第35話 2人目の幽霊
僕と山葉さんはリビングルームの今井家の人々が並んで座っている辺りに近寄った。
「あの」
僕が声をかけると、男性は心なしかビクッと動いたようだ。がっしりした体格で、マッシュルームみたいな個性的なヘアスタイルをしている。
「あなたは今井家の人ではありませんよね」
僕が続けて問いかけると、男性はいきなり立ち上がった。
僕と山葉さんが思わず動きを止めていると、その間に彼はこちらを振り返りもせずにスタスタと別室に向けて歩いていった。
「何だったんですか今のは」
僕が聞くと、山葉さんも考え込んでいた。
「生前から人とのコミュニケーションに問題があるタイプだったのではないかな」
とりあえず、僕たちは彼の後を追った。何気なく振り返ってみると、リビングルームでは今井家の家族三人と後藤さんが座った姿勢のままで凝固していた。
隣室の様子は様変わりしていた。部屋を訪ねた時には開け放したドアから寝室が見えていたが、そこは趣味の良いシンプルなインテリアでまとめられていた。
しかし、今は壁一面にグループアイドルの写真が貼ってあり。床には雑誌やCDに混じって飲みかけのペットボトルまで転がっている。
「彼が生前に暮らしていたときの様子が再現されているようだな」
山葉さんがつぶやいたが、何となく部屋に足を踏み入れるのを躊躇しているようだ。
僕が先に立って部屋に入ると、奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
「来るな。おまえ達はさっきの人みたいに俺のことを消すつもりだろう」
先程の男性は、部屋の奥のベッドの上に立って壁を背にしていた。足元のベッドにはよれよれのブランケットの他に雑誌とカップ麺の容器が散乱している。
「あなたは間嶋さんですよね。あなたはもう亡なっているのです。いつまでもここに居てはいけないのですよ」
僕が説得しようとすると彼はいきり立った。
「うるさいな、それぐらいわかっているよ。だが俺の場合、家族が死体を引き取りに来た時もこの部屋から出られないままだったのだ。このままこの部屋にいろという神の意志ではないのか」
そういえば、先ほどの田辺さんも部屋から出られなかったと言っていたのを思い出した。
「それは神の意志などではありません。別の原因があるようなので私たちが部屋からでるお手伝いをしましょう」
山葉さんが足元のゴミを避けながら部屋に入って説得し始めた。僕も足を降ろすスペースがないため、足でごみをどけてスペースを作りながら部屋の中程まで進出した。
「神道では亡くなった人は神になってその家を見守っていくのだろう。僕がこの家の奥さんの生活とか子供の成長を見守ってやるからそれでいいじゃないか」
山葉さんがげんなりした表情で黙り込んだ。
僕は今井さんが人の気配や、誰かに見られている感じがすると言っていたことを思い出した。
「あのね。赤の他人に見守られたらいろいろと具合が悪いでしょ。ちゃんと来世に送ってもらいなさい」
僕が説得しながらさらに一歩踏み出すと、彼は足元に落ちていた金属の円筒を拾い上げた。
彼が手に持つと、ブンという音と共に赤い光がほとばしり出た。SF映画などで見かけるレーザー光線の刀のようだ。
「こうなったら、戦ってやる。そう簡単に消されるものか」
彼は短絡的な思考の持ち主のようだった。
レーザー光線の刀の威力がわからないので僕が対処に困っていると、山葉さんが金属製の円筒を放り投げてきた。
「ウッチー、それを使え」
僕が空中で受け取って手に持つと円筒はブンと音を発して緑色の光を発振した。
先端をのぞき込もうとしていた僕は危うく自分の頭を串刺しにしてしまうところだった。
何故そのような物を山葉さんが持っているのかと思い、僕が彼女を振り返ろうとしたとき、間嶋さんが赤いレーザーの刀で僕に斬りかかってきた。
「ちょ、ちょっと待って」
僕は慌てて、自分の刀で彼の刃を受け止めた。
そもそも、レーザー光をレーザー光で受け止める発想自体無理があるのだが、霊が支配する時空の中では彼の思いどおりに機能しているようだ。
もっともその辺の理屈は、彼に聞けば実はレーザーではなくてプラズマだとか、封じ込めるための磁場の反発があるとかそれらしい理論を展開してくれるにちがいない。
打ち込んできた彼を押し返してレーザー刀をかまえなおしたが、足元には雑多なゴミが散らばっていて足場が悪い。
「ウッチー気をつけろ、ここで切られたら現実の体も被害を受けると思った方がいい」
もともと油断していたわけではないが山葉さんの声を聞いて僕の気分は引き締まった。
しかし、間嶋さんの刀は妙に動きが速かった。ピロピロと動く剣先に翻弄され、打ち込んでくる刃先を受け止めるだけで精一杯だ。
だが、何回かレーザー刀を交えるうちに、僕は彼の戦法の欠陥が見えてきた。
彼のレーザー刀の動きが速いのは、手首で振り回しているためだとわかったのだ。
そのため、動きが速くても力はこもっていない。
次に間嶋さんが打ち込んで来た時、僕は下から力を込めてはじき返した。
彼のレーザー刀は天井にぶつかってから床に落ちてきた。レーザーの発振が止まった金属の筒は飲み残しの入った清涼飲料水のペットボトルの横でくるくる回っていた。
スイッチを見つけて自分のレーザー刀の発信を止めながら僕が近寄ると、間嶋さんは自分の現状を思い出した様子で、うなだれたままだった。
