第8話 コスプレの勧め

「ほう、自分が聞かされたものと違う話をしていると考えているという事かな」

拓也君は俯いていたがやがてゆっくりとうなずいた。

結局、拓也君には店が暇になる時間帯まで待ってもらうことになり。その上で山葉さんと僕は拓也君の話を聞くことになった。

モーニングサービスの時間帯が終わり、スタッフの手が空くと、細川さんにお店を頼み僕と山葉さんは拓也君と一緒に店のテーブル席に座った。

改めて自己紹介でもしようかというタイミングの時に拓哉君はカフェラテのカップを覗いて歓声を上げた。

「わあ、猫だ」

「ラテアートと言うのだ」

山葉さんが機嫌よく説明する。新作ラテアート、「カップの縁に前足をかけて微笑む猫」のようだ。

「僕には作ってくれないのですか」

僕が少なからずむくれて問いかけると、彼女は僕に冷たい目を向けて答える。

「ウッチーは何を作っても黙って飲むだけだろ。拓也君みたいに感想の一つも聞かせてほしいものだな」

「だって山葉さん、持ってきた後は知らん顔して別の用事を始めるから声がかけにくいじゃないですか」

僕はむきになって彼女に抗議するが、山葉さんは僕の抗議など歯牙にもかけない。

「そういうときは追っかけてきてでも感想を述べるのが礼儀だ」

彼女の言い分は理不尽だが、僕は返す言葉がなく引き下がった。

「仲がいいんですね」

拓也君がカフェラテを飲みながら漏らした言葉を聞いて。山葉さんは咳払いをして本題に戻った。

「彼は内村君と言って私の助手だ」

拓也君は僕の顔を見てうなずくと話を始めた。

「お父さんの様子が変なんです。昨日ここに来た時も僕が母親の夢を見てうなされていると言ったみたいだけど、僕はそんなことを言った憶えはないし」

「様子が変というとそれ以外にも何かあるのだね」

山葉さんは、自分用のブラックコーヒーを飲みながら尋ねた。

「最近、柄の悪そうな人が尋ねてくることがよくあるんです。隠れてこっそり話を聞いていたら、どうもお父さんがその人の伯父さんに何かしたらしくて」

「相手の人は何て言っていたか憶えているかな。」

今度は僕が聞いた。

「うちの伯父貴のこれに手を出してくれたなとか、そんなことを言っていました。」

山葉さんと僕は顔を見合わせた。

「それで、お父さんが妻の保険金で支払うって言っているから心配になったのです。」

「お父さんは再婚しているんだよね。」

山葉さんがあっさりと聞いた。

「僕が小学校に入る前に今のお母さんと結婚したんです。小学生の妹と弟もいます。」

「お母さんの名前はなんて言うのかな。」

僕が聞くのを山葉さんが眉間にしわを寄せて見ている。

僕は何か余計なことを言ったのだろうかと気がかりに思うが拓也君は素直に答えた。

「綾子です。」

彼の言葉を聞いて、夢の中で手を引いていた拓也君は二才ぐらいだったことを思い出した。小学校入学前なら六才前後でタイムラグがある。

「本当のお母さんじゃないけど、すごく優しいのです。まさかと思うけど、お母さんを殺して保険金でお金を払うつもりじゃないかと心配なのです」

山葉さんはクスッと笑った。

「お父さんはお医者さんだよね。大人は内緒で悪いことをしているとそれをネタに強請られたりすることもあるんだよ」

「ふーん。そうなんだ」

山葉さんはかみ砕いた雰囲気で説明するがそれでも拓也君が理解しているか微妙な雰囲気だ。

「要するに、今のお母さんに知られないようになんとかしようとするから余計に相手の思うつぼにはまる。でも、そのためにお母さんを殺して保険金を使うようなことはしないと思うから大丈夫だよ」

