座敷童の宿

第37話 ゼミ旅行の行方

一二月も中旬を迎えて大学は冬休みに入ろうとしていた。

キャンパスの銀杏の木は唐突に葉を落とし、通路は黄色い絨毯のようだ。枝だけになった梢越しに見る空は東京とは思えないほど青い。

僕は、アルバイトをするためにカフェ青葉に向かった。

地下鉄と小田急線を乗り継いで下北沢駅で降りると、僕は駅前の雑踏の中に見覚えのある男女が佇んでいるのに気がついた。

それは所属学部の先生である栗田准教授と同じ学科の先輩で修士課程二年生の西村さんだった。

「西村さん。栗田准教授。どこかにお出かけですか」

僕の声を聞いて、スマホをいじっていた西村さんが顔を上げた。僕の顔を見ると嬉しそうな表情が顔に広がる。

「内村君なんてタイミングがいいの。カフェ青葉に行く道がわからなくて困っていたのよ」

どうやら、彼女はスマホの地図とGPS機能で道を探そうとしていたようだ。

下北沢界隈は幅が狭くて見通しがきかないために慣れないうちは、道に迷う人が多い。

「僕に用事ならメールで呼び出してくれたら済むのに」

「それがね、栗田准教授は義理堅いから私用で呼び出すのは申し訳ないので自分から出向くって言うのよ」

西村さんはリスペクトした眼差しを栗田准教授に向けた。彼女は教育者としての栗田准教授に心酔しているのだ。

「いやそれだけでなくて、山葉さんにも話をしたいと思ってね」

栗田准教授は照れくさそうに付け加えた。

「私も、陰陽師さんに会ってみたいと思っていたから、一緒に来たの」

一緒に歩きながら、僕はそれとなく聞いてみた。

「西村さん就職はどんな具合ですか」

「私?チューリップ銀行に決まったわ」

「いいところですね。おめでとうございます」

彼女が就職するという銀行は都市銀行のいくつかが合併した大手銀行だ。その割に彼女は淡々としている。

「そうね。いいところなのよね。自分としては修士まで勉強した分野と全く関連の無い職種なのが不安ではあるの」

「気にしなくていいのですよ。あなたが学んできたことは評価されているはずです」

栗田准教授は穏やかに告げた。

僕が道案内をして青葉に着いてみると、山葉さんはカウンターの中にいた。僕のクラスメートのクラリンがウエイトレスをしている。

「いらっしゃいませ」

山葉さんが僕らに向けて華やかな笑顔を向けた。クラリンが仕込んだ営業スマイルだとわかっていても僕の心は和む。

カフェエプロンを付けて店の奥から出て来てみると、栗田准教授と西村さんはカウンターに座って山葉さんと話をしていた。

「ほう。それではゼミ旅行で座敷童の宿に行く話は学生達に賛同が得られなかったということですね」

「有り体に言えばそうなのです。今時の学生は自分の予定があって忙しいのですね」

栗田准教授は少し寂しそうに言った。

「ウッチー、そういう訳で、栗田准教授は個人旅行として座敷童の宿に行くつもりだけど、寂しいから私たちにも同行しろと誘いに来てくれたのだ」

山葉さんが僕に話を振った。話はわかりやすいが、もう少しオブラートにくるんだような表現は出来ないものだろうか。

僕はうなずいたものの、栗田准教授が気を悪していないかと気が気でない。

「いつか話されていた、ゼミ旅行で東北に行くときに僕たちも同行さてもらう件ですよね」

「うん。残念だがゼミ旅行は近場の温泉に夕方出かけて一泊し、翌朝には都内に帰ってくる予定だ。」

僕と栗田准教授は、文化人類学の研究のためのフィールドワークとして、一緒に四国の山葉さんの実家を訪ねたことがあった。

彼女の実家が継承するいざなぎ流陰陽師の伝統を研究するためだ。その折に、僕や山葉さんに霊感があることを知った助教授は一緒に座敷童の宿や恐山を訪ねようと持ちかけていたのだ。