「なあ、来世に送るとか言っていたが、そこではまた赤ん坊からスタートして新しい人生を生きるって事なのか」
間嶋さんは少し前向きに考え始めたように見えたので、山葉さんの方を見ると彼女はうなずいて言った。
「そうです。輪廻といって、もう一度人生を生きることが出来るのですよ」
すると彼は答えた。
「頼むからそれは止めてくれ。俺はこの世界でもう一度、生き直すなんてまっぴらだ」
「どうしてそんなことを言うのですか」
一旦納得した様に見えた彼の言動にぼくは混乱した。山葉さんの方を見ると彼女も困惑した様子だ。
「そもそも、何故あなたはベランダから落ちたりしたのですか」
僕は間嶋さんに重ねて聞いてみた。もしかしたら、彼の死因は自殺だったのかもしれないと思ったのだ。
「ああ、それは真下の階に住んでいる美人のOLの部屋を覗こうとして誤って落ちたんだよ」
僕の頭には様々な疑問がわき起こった。
「なんで、下の階の住人が美人のOLだと知っていたのですか」
間嶋さんは得意げにしゃべり始めた。
「学校に行くときによく見かけるOL風の美人がいたんだよ、ある日駅から後を付けてみたら自分と同じ棟に入っていったので、どの部屋か確認したんだ」
「確認するってどうするんです」
「目的の人が建物に入った後で、どの部屋に電気がつくかで住んでいる部屋がわかるんだ。
自分の部屋の真下だとわかった時は嬉しかったな」
「部屋を特定して覗き見しょうとして転落したのですね」
「そうさ」
彼はにやりと笑った。僕は気分が落ち込んできた。山葉さんも同様のようだ。
「この世界に生まれ変わりたくないってどうしてなんですか」
彼はそんなこともわからないのかと言いたげに両手を広げた。
「両親は不仲で子供など顧見ないし、学校の教師には学業の成績が悪いと馬鹿にされる、風采が上がらないせいで同級生にもいじめられるし、あんたみたいなイケメンではないから女の子にももてない。どうやったらもう一回やり直したいと思うんだ」
「でも、ここにいても仕方がないでしょう」
彼は首を振った。どうやらここが気に入っているようだ。
「そうだな、どうせ来世とかに行けるなら、いっそのこと他の世界に行けないものかな。剣と魔法が支配する世界で美女を沢山侍らせてハーレム作ったり出来ないかな」
僕は会話に疲れてげんなりしてきたが、山葉さんも同様の様子だ。
「もしも違う世界に行けたとしても、この世界の輪廻には二度と戻って来られないかもしれませんよ。それでもいいのですか」
山葉さんの言葉を聞いて僕は驚いた。本気で別の世界に送ろうなどと考えているのだろうか。
「望むところですよ」
彼はニッと笑い茶色い前歯が口元から除く。
山葉さんは足元のゴミを足でどけてスペースを作ると、僕の横に来ると耳元でひそひそと囁いた。
「彼の望みの世界観を私にレクチャーしてくれ」
僕も同様にひそひそと答えた。
「本当に異世界に送るつもりですか」
「ああ、仕方がないから望み通りにしてやろう」
仕方がないので、僕はファンタジー世界のお約束をかいつまんで山葉さんに伝えた。
「ふーん。それでは、ウッチーが時々やっているスマホのゲームの世界観みたいな感じでいいのだな。」
「山葉さんが何故僕のやっているゲームを知っているのですか。」
「休憩時間とかにヘッドホーン付けてやっているけど結構音漏れしているから気になって覗いていたのだ。」
「覗き見はやめてくださいよ」
その時、間嶋さんが僕たちの話に割って入った。
「痴話げんかはいいから、僕をそのスマホゲーム風の異世界に送って下さいよ。」
僕たちは顔を見合わせた。
「間嶋さん。本当に、あなたを異世界に送っていいんですね」
間嶋さんはうなずいた。
「もしそんな世界が存在しなかったら、あなたは行き場が無くてここに戻ってくるはずですから、しばらく私にあなたの魂をゆだねて下さい」
彼の部屋は足場が悪すぎるので僕たちはリビングルームに戻っていざなぎ流の祈祷を再開した。
間嶋さんは次第に元の姿を失い、田辺さんの時と同様に、青白く光る人魂のような姿になっていった。
そして間嶋さんが姿を変えた青白い光も山葉さんが御幣を振るのと同時にその姿を消していた。
僕はリビングに繋がる別室を振り返ってみた、そこに見えたのは趣味の良いインテリアの寝室で、床にゴミが散らばった間嶋さんが生活していた痕跡は消え失せている。
「うまくいったのですか山葉さん」
「戻って来ないところを見ると、ここではない何処かに行けたのは確かだな」
彼女は大きくため息をついた。どうやら間嶋さんは苦手なタイプだったらしい。
僕はふと思い出して聞いてみた。
「山葉さんさっきのレーザー刀どこから出したのですか」
「ああ、あれは私が普段使っているLEDのペンライトだ。さっきは間嶋さんの意思が周辺に影響を及ぼしていたから。彼が同種の武器だと思えば同じような機能を発揮すると思ったのだ。ウッチーもそのシチュエーションに順応してチャンバラするから器用な奴だ」
僕は慌ててポケットを探ってみた。出てきたのは彼女が言ったとおりのありきたりなペンライトだった。
「私がレーザー刀だと言って渡せばそのまま信じてくれるのはうれしい限りだ」
彼女はそう言うとクスッと笑い、僕は自分の顔が赤くなるのを意識した。
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