#63 夢のはざまで

・・・・・・・・・

 すごい勢いの雨と風。

 もしテレビがついていたのなら、特別警報で画面が占拠されていたと思う。もし防災無線があったのなら、避難指示のアナウンスがしきりに流れていたと思う。



 しかしなぜ、私はこんな荒天の中を歩いているのだろうか。たった1人で。

 目的地も、助けるべき人もないまま。


 傘すら持っていない私は、自然の大きな力に抗うことはできなかった。自然は、ただただ、私という1人の人間を追い詰めていた。過剰な力で。


 いつからか歩くのもやめて、立ちすくむ。かなり長い時間歩いていたようで、元々冷え切っていた体の芯から、残りの体温も意識も急速に奪われていく。

 そのうち、雨が体に叩きつける感覚さえも分からなくなってきて……。



 どれくらい経ったのだろう。

 不意に、優しいけど強く触れる感覚が生じた。何か分からないけれど、ともかく風が強いから、私に触れたものに掴まってみた。

 最初は苦しかったけど、段々と体に温かさが戻ってくる。

 不思議だった。“生きている”という感覚が、じんわりと全身を包み込んだ。あの抗いようのない強大な力に、“勝った”という感覚が、ただただそこにあった。


 しばらくして、空気も温かくなった。気づけば屋内へと移動していた。

 わずかにしか開けていなかった瞳を、全開にしてみる。私に触れる感覚は、まだ残っていた。

 ちらりと見上げると、髪が濡れ、荒い息を吐く京汰くんがすぐ傍にいた。彼も満身創痍まんしんそういのようで、こちらに声をかける気力は残っていないようだ。

 よく見ると精悍せいかんな顔立ち。滴る雨粒のせいで、ちょっぴり色気さえも感じる。

 そして段々強さを増していく、電球の光……。



 ◇◇◇



 途端に目が覚めて、目の前に男子の制服があったのは本当にびっくりした。彼もびっくりしたのか、私から体を離す。私も思わず彼から手を離してしまう。

 一瞬誰かに襲われたかと思ったけど、全然そうではなくて。なぜか心も体もほんわかしていた。

 眠りから覚めた、ではなく、なぜかこの世界にやっと還って来られたような感覚があった。“生きている”感覚が、夢の続きのまま、私の全身を包み込んでいる。


 よく見ると、私を抱き抱えていたのは京汰くん。目が合った。

 夢の中みたいに、雨で濡れてはいない。むしろ暖かな日差しを浴びて、彼の顔は輝いていた。


 なぜか膝の痛みが綺麗に消えている。

 京汰くんは私の顔をもう一度確認すると、彼が見ていたであろう夢の話をする。想像力が豊かなのか、登場人物が多い。そして、私もその世界を共有しているかのように話してくるのが面白い。


 確かに共有できていたら、幸せなのかもしれない。

 私が夢を見ている間、何があったのだろう。京汰くんのちょっと切迫した表情を見る限り、私は何か彼を困らせることをしてしまったのだろうか。

 でも思い出そうとどう頑張ってみても、できない。

 ただ唯一、今心にあるのは、優しくて多分強い京汰くんへの、温かい気持ちだけだ。これは何なのだろう。




 すぐに手を離すんじゃなかった。ちょっぴり後悔。




 もう少しだけ、彼の隣にいたかったな。

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