第9話 死霊が思い残すこと

コスプレショップ店内にはアニメや作品毎にコーナーが設けられており、ハンガーにかかった衣装が並んでいた。

アニメキャラの衣装コーナーなどはコスプレイヤーが手作りした中古買取り品が主なはずなのに大量生産の既製品の売り場のように同じデザインの衣装が並ぶ。

僕は山葉さんにコスプレしてもらうとすれば何が似合うのだろうかと、ファンタジー系アニメのキャラクターをあれこれと思い浮かべていた。

「どうした?私に着せたい衣装でもあったのか」

僕の妄想を山葉さんの声が破り、僕は慌てて言った。

「ありませんよ。こっちの隅の方に職業コスプレのコーナーも少し在庫があるようです」

それは人気のアニメキャラが作品中で職業コスプレした場面を再現するためのものかもしれないが、とりあえず目的の品物があればそれで十分だ。

「このデザインなんかどうだろう」

山葉さんが指さしたのは生地の色が淡いピンク系のユニフォームで僕の記憶のデザインとは少し違う。

「それよりも、こっちのデザインのほうが似ていると思いますよ」

僕が渡した服を裏表確かめながら彼女は店員に尋ねた。

「すいません。これ試着したいんですが」

「どうぞ。こちらの奥に試着室があります」

店員は不愛想に試着室を指さした。

僕は彼女に渡されたトートバッグを持って試着室の前で待った。中からはごそごそと彼女が着替える音が聞こえる。

彼女が試着した姿を見ると、それは佳枝さんが着用していた看護師のユニフォームに似ていると思えた。

同時に普段と違う雰囲気の彼女を見ると僕はなんだかドキドキして目をそらしてしまう。

彼女はどうにか衣装を購入出来たので意気揚々と引き上げ、僕は池袋駅まで彼女と並んで歩いた。

歩きながら僕は彼女に尋ねる。

「その衣装を使って、何を企んでいるのですか?」

山葉さんは、看護師のユニフォームタイプの衣装が入った紙袋を見ながら答える。

「佳枝さんの夢を見てうなされているのはおそらく達也氏の方だ。後ろめたいことがあるから潜在意識がそのような夢を見させるのだ。それで、息子の話に見せかけてお祓いをしたに違いない」

先に歩いている山葉さんはスリムシルエットのジーンズに白のコットンシャツを着ている。

「コスプレしたくらいで、達也さんが佳枝さんだと思いこんでくれるでしょうか」

「佳枝さんになりすまして詰問するわけではない、彼を動揺させて保険金に関する発言を引き出すことができれば阿部先生の支援を受ける方向に持っていけると思う。それができれば十分なのだ。」

彼女の作戦の詳細は分からないがそれなりに方法は考えている様子だ。

「それなら、なんとかなるかもしれませんね。」

僕が同意したことで彼女は機嫌をよくした。

「後は、ビデオで見たとき彼女がどんなヘアースタイルだったか憶えているか」

「ひっつめた感じにまとめていました。」

見たと言っても画像記録からは消えていたので、僕の記憶の中にしかない話だ。

「こんな感じかな」

自分の髪をまとめてみせる彼女に僕はうなずいて見せる。

やがて、僕たちは池袋駅の東口に着いた。

僕は遅くなったので彼女を店まで送るつもりだった。

「カフェ青葉まで送っていきましょうか?」

「君の家とは逆方向なのだから時間の無駄だ、もう帰っていいよ。買い物につきあってくれてありがとう。」

彼女はそう言うと、山手線のホームへと歩き、僕はその姿が見えなくなるまで見送った。

翌日、僕は夕方になってからカフェ青葉に出かけた。

最近は梅雨時のように雨の日が多く、僕は少しだけ距離が近い東北沢の駅から歩いた。

僕がカフェ青葉の店内に入ると、そこには既に中西親子が来ており、別のテーブルに阿部先生の姿も見える。

昨日、拓也君が父親の達也さんに話をした結果、早速出かけてきたようだ。

エプロンを着けてカウンターの後ろに行くと、山葉さんが僕に耳打ちした。

「もう一度お祓いをすることになった。「いざなぎの間」に入ってもらうが、その時に電源を落とす。非常灯だけの明るさの中で私が例のコスプレで現れて達也氏にかまを掛けてみるよ」

