第119話 こっくりさん出現

山葉さんはロビーまで戻ると、倒れた女子生徒をしげしげと眺めた。

「大丈夫か。フロントに連絡して引率の先生を呼ぼうか」

山葉さんは当り障りのない尋ね方をしたのだが、周囲にいた女子生徒たちはいっせいに首を振った。

修学旅行生は宿では体育用のジャージ着用と決まっているらしく、皆名前入りのおそろいのジャージ姿だ。

「だめです。私達はこれをしていたので、先生にばれたら叱られるから」

女子生徒の一人が指さしたのはテーブルの上に広げられたA3サイズくらいの紙で鳥居の絵や平仮名や数字が印刷されている。

「へえ、今どきの中学生もこっくりさんなんかするんだな」

山葉さんが物珍しそうにつぶやいた。

「こっくりさんって何ですか」

僕はどこかで聞いたことがあるが、詳細を知らないので聞いてみる。

「あの紙の上に十円玉を置いて3人が人差し指で十円玉を抑えるんだ。そして、こっくりさんに教えてほしいことを聞くと。十円玉が動いて返事をするという遊びだ」

怪しい、というかすごくいかがわしく聞こえる。

「そんなので、意味のある答えが出るんですか」

「イエス・ノーの2択があるのと、3人で動かすのがみそだな。結果、妙に意味ありげな言葉をつづったりしてそれが面白いのだ」

僕としては霊視能力がある彼女がこっくりさんが答えていると言わないところが面白かったが、今はそれどころではない。

「それでは、その子は何かに憑りつかれて倒れたのではないのですか」

「うーん。興味本位でこの手のことをすると、下級な霊を招き寄せる懸念はあるが、ほとんどの場合は緊張しすぎて過呼吸で倒れたりしているのだろうな」

僕たちが話している様子を他の女子生徒たちは真剣な表情で聞いている。

「あの、あなた方は心霊関係に詳しいのですか。この子を元に戻したいのですけど」

グループのリーダー格らしい女子生徒がおずおずと山葉さんに尋ねる。

「彼女は陰陽師をしているんだよ」

僕が適当に端折った説明をすると、女子生徒たちの彼女を見る目が変わった。それは尊敬の眼差しのようだ。

「お願いです。英子を元に戻して下さい」

女子生徒たちに囲まれて、彼女は迷惑そうに頭をかいた。

「うーん、とりあえずやってみようか。悪目立ちしないように私たちの部屋まで運ぼう」

意識のない女子生徒はぐったりとしていて、周囲の生徒たちは手に余していたので、結局僕が背負って運んだ。

ついてきた女子生徒は3人ほどで、そのうちの一人はこっくりさんのシートをたたんで片手に持っている。

どやどやと入ってきた僕たちを見て、先に部屋に入っていたクラリンは目を丸くした。

「一体何が起きたの」

「この子の具合が悪くなったんだ」

背中に背負った女子生徒が重いので僕の説明は極めて簡潔になる。

「それは大変や、こっちに寝かし」

クラリンは和室の座卓を脇に押してスペースを作ろうとする。

「いやその前にちょっと座らせてみてくれ」

山葉さんに指示されるままに僕は背中に背負った女子生徒を座卓に座らせた。

僕の反対側からかがみこんだ彼女は女子生徒に何か力を込めたように見えた。

「ぐふっ」

せきこむような音と共に、女子生徒は目を開けた。

「英子ちゃん気が付いたのね」

「よかった。どうしようかと思った」

付き添ってきた女子生徒たちは寄ってたかって英子ちゃんと呼ばれた生徒を起き上がらせる。

「ほら英子ちゃんこの人が助けてくれたのよ。ちゃんとお礼を言って」

意識を取り戻したばかりで訳が分からない雰囲気のご本人は周囲に言われるままに山葉さんに向かって頭を下げる。

「どうもありがとうございました」

中学生たちはぼそぼそと礼を言った英子さんを両側から腕を抱え、さらにもう一人が背中を押すようにして、部屋から出ようとする。

「おばさんどうもありがとうございました」

最後に部屋を出ようとする女子生徒が残した一言が山葉さんを凝固させた。

まずい。

僕はササっと進み出るとその子の腕をつかんだ。

「え、何?」

僕の真剣な表情にその子が引くのがわかる。

「お姉さんと言い直すんだ」

僕の言葉を聞いてやっとその子は自分の失言を悟ったようだ。

「ありがとうお姉さん」

口調も砕けた雰囲気に直したその子は元気よく仲間の後を追って廊下に出て行った。

あとに残された僕たちの間を気まずい沈黙が支配する。

山葉さんはフウット大きな息を吐くと、何か得体のしれないオーラを放ちながらドアまで歩いていき、カチャッと開けて廊下に向かって叫んだ。

「もうこっくりさんなんてやるんじゃないぞ。今度やったら本当に意識を持っていかれても助けてやらないからな」

遠くの方からキャーッという叫び声と共にバタバタと逃げる足音が聞こえた。そしてその後に笑い声が続く。

「まったく、最近の中学生ってやつは」

山葉さんがブツブツとこぼすので、クラリンはまあまあと両手で押さえるポーズをする。

「中学生の頃ってあんなものですよ」

「言われてみればそうだな。それにしてもスマホのアプリやゲームがあふれている時代に、あんなつまんない遊びが廃れずに残っているものなのだな」

山葉さんは感慨深げに言う。どうやら気分を立て直したようだ。

僕はロビーまで戻って自分たちの荷物を回収してくると、山葉さんに彼女の荷物を渡してから男性用の部屋に向かった。

