第206話 新入生用のランドセルカバー
僕はWRX―STIを運転して常磐道から磐城自動車道を経由して、郡山ジャンクションから東北自動車道に入った。
山形までの道のりは半ばほど、そろそろ東の空が明るくなりかけていた。
山葉さんはすやすやと眠り続けているので、僕はそのまま運転を続けた。
最近の彼女が、カフェのオーナーとなって以来、気を張り続けているのを意識していたので、ゆっくり寝かせてあげたかったのだ。
徹夜して連続4時間程度運転しても大して体に負担になるとも思えない。
しかし、山葉さんは正面から差し込む朝日でやがて眼を覚ました。
目を開けた彼女は、周辺の山並みにを眺めた後で僕に行った。
「どうして途中で交代しなかったのだ。もう夜が明けているじゃないか」
「調子が良かったから運転したかったのですよ」
僕が答えると、彼女は僕に文句を言う訳でもなくつぶやいた。
「あの山の残雪がウサギさんそっくりだ」
彼女が指さす方向を見ると、北にそびえる小高い山の黒っぽい山肌に本当に残雪がウサギの形に浮かんで見えている。
「きっと地元では昔から雪ウサギと呼んでいるのですよ」
「きっとそうだね」
ぼくがつぶやくと、彼女は崩しすぎた雰囲気の笑顔を浮かべた。
僕たちは南陽市に着くと、瑛人さんが指定したファミリーレストランに向かった。
そこで、瑛人さんに相談をしてきた人と落ち合って、話を聞く予定だったのだ。
「瑛人さんは何でここに来ないのでしょうね」
僕は少なからず不思議に思って山葉さんに聞く。
「瑛人さんはね、大勢の人に会うのがしんどいから、私たちだけで依頼者に会ってくれというのだ」
「何ですかそれは。頼んできたのに自分が立ち会わないなんて」
僕は、昨年一度会ったきりの彼を思い出そうとしても、はっきりと彼の顔を思い出せないことに気付きながら山葉さんに答える。
「彼は対人恐怖症気味だから大目に見てあげてくれ。待ち合わせているのは依頼者の山西さんだ」
山葉さんは、こともなげに僕に告げる。
山葉さんが僕に指示した待ち合わせ場所は南陽市から山形市に通じる国道脇にあるレストランだった。
レストランの駐車場に車を置くと、駐車場の隅の方から移動してきたSUVタイプの軽乗用車が見えた。
それは、スズキのジムニーと呼ばれる車種で、軽四輪自動車なのに悪路の走破性が高いことで知られている。
隣に停車したジムニーからは30代くらいの男性が降りたって、僕たちの車に歩み寄ってきた。
僕たちがWRX-STIを降りると、男性は遠慮がちな雰囲気で話しかけてきた。
「東京からおいでくださった、別役さんですか」
「はい、私が別役です。」
山葉さんが答えると、男性は安心したように微笑を浮かべた。
「遠くからありがとうございます。僕の名前は山西雄一です。富樫さんに紹介していただいたのですが、話を聞いてもらえますか」
「もちろんですよ、よかったらレストランの中でお話ししましょうか」
山葉さんは山西さんに待ち合わせ場所にしたレストランを示す。
「もちろんいいですよ。今日お願いしたのは、ここ数年僕が遭遇していた少年についてご意見を聞かせていただきたいと思ったからなのです」
山西さんは、生真面目に説明し始めた。
「僕は山形市内に住んで、IT関係の会社で仕事をしていたのですが一昨年に仕事を変えて、南陽市にある野生鳥獣捕獲支援センターで勤務するようになりました」
山西さんは、遠い目をして当時を振り返るようなそぶりだった。
「そんな時に、これからお話しする子供と遭遇することとなりました。今から二年ほど前の事です。僕の目から見てその子供は小学校一年生だと思われました」
僕と山葉さんは無言で彼の話を聞く。
「何故かと言うと、その男の子はランドセルを背負っていて、背負ったランドセルは少し古いタイプの黒いランドセルでしたが、外側に交通安全と書いた黄色いランドセルカバーがかけられていたからです」