 拓也君は差し当たって自分の家で保険金殺人事件は起きそうにないと理解して安心した様子だった。

「僕はこれからどうしたらいいんでしょうか」

「都合の付く時でいいから、もう一度お父さんと一緒に来てくれるかな」

拓也君の表情が明るくなった。

「相談に乗ってくれるのですか」

「話を聞いてしまったからね。それから本当のお母さんの名前も教えてほしいな」

 拓也君は少し考えてから返事をした。

「佳枝です。もともと看護師をしていたと聞いたことがあります」

「ありがとうこれは私の名は山葉だ」

「ありがとうございました。また連絡します」

拓也君は礼を言って店を後にした。残された僕達はそれぞれに考え込んでいた。

「どうするんですか。たちの悪い人達に強請られているみたいですよ」

「ここの常連さんに弁護士の先生がいて、ちょうど今来られているから話を聞いてみよう」

山葉さんはテーブルの上を手早く片付けてカウンターの方へと歩いていく。僕は慌てて追いかけた。

「いらっしゃいませ、阿部先生」

「ありがとう山ちゃんその節はお世話になったね」

弁護士の阿部先生は一見すると眼鏡をかけた少しくたびれた雰囲気の小柄な中年のおじさんだった。

「今も紙の短冊みたいなのを使ってお祓いをしているのかい」

「式神と式王子ですよ先生。最近お客が増えたので助手を雇ったくらいです」

僕は慌てて会釈をした。

「そうか、商売繁盛でけっこうだね」

先生は気さくに会釈を返すと、山葉さんに視線を戻した。

「先生実は、お祓いでは厄介払いできない連中に取り付かれているお客さんがいるんですけど」

「やっぱりその手の話か。法律相談は三十分五千円で承りますよ」

言葉と裏腹に先生はうれしそうだ。

山葉さんは中西達也氏の窮状を話して聞かせた。

「最初の奥さんと別れたのもおおかた似たような原因じゃないのかな、だとすれば懲りない人だね」

あまり同情してない様子で阿部先生は達也氏を切って捨てる。

「裁判とかになったら中西さんは不利ですか」

「裁判以前にその人が警察に恐喝の被害届を出す所まで腹をくくれるかどうかだね。そうなったら当然警察にも根掘り葉掘り聞かれたくないことも聞かれるわけだから」

「でも被害届を出したらこちらが有利なのですね」

「相手方も警察が絡んできたらまず手を引くはずだ。連中が裁判で頑張っても何の得にもならないからね。裁判に持ち込む代わりに確約書とかを取って示談に持って行く手もある」

どうやらその辺が落としどころのようだ。

「中西さんから依頼が来たら先生に引き受けていただけますか」

本気で渡すつもりかわらないが山葉さんは五千円札を手に持って先生に渡そうとしている。

阿部先生は手を振って言う。

「まだ三十分たってないからそれは貸しにしておくよ。女好きの院長先生から依頼が来たらチャラだ。まいど」

先生はカウンターのスツールからひょいと飛び降りた。

「今度その院長先生を呼びつけるのだろ。時間が空いていたら様子見に来るから連絡してくれ」

細川さんに伝票を渡してコーヒー代を支払うと阿部先生は片手を上げて帰って行った。

「いろいろな人が来るんですね」

「阿部先生は、国選弁護人もやっている。時々仕事がらみで験が悪いからといってお祓いに来るんだ」

「なんで?」

 僕には国選弁護人とお祓いを受けに来ることの因果関係が全く分からない。

「聞くな。どうしようもない人の弁護を引き受けたら験が悪い話にもなるんだ」

結局よくわからなかったが、僕はそれ以上聞かないことにした。

「それは良いとして、保険金の話は一体何だったんですか。山葉さんは否定していたけど今の奥さんを殺して保険金をもらう可能性もあるかもしれない」

山葉さんはちらりと僕の方を見てから答えた。

「保険金はおそらく受け取った後だ」

「え、どうやってもらえたというのですか」

「拓也君の実の母、佳枝さんが亡くなったときに、自分の死亡保険金の受取人を拓也君にしていたのではないか。そうだとしたら、達也氏が後見人として管理していても不思議ではない」

