黄色いランドセルカバー

第205話 凄腕退魔師からのメール

ゴールデンウイークに入り、僕は相変わらず、カフェ青葉でアルバイトに明け暮れていた。

「ウッチーさん、手が空いたらポークのガーリックソテーの味を確かめてくれって田島シェフが言っていましたよ」

スタッフの祥さんが手持無沙汰な雰囲気で店内の様子を窺いながら僕に言う。

「わかった。実は暇だからすぐに行くよ」

僕はのんびりとした口調で答えると、店内を彼女に任せて厨房に行くことにした。

オーナーの山葉さんはゴールデンウイーク中も定休水曜日を除いた無休営業を宣言して、頑張っていたが、長い連休となると帰省する人も多いらしくお客さんの入りは少ない。

アルバイトの沼さんは実家に帰る予定だったし、木綿さんも友人と旅行に行きたいというので、人手が足りない時間帯は僕がアルバイトに入るシフトを組んでいたが、それほど忙しいと思う日はなかったのが実情だ。

厨房に入ると、田島シェフが待ち受けていた。

「すいません内村さん。オーナーから定番メニューはできるだけ味を変えないようにと指示があったので、時々チェックをお願いしているのです。」

田島シェフは申し訳なさそうに言い、その隣には山葉さんも立っている。

調理用台の上では、問題の料理が皿に乗っており、お客さんに出すわけではないので既に切り分けられたポークソテがー湯気を立てていた。

山葉さんと僕はそれぞれに一切れを口に入れるともぐもぐと咀嚼した。

「味が」

山葉さんが言いかけて躊躇したように言葉を途切れさせたので僕がその言葉を引き取るように口を開く。

「塩味が濃い?」

田島シェフは困ったような表情でうなずく。

「実は前オーナーが残してくれたレシピ通りに作ると妙に味が濃くなるのです。自分もスープの味付けとかは味見の時は薄めにと心がけているのですが、一発で決めないといけない料理もあるので、どうしたものかと悩んでいるのです」

「ほう、細川オーナーの料理を味が濃いと感じたことはないから、レシピ自体はどこかでもらってきたもので、実際に作るときにはオーナーが加減していたのではないかな」

山葉さんが原因を推測するが、当座の解決策が必要な雰囲気だ。

「とりあえず、田島さんが悩んでいる料理を賄で出してもらって皆で検討するのはどうでしょう。その上で田島さんバージョンのレシピを整備してもらえば定番の味が決まっていくはずです」