部屋に入ると雅俊はすでにお風呂に入ったらしく、ミネラルウオーターのボトルを片手にくつろいでいた。

「ウッチー、遅かったな。」

「シャトルバスが一便遅れたのが痛恨だったね。」

僕は荷物を置きながら答えた。

「午前中はどうなるかと思ったが午後に入ってからクラリンとウッチーも調子が出てきてよかったよ」

「心配かけてすいませんでした」

僕は殊勝に謝った。雅俊が指摘してくれなかったら午後の部でも間抜けな滑り方をし続けた可能性は否めない。

「でも、栗田助教授も喜んでいたよ。なんでも最近はスキーに同行してくれる友人がいなくなって寂しい思いをしていたらしくて、一緒に滑れる人間を育てたいらしい」

上級者にはそれゆえの悩みもあるようだ。

各自が温泉を堪能してから僕たちはホテルのレストランの一つに夕食を食べに行くことになった。

パッケージツアーには様々なプランが用意されている。僕たちが選んだのはアワビのステーキやタラバガニが含まれる日本海の味覚を中心にした和懐石コースだった。

別のプランではズワイガニも食べ放題のバイキングプランもある。

迷う僕たちを和懐石コースに導いたのは「バイキングもええけど、なんか落ち着かへんからな」というクラリンの一声だった。

僕たちが日本海の海の幸をあらかた味わったとき、ホテルの従業員に何か尋ねながら歩いているジャージ姿の女性が目に入った。

往々にしてスキーツアーに出かけるときはジャージの上下があると重宝する。

僕たちも部屋着用のジャージを着ていたのだが、その女性が来ていたのは修学旅行の中学生たちと似たようなデザインで色違いのものだ。

その女性は僕たちのテーブルまで来るとオズオズと尋ねた。

「すいません。私は修学旅行でここに宿泊している昭和島中学校の教師ですが、私どもの生徒が何かご迷惑をおかけしたように聞いたのでお詫びに伺ったのですが」

やはり中学校の先生で、こっくりさんで倒れた女子生徒の話をどこかで聞いてわざわざ僕たちの所にあいさつに来てくれたらしい。

「ご迷惑と言うほどのことはありませんでしたよ。どうぞお気になさらずに」

山葉さんは吟醸酒のグラスを片手に鷹揚に答えた。中学校の先生はほっとした表情を浮かべる。

「お食事中にすいませんが、よかったらその時の様子を聞かせていただけないでしょうか」

僕はおや?と怪訝に思う。

あいさつに来ただけなら食事中の相手にさらに尋ねたりしないはずだ。何か訳ありなのだろうか。

山葉さんも僕と同じように感じたらしく、グラスをテーブルに置いて聞いた。

「何か事情がおありなのですか」

中学校の先生は話そうか話すまいかと迷ったように口ごもったが、やがて腹を決めたように話し始めた。

「私は2年B組のクラス担任をしている谷岡と申します。あなた方の前で女子生徒が意識を失って助けていただいたと聞いたのですが、その子は以前いじめが原因で自殺未遂を起こした子なのです」

僕は夕方見た中学生たちの姿を思い出してみた。意識を失っていた女子生徒も、ほかの女子生徒と一緒に遊びに興じていたような気がした。

「彼女はその時、ほかの子と一緒にこっくりさんというオカルト系の遊びをしていたのです。私が見たところでは、彼女は緊張しすぎて過呼吸気味になって倒れたのではないかと思いますが」

山葉さんは見たままの状況を伝える。谷岡先生は言葉を選びながら話し始めた。

「それを聞いて少し安心しました。英子ちゃんはSNSを使ったウソ告白といういじめに遭い、それがきっかけで鬱状態になって自殺を図ったのです。幸いご両親が早期に発見したので大事には至りませんでした」

「そんないじめがあるのですか」

僕が尋ねると、谷岡先生は真剣な表情でうなずいた。

「SNSって、自分の手元のスマホで作った文章がダイレクトに相手に伝わったり、周囲に拡散するので、誹謗中傷を広めたり、ウソの告白をしてそのリアクションを皆で笑いものにしたりするいじめが流行っているのです。」

聞いていると気分が悪くなりそうな話だ。

「それで、何故私に話を聞きに来たのですか」

山葉さんは口直しをするように吟醸酒のグラスを口に運んでから言う。

「今日倒れた英子ちゃんと一緒にいた3人は、SNSいじめの時の被害者と加害者の関係なのです。あの子たちはあなたに一目置いているみたいなので差し支えなかったら部外者の方の目で見て、感じたところを教えていただきたいんです」

山葉さんは面白くなさそうに吟醸酒のグラスを口に運ぶ。仕方がないので僕が代わりに口を開いた。

「確かに、友達がつるんで一人をいじっているのと、精神的ないじめをしているところって一見区別付きにくいですよね」

「そうなんです」

谷岡さんは僕の言葉にすがるようにして、山葉さんの顔を覗き込んだ。

「つまんない話だ」

山葉さんがつぶやくと谷岡先生の表情が硬くなる。

「明日、機会があったらそれを確かめたらいいんですね」

山葉さんが言葉をつぐと、谷岡先生は身を乗り出した。

「お願いできるんですか」

「チャンスがあれば聞いてみるくらいなら引き受けてもいいです」

「よろしくお願いします」

谷岡先生は深々と頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る