第198話 捜査本部の内幕
翌日の夕方、カフェ青葉に室井巡査と高山巡査が姿を現した。
日曜日の夕方という事でお客さんは少なめなので、僕と山葉さんが揃って二人の話を聞くことになった。
お店の運営は祥さんが仕切っており、アルバイトの木綿さんがフォローしている。厨房には専属シェフの田島さんがいるので、オーナーの山葉さんが不在でも大丈夫な体制だ。
僕たちは室井さんと高山さんをお店のバックヤードにある厨房に案内し、そこで食事をとってもらいつつ話を聞くことにした。
二人は聞き込み捜査の途中で、食事の時間として立ち寄ったところなのだ。
「今回の事件を霊能力を使って手伝っていただけると聞いたのですが本当ですか」
高山さんは僕が渡したメニューを見ながら遠慮がちに切り出した。
「坂田警部の奥さんがここに来られて、ぜひ手伝ってくれと頼まれたのです。そちらの捜査方針に差し触りがなければ手伝いたいと思うのですが」
僕は当たり触りがない雰囲気で話をつなぐ。彼らの上司の坂田警部は心霊能力など頼りにしない方針だけに気を使うのだ。
「ぜひお願いします。今捜査は煮詰まっていますから何でもいいから新しい切り口が欲しいのです」
「高山、なんでもいいからは失礼だよ。このお二人は本当に幽霊を見たり物に残った思念を読んだりする能力を持っているんだから」
室井さんがそれとなく高山さんを諭す雰囲気だが、実は二人ともメニューに目が行っている。
「食事のオーダーはお決まりですか」
山葉さんが魅力的な笑顔を浮かべながら二人に尋ねる。彼女の営業用スマイルも板についてきたようだ。
「このパウンドステーキセットをください」
「俺もそれにする、食べられるときにがっつり食べておかないと死にそうだよ」
二人は口々に最もボリュームがありそうなメニューを示す。
「捜査ってそんなに大変なのですか」
僕は思わず尋ねた。室井さんも高山さんも心なしかやつれて見えるからだ。
「今回の捜査本部は所轄署のうちの建物に置かれていますが、捜査本部というのは警視庁から精鋭部隊が乗り込んできて合同で捜査をするという事なのです。うちの署長など手掛かりを見つけてくるまで戻ってくるな的な雰囲気ですからね」
高山さんが疲れた表情でこぼした。
「そもそも、坂田警部が事件性あると言い出して僕らが防犯カメラの画像から容疑者を発見したので、それが違うとなったら立場ないのですよ」
「警視庁は、アポ電強盗が話題になっている時なのですぐに話に乗って捜査本部を立ち上げたのに、見込み違いとなると手のひらを返して坂田警部は、はしごを外された状態になりかねないんです」
室井さんと高山さんの言葉で、昨日からの僕たちの懸念は現実になりつつあることがわかる。
「ところで防犯カメラの映像を確認するのって、顔認識プログラムとか使うのですか」
僕は何気なく尋ねたのだが、高山さんはとんでもないという表情を浮かべた。
「所轄にそんな高級なものありませんよ。今回調べたのは火災発生の直前24時間ですけど全部俺たちが目で見て確認したんですよ」
「というと早回しか何かで確認するのかな」
山葉さんの問いに今度は室井さんが肩をすくめる。
「早回しなんかしたら、見落としがあるかもしれないじゃないですか。通常再生でほとんど動きのない画面をジーッと見続けるんですよ」
「そうですよ。おかげで僕らは完全徹夜で丸二日欠けて確認したんですよ」
僕と山葉さんは返す言葉がなかった。警察官は一般人からは想像がつかないような地道な捜査をしているのだ。
「差支えが無かったら、被害者のプロフィールとか、容疑者の情報から教えてもらえないだろうか。背景となる情報がないと私たちも手伝いづらい」
山葉さんは室井さんたちに尋ねた。
心霊能力者ならば、被害者の霊に尋ねたらあっさり犯人の名前を聞き出せると思うかもしれないが、被害者の霊と波長が合っているか、僕たちがあちらの世界にどっぷりと入り込まない限りは具体的な情報は聞き出せないのが普通だ。