山葉さんがうなずいたのを見て田島さんはホッした表情を浮かべる。

「しばらくの間、ウッチーさんがおっしゃるように賄でチェックさせてもらっていいですか」

田島さんは緊張していたのか僕を呼ぶときに僕のあだ名にさん付けで呼んでいる。

「ぜひそうしてください。田島さんは几帳面なので助かります」

山葉さんがオーナーらしく喜び、僕はその横でしばらくの間は賄に人気定番料理が並ぶと思って喜んでいた。

僕は試食用のポークソテーの残りをつまみ食いしながら言う。

「塩加減は微妙なんですよね。元のレシピは小さじ1とかが最小単位でざっくりと作られていたのかもしれませんね」

僕もその料理を作ったことはあったが、小さじ1杯も振りかけてしまえば塩味は濃くなりすぎるはずだった。

「私もそう思う。田島シェフがちゃんとした分量を数字で残してくれたら事業継承を考えるうえですごくいいことだ。」

山葉さんも僕と同じようにつまみ食いしながらつぶやいた。

その時、山葉さんのスマホの着信音が響いた。

僕の記憶が正しければ、それは彼女のスマホのLIMEの着信音のはずだ。

彼女はスマホを取り出してしばらくいたが、ちょっと困った表情で顔を上げて僕を見た。

「山形の凄腕退魔師の瑛人さんを覚えているかな。彼が浄霊していいか判断に迷う事例があるので意見を聞かせてほしいと言っている」

瑛人さんと会ったのは、概ね一年前に栗田准教授と座敷童に会うために山形に出かけた時だ。

座敷童の部屋に張られた結界をめぐって山葉さんと彼は対立しかけるが、誤解だと解り、その後は連絡を取りあっていたらしい。

「山形まで行くと日帰りはきついですね」

僕がつぶやくと、田島シェフは山葉さんに言う。

「見込みが外れてゴールデンウイーク中のお客は少なそうですから、定休日に一日休みを追加して行って来られたらどうですか。祥さんと僕で十分お店は回りますよ」

「退位の日とか即位の日も渋谷辺りならともかくこの辺で人出が増えるとは思えませんよね」

ぼくも田島シェフの後押しをしたので、山葉さんは考え込んだ。

そもそも、イベントで集まる類の人々は地元の店にとっては少なからず迷惑だと聞いている。

地域のお店にさほどお金を落とすわけでもなく、そのくせ人込みのせいで本来の顧客が寄り付かなくなり、次の日にはゴミが大量に残されているといった具合らしい。

彼女は、見込み違いを指摘されてムッとした雰囲気もあったが、素直に田島シェフの意見を聞きいれた。

「それでは、私とウッチーは木曜日も休みにして山形まで行ってくるよ。水曜日は定休日扱いで休む予定だし、木曜日には木綿さんがアルバイトで出てきてくれる予定だ。人手は足りるだろう」

田島シェフは穏やかな笑顔で、山葉さんの判断を歓迎する雰囲気だ。

もしかしたら、田島シェフは連休に入って以来お客が少なくて山葉さんがイラついていたので彼女が出かけることを推奨したのかもしれないが、僕はその話題に触れるつもりはなかった。

結局、僕たちは火曜日の夜遅くというか水曜日の早朝に山形に向けて出発することになった。

僕たちは山葉さんのWRX-STIに荷物を積み込んで出発した。

僕は都内から途中までは自分が運転するつもりでステアリングを握ったが、WRXーSTIはマニュアルシフトなので、赤信号で止まる時に、クラッチを切らなければと自分に言い聞かせていた。

バイクなら当たり前なのだが、4輪でマニュアルシフトの車は教習所以来なので微妙に気を遣う部分だ。

しかし、都心から両国ジャンクションを過ぎる辺りは交通量も少なく、僕もWRX-STIの運転になれてスムーズに走れるようになった。

僕は助手席に座る山葉さんに尋ねた。

「瑛人さんは去年大学受験があるとか言っていましたが、その後どうなったのですか」

山葉さんは、首都高速から見えるスカイツリーを眺めながら眠そうに答える。

「彼の場合、あまり学校に行っていなかったから厳しかったようだ。高校は卒業したが、浪人して来年の大学受験を目指して家で勉強中と言ったところだね」

僕は彼が引きこもり気味だったことを思い出してなんとなく納得したが、新たな疑問が湧き上がった。

「瑛人さんは引きこもり気味で人と接触する機会があまりないはずなのに、どうやって心霊関係の相談が彼の元に届くのでしょうね」

「それは、例の市役所OBの山伏姿のおじさんが窓口になって仕事を取ってくるのだろう。ある意味便利なアシスタントみたいなものかもしれないね」

山葉さんはあくびをしながら、ゆったりとした喋り方で答える。彼女が山伏姿のおじさんと言っているのは瑛人さんのエージェントのように動いていた小林さんのことで、文字通り瑛人さんの表の顔として動いている様子だった。

「あの時は、小林さんが瑛人さんの力を使って一儲けしようとしているのではないかと思ったのですが、実際はそんなことはないですよね」

山葉さんの返事がないので僕がちらと助手席を見ると、彼女はサイドウインドウにもたれかかってはスヤスヤと寝息を立てていた。

僕はしばらくの間自分が運転を続けて、彼女を眠らせてあげることに決めてステアリングを握り直した。

目的地の山形市まではまだ300キロメートル以上ある。ノンストップでも4時間以上かかる道のりだ。

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