#71 我が家には息子が2人

 2週間後、父は再び海外へ飛ぶこととなった。CIAの面接に行くんじゃねえかと俺は密かに思っていたのだが、どうやら違うようである。俺もよく分からん、父の今まで通りの仕事をまた続けるそうだ。


「ほんと忙しいな」

「今しか働けないからな」


 お前の身の回りを綺麗にして、生かしてやってるのは悠馬。

 働いて稼ぐことにより、お前を金銭的に生かしてやってるのは俺と母さん。

 つまりお前は、俺達3人のたゆまぬ努力によって今日も、屋根のある一軒家で清潔な衣服を着て、美味い飯を食い、問題なく学校に通えているというわけだ。


 そう自慢気に演説を繰り広げる父。隣で『その通りですご主人! これが藤井勝、藤井勝でございます!』とパチパチしている悠馬は、さしずめウグイス嬢といった所か。正論ではあるが、わざわざ声を大にして言わなくてもよろしい。

 って俺は、選挙カーを茫然と見上げる有権者なのか。演説を「うるせえなあ」としか思わず、参政権を放棄する有権者のようである。まぁこのオヤジが出馬するなら、俺は喜んで参政権をドブに捨ててやろうじゃねえか。


 あ、やべぇ飛行機間に合うかな、と慌てる父。そりゃあ演説してる暇はないでしょうよ。

 忘れ物大丈夫だよな、あれ? パスポート持ったっけ?……よしよし、大丈夫。えーと、あ、スマホ! スマホスマホ……あっぶねえ充電しっぱなしだったじゃんうわあああっぶねえ!

 と1人でワタワタする父。『お財布はちゃんと入ってますのでご安心を!』と声をかける悠馬は、すっかり“お世話係”が板についている。

 その様子は思いっきり俺と悠馬の毎朝のそれで、こういうとこも俺は受け継いでるのかな、と思い、図らずも笑みがこぼれてしまった。


「何ニヤニヤしてんだ京汰」

「いや?……気を付けてな」

『お気を付けて。京汰のことは僕が目を光らせておきます』


 悠馬くん、そーゆーのいいから。わざわざ言わなくていいから。ねっ?

 父はスマホと充電器を鞄にしまうと、こちらに笑顔を向けた。


「おう! 京汰、元気でな。悠馬、頼むよ!」


 京汰ぁお前青春楽しめよ~! 恋はいいぞぉ~! 俺みたいなモテモテの華の時期を迎えられますよーに! 俺の青春はバラ色だったからな〜!

 とか何とかほざきながら、玄関を出ていく。あの声量であんなこと喋って、恥ずかしくないのかオヤジよ。

 姿が見えなくなるまで見送って、頭を抱えながら玄関のドアを開けた俺に、悠馬が話しかけた。


『あーゆーとこ、京汰とお父さんよく似てるよね』


 ちょい待て、それは心外だ。


「いや、悠馬と父親が似てんだよ?」

『いやいや、あの自画自賛しちゃうとこが! すっごい似てたよ! 笑っちゃうくらい!』

「いやいやいや、あのすげぇ憎たらしいことサラッと言うとこが! 呼吸するみたいにディスってくる所が! もうそっくりすぎて! ウザいのなんのって!」


 悠馬は『いーや!』と大きくかぶりを振って、俺を指差す。


『第一顔から君達似すぎだから!』


 ……いやまぁ、それは一応親子なんで当たり前かとは思うのですが。ただあのオヤジと似てるってのはちょっと心がモヤモヤしますなぁ。

 てか似てんのお前らだかんな。


「お前らこそ、遺伝子レベルで繋がってんだろってくらい似てるし! セリフの中の嫌味の配合がもうおんなじ!」

『京汰だって、自画自賛をぶっ込んでくるタイミングがもう恐ろしいくらい似てんだってば!』




 このやり取りを勝が視て、可愛い息子たちだよな、と1人でニヤニヤしたことは言うまでもない。

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