「西村さんも同行するのですか」

何気なく聞いた僕は彼女に睨まれた。

「いいえ、私は友達とシンガポールに遊びに行く予定を先に入れていたので残念だけど一緒に行けないんです」

僕は地雷を踏んでしまったようだ。

この時期になると卒業予定の人の多くは就職も決まり、卒論も提出している。就職したら長期の休みは取りにくくなるからと、どこかに旅行に行くのがおきまりらしい。

どうやってフォローしようかと思っていると、クラリンが口をはさんだ。

「座敷童の宿、私も一緒に行っていいですか」

「もちろんいいですよ」

栗田准教授が嬉しそうに答えた。

「ヒガシも一緒に行くかな」

僕が尋ねるとクラリンは首を振った。

「ううん。あいつはバイク買いたいからアルバイトを増やすって言っていたし、留守中のここのアルバイトをしてもらう」

どうやら、彼女はカフェ青葉のアルバイトのシフトまで考えていたらしい。

「私も後学のために同行させて下さい」

山葉さんが言った。

山葉さんが行くなら僕は何が何でも一緒に行きたい。結局僕と山葉さん、そしてクラリンが同行することで話が決まり、宿が確保できたら東北に向けて出発することになった。

数日後、僕たちは朝早くに集合して栗田准教授のミニバンに乗り合わせて東京を後にした。

首都高速は混雑するからと栗田准教授自らがステアリングを握り、僕はナビゲーターシートに座った。

後ろの方では山葉さんとクラリンがシートをリクライニングさせて寛いでいる。

「ガソリン代とか高速代を割り勘にしなくていいんですか」

「いいんだよ。新幹線で行けば早いのだが、君たちの交通費の負担が大きくなるから自分の車にしたんだ」

交通費を心配した僕の質問に、栗田准教授はやんわりと答えた。

「座敷童の宿に行くのは先生にとってどんな意味があるのですか」

僕は気になっていたことを聞いてみた。夏に旅行した時に聞いた、超常現象も否定しない栗田准教授の考え方に惹かれていたからだ。

「それはね。君たちが座敷童の存在を関知できるかどうかで、その伝承が霊感のある人間が関知した何かの存在に基づいて出来たのか、それとも全く何もないところから発生したかがわかると思ったからだよ」

僕はきょとんとして助教授を見つめていた。

「要するに僕が理論を考えるときの初期条件が全く違ってくるということだ」

「それってすごく大事なことではありませんか」

「そうだよ。だから君達を連れて行きたかったんだ」

栗田准教授はミニバンを加速させると追い越し車線に出た。川口市を経由して東北自動車道に入るルートで夕方までには目的地に着くはずだ。

栗田准教授は、鼻歌交じりにステアリング握っているが、超常現象を解明しようと熱意を持って取り組んでいることが感じられる。

東北自動車道を数時間走って福島県に入ったところで僕たちは昼食を取ることにした。

サービスエリアのレストランでわっぱ飯とそばがセットになった定食を食べていた山葉さんは僕が食べていたしょうゆテイストチキンカツに目移りしたようだった。

「ウッチー私のわっぱ飯の鳥の照り焼きとチキンカツをトレードしないか」

「えー、いやですよ。チキンカツの方が一切れが大きいじゃないですか」

僕は難色を示したが彼女は引かない。

「そう言うな、旅先ではいろいろなものを食べた方が得なのだよ」

彼女は、有無を言わさず僕のチキンカツを強奪すると代わりに照り焼きをよこした。

仕方なくそれを食べた僕は、鳥の照り焼きが意外とおいしいことに気がついた。

「ほら見ろ。おいしいだろ」

僕の様子を見ていた山葉さんはどや顔で勝ち誇った。

「あんたたち、貧乏姉弟のおかずの奪い合いみたいな事は止めなさい。」

横で見ていたらしいクラリンはあきれて僕らを諫めたが、栗田准教授は笑いをこらえている。

「今夜の作戦ですが」

少し落ち着いたところで、栗田准教授が切り出した。

「部屋は二部屋押さえてあるので男女で別部屋にしますが、それぞれの部屋の床の間辺りをビデオで録画しながら就寝しましょう」

「それだけですか」

クラリンが聞くと准教授はうなずいた。

「それだけ。旅を楽しみつつ、何か気配を感じたら私に教えてください」

高速を降りてからは再び栗田准教授が運転した。周囲の道路は圧雪に覆われている。

「先生こんな雪の上で良く運転できますね」

「スタッドレスに替えてきたから平気だよ。この辺の人から見たら東京の人が雪に弱すぎるんだよ」

僕はそんなものなのかと思いながら圧雪上を躊躇なく走り回る地元の車を見て感心した。

一二月の日暮れは早いが、僕らはどうにか日があるうちに目的の宿青風荘に着いた。

僕たちは宿の女将さんの案内で、最初に座敷童の部屋と呼ばれている小部屋を見せてもらった。二畳ほどの小部屋の奥の壁一面に所狭しと女の子の人形が並べられている。

「この人形はどういう意味があるんですか」

僕の質問に女将さんは、にっこりと微笑んで答えた。

「座敷童に会おうとして泊まりに来たお客さんが置いて行ったんですよ」

沢山の人形がこちらを向いている様子は何となく不気味だった。

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