「病院の経理とは関係なく自分が握っているお金があるから強請られたときに、こっそりそのお金を使おうとしたんですね」

僕は達也氏の顔を思い出して何だかむかついていた。

「事が収まってから使った金額を補填するつもりなのか、それともばっくれて知らぬ顔をするつもりなのかは定かでないが、あまり褒められた話ではないな」

「今度あの親子が来たときに、どうやって達也さんを説き伏せるつもりですか。そんなに簡単に自分の非を認めたりしないかもしれませんよ」

僕は心配になっていた。僕が見た夢の中でも彼は何か狡猾な手を使って佳枝さんを陥れていたような気がする。

彼女はしばらく考えてから答えた。

「準備したい物があるから、店が終わったら一緒に買い物につきあってくれないか。池袋に行ってみようと思うのだ」

「うちのお店が終わってからでは、開いている店がないのでは」

「多分大丈夫だよ。あの辺は終夜営業みたいなものだ」

僕は何を買うつもりなのか気になったが、結局聞けなかった。ランチタイムの準備をする時刻になっていたからだ。

夕方、僕と山葉さんは連れ立って出かけることになった。

細川さんは自宅に帰るので自分の車で送って行くと言ってくれたが、山葉さんは方向が違うからと断った。

下北沢駅から小田急線に乗ると山葉さんは、のほほんとした雰囲気でつぶやいた、

「OL時代は電車で通勤するのが大嫌いだったけど。たまに乗るといいものだ」

「普段は電車で出かけたりしないのですか」

 僕は彼女の日常がどんなものか興味を感じて尋ねた。

「私の場合、職場がイコール住居だから個人的な買い物以外は外に出かける必要がないし、細川さんの車でコーヒー豆の仕入れに出かけるときについでに自分の買い物も済ませてしまうことが多いから」

「仕事中に私用の買い物をしてもいいんですか」

山葉さんの発言は普通の会社勤務なら絶対にアウトと思えたが、彼女は平然とした表情で答える。

「それは、細川さんがついでに買い物に行って来いと言ってくれているから大丈夫」

「そうなんですね」

 カフェ勤務で拘束時間が長いため、細川さんが気を遣っていることは十分考えられた。

山葉さんは新宿駅で山手線に乗り換えると池袋駅で降りた。彼女は東口からスマホに表示された店舗情報を頼りにショップに行くつもりのようだ。

彼女が見ているスマホの表示を覗いた僕は思わず言ってしまった。

「コスプレショップで何を買うつもりなのですか」

彼女はスマホから目を上げると悪びれない表情で言う。

「ウッチーの目撃証言を聞いた感じでは、佳枝さんが達也さんの前に現れるとしたら看護師の姿ではないだろうか。それゆえ、看護師のコスチュームを入手しようと思ったのだ」

「何もこんな所まで買いに来なくてもネット通販でいくらでも売っていますよ」

 特殊な品物を買う場合は、ネット通販の方が品揃えも含めて有利な場合が多いのが現状だ。

「ウッチーに見てもらう必要がある。佳枝さんが着ていた服と似たのを選んで買わなければならないからね」

「山葉さんには見えているんでしょう」

 僕は彼女の発言が腑に落ちなくて質問した。

「佳枝さんの霊の場合は周波数がずれているというのか、シャープに見えないのだ」

ぼくは彼女が何をするつもりなのか、うっすらと理解した気がしたが、それならば彼女が目指す場所は少し毛色が違う。

「そのショップは中古ゲームやコミックスを手広く扱っている店がアニメ系コスプレイヤーからのコスプレ用衣装の買取もしているショップなのです。アニメキャラのコスプレ用衣装が中心なので少し違うのではありませんか」

「やけにくわしいな。もしかしてコスプレ趣味でもあるのか?」

やはりそちらに話を振られてしまった。僕が詳しいのは中古ゲームソフトを買いあさりに行くため、彼女の目的地界隈をよく知っているからなのだが、それを説明するのがもどかしい。

「よく買い物をするゲームショップが近くにあるからですよ」

「ふーん、そうなのか。それならば、看護師のユニフォームを売っているような店に心当たりはないか?」

僕は新宿界隈でその手のお店を見かけたような気がしたが、何故その手のお店を知っていると聞かれるのが嫌なので答えないことにした。

「知りませんよ。それにここまで来たのなら、サンシャイン60界隈のショップで捜した方が早いし、ひょっとしたらお目当ての品物が見つかるかもしれませんよ」

「ふむ、それではそうしよう」

結局、僕たちは彼女が最初にネット検索で当たりを着けていたショップに入ることになった。

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