被害者の霊がいたとしても、そこから伝わるわずかな情報を拾い上げるには、事件の背景をよく知っている必要がある。
「ご存知かもしれませんが、被害者は京王線沿線で起きたガス爆発火災で亡くなった北川恭子さんで、死亡時の年齢は79歳。当初はガス爆発事故とみなされていましたが、事前に我々に怪しい電話があると相談があったために、マンションの防犯カメラの画像を洗い出して、オレオレ詐欺の受子ではないかと疑われていた少年が浮かび上がったのです」
室井さんが教えてくれた情報は、昨日奈々子さんが話した内容と一致している。
「その容疑者の少年にアリバイがあったという話なのですね」
山葉さんが質問すると、室井さんの表情が曇った。
「容疑者がアリバイを証明しているわけではなくて、被害者の息子さんが爆発事故の直前まで被害者の恭子さんが生きていたと証言しているのです」
その時、田島シェフが僕達が座っているスタッフ用のテーブルの横にある調理台で盛り付けた料理を二人の前に運んできた。
「どうぞ、召し上がってください」
山葉さんが進めると、室井さんと高山さんはがつがつと食べ始めた。
二人が漏らした言葉通り、捜査に追われてまともな食事をしていなかったことが窺われる。
「どうして、被害者の息子さんが容疑者を擁護するような証言をするのですか」
僕が尋ねると、高山さんがフォークに差した肉片を片手に持ったままつぶやく。
「それは意図したわけではなくて、容疑者とは別個に事情を聴いた時に被害者の息子さんが話した内容が、我々が考えていた犯行のスキームと食い違っていたという事なのです」
「被害者は一人住まいなので、離れて住んでいた息子さんは高齢者支援用のIOTを使って被害者の生活状況をモニターできるシステムを導入していたのです。それを使うと、例えばキッチンの電気湯沸しのお湯を出したり、バスルームやトイレを使うと、その履歴を息子さんが自分のスマホでモニターできます」
室井さんが補足したので僕たちは、問題の概要を理解できた。システムの履歴に、被害者が爆発事故の直前まで生活していた記録があったのだ。
「容疑者の少年が、被害者のマンションに出入りした場面は防犯カメラでは確認できないのですね」
「そうなんです。防犯カメラの画像は容疑者が被害者のマンションの建物に出入りしたことを示すだけで、被害者の部屋に出入りしたことを示すわけではありません」
高山さんは悔しそうに告げる。
直接的な証拠が無い上に、容疑者が出入りした後も被害者が生存していたとなれば容疑は否定されざるを得ない。
「容疑者の少年には話を聞いたりしているのですか」
「任意で事情聴取しましたが、もちろん犯行は否認しています」
僕の質問に答える室井さんの言葉には手詰まり感がにじんでいた。
「このご飯、美味しいですね。何だか生き返るような気がする」
高山さんが食事をあらかた食べ終えてつぶやくと、室井さんが答えた。
「事件が解決してからゆっくりと食べなおしたいな」
山葉さんは、二人に食後のコーヒーを手渡しながら尋ねる。
「容疑者の少年の年齢や、普段の生活状況を教えてもらえないかな」
「容疑者の名前は神崎蓮、年齢は17歳で都内の高校に在籍していますが、最近あまり登校していません。過去に補導歴があり、北川さんが以前オレオレ詐欺の未遂事件に会った時に、受子として動いていた可能性が高く我々がマークしていました」
高山さんが話した後で、室井さんが慌てて補足した。
「未成年なので名前は内密にお願いします」
僕たちに捜査情報を話している時点ですでにコンプライアンスから逸脱しているのだが、室井さんは生真面目な表情を崩さない。
「状況が許せば私たちに事件の現場を見せてほしいのだが」
山葉さんが告げると、室井さんが固い表情のまま答えた。
「何とかします」
警視庁のスタッフも周辺にいる以上、室井さんたちは好き勝手なことはできないようだ。
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