「僕は山葉さんが出てくるまで間を持たせたらいいのですね」

「そんなところだ」

考えようによっては性質の悪いいたずらという見方もできるので、達也氏が怒り出した場合が心配ではあった。

「これを二人に出してくれ」

彼女が示したものを見ると、トレイにカフェラテが準備されている。

僕は早速二人のテーブルまで持って行った。

「いらっしゃいませ」

「ありがとう。息子がまだいやな夢を見るようなのでまた来させてもらったよ」

「そうですか。今準備をしていると思いますのでもうしばらくお待ち下さい」

僕が拓也君を見ると彼はうなずいて見せた。

空いたトレイを持って戻る僕の背後で達也さんがラテアートに気がついたようだった。

「タヌキの絵が描いてある。どうやったらこんなことができるのかな」

「ラテアートって言うらしいよ」

中学生は難しい年頃なのだが、二人の会話を聞くと、親子の仲はいいようだ。

カウンターに戻ってくると、細川さんと山葉さんが待ち構えていた。

「これから私が準備にはいるから、五分たったら二人をいざなぎの間に案内してくれ。案内してから二分後に細川さんがあの部屋のブレーカーを落としてくれる」

二人で段取りを詰めてあったらしい。

「山葉さんが入ってきたら僕はどうしたらいいですか」

「念のためその場で待機してくれ」

彼女が裏に引っ込んだところで僕はビデオの録画スイッチを入れ、おもむろに中西親子を呼びに行く。

僕は中西親子をバックヤードに通じるドアから「いざなぎの間」に案内した。

「今、陰陽師が準備していますからこちらに座ってお待ち下さい」

二人を座布団に座らせて、部屋の電源が落とされるのを待っていると、僕は頭を殴られたような強い衝撃を感じた。

一瞬意識が薄れそうになったものの、どうにか周囲の状況がわかるようになった時、僕の目の前に看護師姿の女性が立っていた。

山葉さんだと思った僕は段取りと違うと文句を言おうと思ったが、それは彼女ではなかった。

顔立ちや服装、そして状況を考えると佳枝さんの霊としか思えない。

僕と同様に意識を失っていた達也さんは意識を取り戻すと女性の姿に気がついた。

「佳枝、佳枝なのか」

彼にも佳枝さんの姿が見えているらしく、立ち上がった達也さんはその女性と対峙した。

「私を殺しに来たのか。夢の中で首を絞めて殺そうとするように」

「それは、あなたが勝手にうなされているだけよ。私はそんなことをした憶えはない」

達也さんは佳枝さんの言葉を考えている様子だったが、やがて言った。

「そうなのか。君には悪いことをしたと思っている。あんなに早く逝ってしまうなら、拓也と会わさないなどと意固地なことをするべきではなかったと」

「年月がたつと人間も変わるものね。あなたの口からそんな言葉が聞けるとは思わなかった」

佳枝さんの声は肉声ではなく頭に直接響く。

「今の奥さんは綾子さんと聞いたわ。あの女はどうしたの」

「事が大きくなってやりづらくなったのだろうな。しばらくして姿を消したよ。結局、私は何もかも失っただけだった」

達也さんは俯いて首を振った。達也さんも苦悩していたことを窺わせる表情で僕は彼に対する認識が間違っていたのかと考える。

その時佳枝さんの霊は両手を達也さんの首へ延ばしてゆっくりと彼の首を絞め始めた。

「あなたは拓也を自分のものにしたでしょう。それに、後悔している割には未だに行いが良くないようね」

佳枝さんの指は達也さんの首にきつく食い込み、彼は苦しそうに表情をゆがめる。

「やめてお母さん。お父さんを殺さないで」

拓也君の声が部屋に響き、佳枝さんは拓也君の存在に気が付いたようだった。

佳江さんの両手の力が緩んだ瞬間にバサバサと何かが彼女にまとわりついていた。

それは、山葉さんが作る式王子だった。普通の神社で使う小さな人型の紙切れや御幣と違い、いざなぎ流の式神や式王子は凝った作りで顔も付いている。

無数の式王子は佳枝さんの体に巻き付いていくが、彼女はそれをものともしないで拓哉君に接近して行き、拓也君の顔が恐怖に歪んだ。

しかし、佳枝さんは拓哉君の傍に辿り着くと包み込むようにやさしく抱擁していた。

「こんなに大きくなって。もう一度こうして抱きしめてあげたかった」

彼女が満足そうにつぶやいた時、まばゆい閃光が周囲を満たした。

聞き覚えのある、いざなぎ流の祭文を詠唱する声。いつの間にか山葉さんがいざなぎ流の祭文を唱えている。

佳枝さんに巻き付いた式神たちはさらに力を増して彼女の自由を奪っていく。

やがて、佳枝さんはその姿を失い、青白い光の塊となって山葉さんの前に引き寄せられていった。

気がつくと僕は山葉さんに抱えられ、顔を平手打ちされていた。.

「しっかりしろウッチー」

周囲では中西さん親子も倒れているが佳枝さんの姿は見あたらない。

「強い衝撃を受けたと思ったら、本物の佳枝さんが現れて達也さんと話をしていたのです」

何かおかしな現象が起きたようだった。僕の主観では少なくとも二十分は経過しているはずだ。

その時、達也さんが意識を取り戻した。山葉さんの姿を認めて目をしばたいている。

「山葉さん。さっきのはあなたが佳枝になりすましていたのか。いやそんなはずはないあれは確かに佳枝だった。それにあなたは最後に巫女姿で現れて佳枝の霊をお祓いしてくれたと思ったが」

「その通りです。彼女はきっと内村君の力を使って死後もこの世に執着する原因となった思いを果たしたのです」

そこで彼女はため息をついた。

「佳枝さんの望みがあなたを殺すことではなく、拓也君をもう一度抱きしめたいというものだったので良かった」

達也さんの顔が青ざめた。

「おそらく、まだ幼い拓也君に再会することもできずに亡くなったために、心残りが彼女の霊を拓也君に縛り付けていたのです」

山葉さんはゆっくりと僕の上体を起こしながら話を続けた。

「しかし、拓也君は霊感が強くないので取り憑いた佳枝さんも拓也君と意思疎通もできなければ彼の状況すら知ることができない。そこに霊感が強い内村君が現れたのでこれ幸いと、彼に取り憑いて、内村君の持つ能力を使って自分の目的を果たしたのでしょう」

僕は悄然として先ほどの出来事を思い出した。

「私が油断していた。すまない」

山葉さんが真顔で僕に頭を下げた。

「僕は本当のお母さんに逢えた気がして良かったよ」

拓也君がつぶやいた。

山葉さんは達也さんに告げた。

「あなたが女性関係でトラブルに巻き込まれているらしいことを拓也君が気付いて私達に相談してくれました。打ち明けてくれますね」

「わかりました。よろしくお願いします。」

達也さんはばつの悪そうな顔をしていたものの、山葉さんに頭を下げて依頼した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る