その時僕たちがオーダーした和定食セットが配膳され、山西さんが勧めてくれるので、僕と山葉さんは朝食を食べながら山西さんの話を聞いた。
「実はその頃、僕の子供も小学校に入ったばかりだったので、同じ年ごろの子供は目に付いたのでしょうね。それに妻と一緒に一生懸命ランドセルの色を選んだのに、一年生はみな同じ交通安全ロゴの入った黄色いランドセルカバーを着けさせられてがっかりしていたので、余計にその子のランドセルカバーが目についたのだと思います」
そういえば最近の子供が背負っているランドセルの色は多種多様だ。選ぶときはきっと大変に違いないと僕は思う。
「その子供を見かけるのが山形市にある自宅から南陽市の勤務先に通う経路上の、最上川の近くの山際を走る、あまり人気のない場所だったのです」
「何故子供がそんな場所にいたんでしょうね」
山葉さんが尋ねると、山西さんは丁寧に答える。
「人気が少ないといっても、集落があって小さな小学校もあったみたいです。何度も見かけるうちにその子供も僕の車を覚えたらしく、見かけると手を振ってくれるようになりました」
「それ、その子の知り合いの車が後ろを走っていたとかではないのですか」
僕は軽い調子で混ぜ返したが、山西さんは生真面目に答える。
「僕もそう思ったのですが、一台だけで走っていても手を振ってくれたのでどうやら僕の車を覚えていたようなのです。自分の子供と同じ年ごろの子供だし、手を振ってくれたりすると何だか会うのが楽しみになっていました。そんなことをしながら、季節は巡ってまた次の春が来たのです」
意外と気の長い話だったが、僕は話の結末がどうなるのか気になり始めていた。
「次の春になってもあいかわらず、その子を見かけていたのですが、その時になって僕は妙なことに気が付いたのです」
「どんなことに気が付いたのですか」
山西さんがいいところで言葉を切ったので、山葉さんは待ちかねたように尋ねる。
「黄色いランドセルカバーを付けるのは一年生限定なのです。僕の子供も2年生になってやっと本来の色のランドセルで学校に行けるようになったのですが、通勤の時に見かける子供は相変わらず黄色いランドセルカバーを付けているのです」
「その校区では、全学年が黄色いランドセルカバーを付ける決まりだったのではありませんか」
僕は当り障りのないことを尋ねて嫌な結末を避けようとしたが、当然ながら山西さんの話はそれでは終わらなかった。
「その辺りで他にも一年生の子供がいたのですがその子はカバーを外していたのです。それに、その子は一年の間に随分成長したのが見て取れたのですが、黄色いランドセルカバーを付けたままの子供は新一年生らしい低い身長の可愛らしい姿のままなのです」
僕と山葉さんは、概ね山西さんの話の落ちがわかっていたが、聞かないわけにはいかなかった。
「その子供の正体を確かめたのですか」
僕の問いに、山西さんはゆっくりとうなずいた。
「僕はその子供は交通事故とか病気で死んだ小学生の霊ではないかと疑い始めました。次に見かけたらその正体を突き止めようと思ったのですが、そう思って見始めると、ぱったりとその子が現れなくなったのです」
僕は背筋に冷たいものを感じながら山西さんの話を聞いていた。
人影もまばらな道路でそんな子供を見かけていて、疑念を持った途端に見えなくなったとすると、山西さんはその辺りを通行するときに得も言われぬ怖い思いをしていたに違いない。
「わかるでしょう。なまじ見えるよりも姿が消えたことでものすごく怖くなったのです。あの子は僕の前に現れないだけで、きっとあの辺にいるに違いない。僕はそう思って知り合いのつてをたどって退魔師をしている富樫さんを探し当てたのです」
山西さんはひとしきり話し終えて朝食セットに手を付けたが、僕と山葉さんは食べるのを忘れて顔を見合わせていた。
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