形容するしかないものだった。
一見すると電車のベンチシートに人が座っているように見えるが、細部を見るとそれは人とは異なる異業の生き物と見えた。
頭部から背中まで緑色がかったシルバーの長い髪で覆われ、顔の下部には大きなくちばしが付いていたからだ。
胴体に当たる部分は銀色に光るうろこに覆われており、足に当たる器官は三本あるように見える。
画像は異形の生き物が視線をこちらに向けようとしたところで途切れていたが、それは撮影しているのを気づかれないように慌てて止めた雰囲気だった。
動画が終わったので僕は画面から顔を上げたが、祥さんが困惑した表情でこちらを見ているのと目が合った。
「ウッチーさんこれは何だと思いますか」
祥さんに尋ねられても、僕が答えられるわけがない。
「今の画像で何か霊的な波動は感じませんでしたか」
小西さんは祥さんの質問にかぶせるように僕に聞くが、小西さんがオカルトファンなのかそれとも沼さんから聞いた話に乗っているだけなのか判然としない。
「これはもしかしたらアマビエなのではないかな。ただ、この動画から本物の妖怪なのか、誰かがアマビエにコスプレしているのかは判然としない」
「そうですよね。動画とか写真にしてしまうと、霊的な気配とか感じずらくなりますもんね」
僕が最近ネットで見た「アマビエ」のイラストを思い出しつつ小西さんに告げると、祥さんは僕の結論に賛同し、小西さんは怪訝な表情で僕に問い返した。
「アマビエって何なのですか」
改めて聞かれると、僕も答えるに足るだけの情報を持ち合わせていないし、祥さんも同様な様子だった。
「確か江戸時代に出現した疫病に関連する妖怪だったと思う。山葉さんが妖怪関連には詳しいから聞いてみよう。」
僕はおもむろにスマホを取り出すと,SNSアプリの無料通話機能を使って山葉さんを呼び出そうとした。
「ウッチーさん、山葉さんは二階にいるのでしょう。どうしてわざわざスマホを使うのですか」
「二階には莉咲がいるから、むやみに店舗から行き来しないことにしているんだ。僕はカフェの仕事をする日は、緊急の場合以外は朝店舗に降りたら業務を終わるまでは二階には戻らないことになっている」
祥さんがあきれたように尋ねる言葉に、僕はありのままを説明しながら呼び出しを続け、やがて山葉さんが応答した。
「今、莉咲ちゃんを寝かしつけたところだ。むやみに電話しないでくれ」
山葉さんの応答は思った通りつれないものだったが、僕はめげずに用件を伝える。
「実は小西さんに業務の概要説明を終えて雑談していたら、小西さんの知り合いが妖怪のアマビエみたいなものを見たという話になったのです」
「アマビエだって?それの写真は入手できないのか」
山葉さんがにわかに興味を持ったことが伝わってくる。
「動画が投稿サイトにアップされています。アドレスをシェアするから見てください」
僕は一旦通話を切ると、問題の動画のアドレスを山葉さんにシェアした。
彼女が動画を見る間は待たなければと思っていると、小西さんが僕に向かって申し訳なさそうに話し始めた。
「すいません。感染防止にすごく気を使われているのに僕の面談には同席してくださったのですね」
「それは気にしなくていいよ。僕たちの基準で生活を守ろうとしているのだけれど、周囲の人に同じ基準を強要するわけにはいかない」
僕は小西さんに話しながら生まれたばかりの莉咲を思い浮かべた。
山葉さんは免疫が十分でない新生児をウイルスから守るのは親の義務だと言って、カフェの経営が気がかりでも店舗には頻繁に出てこないことを宣言している。
しばらくして、僕のスマホに山葉さんからの着信が入った。
「驚いたな。あの動画に映し出されている生き物は、アマビエの伝承に近いと言っていいだろう。有り得る可能性としては、疫病の蔓延する気配に本物の妖怪アマビエが姿を現したか、あるいはアマビエの着ぐるみを作って電車に乗り込む酔狂な輩がいたかのどちらかだ」
僕は、先ほどから聞きたいと思っていた、そもそもアマビエとは何者なのかという疑問を山葉さんにぶつけてみた。
「アマビエっていったいどんな妖怪なのですか」
「アマビエとは江戸時代に肥後の国、現在の熊本県で目撃された妖怪だ。毎夜海の中に光るものが見えるので役人が見に行ったところ、それは自らをアマビエと名乗り、今後6年間豊作が続くが疫病も発生するのでその際は自分の写し絵を人々に見せよと言って海に消えたという伝承だ。アマビエを描いたその時代の瓦版が残っておりその絵をもとに現在イラストなどが描かれて拡散していると聞いている」
山葉さんはさすがに妖怪の情報には詳しく、僕の質問に間髪を入れずに答えた。
「それでは動画に写っていたのは本物なのですか」
「それは私にもわからない。」
僕ははぐらかされた気分で黙ってしまったが、考えてみれば彼女も動画では真偽のほどは判別できないのに違いない。
「ウッチー、そのアマビエの話の詳細がわからないか調べてくれ」
「わかりました」
僕は通話を切ると、小西さんに聞いた。
「その友達にアマビエの話を詳しく聞くことは出来ないかな」
「友人ではなくて、友人の知り合いが遭遇したという話らしいのですが、聞いてみます」
小西さんは早速連絡を取ってくれたが、彼の友人は応答しないようだ。
「すいません。今電話に出られないみたいなので、連絡が付いたらお知らせします。」
小西さんはスマホをしまいかけたが、何かを思い出した様子で僕の顔を見る。
「さっきの動画の続編もあるのですが見てみますか」
「あの動画の続きがあるの?」
僕は信じられない思いで彼の手元を見つめる。小西さんは続きの動画なるものをスマホで再生しようとしていたのだ。
彼が再生した動画は、先ほどのアマビエと遭遇した動画と同じ人が投稿したものだった。
動画には先ほどと同じようにテロップで、異形の者を見た私は駅で降りてその後を追跡したと表示されナレーションも同じ内容が流れる。
画面は東京の郊外によくある駅のホームから自動改札を経て外部の道路に出るところから始まっていた。
テロップには気づかれないように後を付けていますと表示され、ホームから一般道に出たところで、薄暗い道路に先ほどの異形の者の後ろ姿が一瞬映り込んでいた。
僕は、動画の投稿者がそれをアマビエと呼んでいないことに気が付いた。
着ぐるみを制作するほどのマニアならば、テロップにアマビエの名前を入れないとは考えられず、そのことが逆に動画の信ぴょう性を高めていると思えた。
動画の中では、画面に駅前の飲食店街は映し出されているが問題のアマビエらしきシルエットは見当たらない。
スマホで撮影されたと思われる画面は、周囲が暗いことと歩行に伴う振動や手振れで見づらい雰囲気となった。
次の瞬間にカメラは急に横に振られ、画面一杯に異形の顔が映し出されたがカメラの動きが大きく、画像ははっきりしない。
音声に男性の悲鳴が入り、画面は暗転した。
数秒後に、画面に再び駅の近くの情景が映し出され、画面に異形の生き物は僕を驚かすとそのまま闇に消えてしまいましたとテロップが流れた。
投稿の閲覧数は相当な数に上っており、コメント欄にはアマビエではないかとする声も多く寄せられていた。
「フェイクではないのかな」
僕がつぶやくと、祥さんもわからないというように首を振るばかりだった。
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