#57 不死身の俺を信じろ

 俺は素早く、妖に狙いを定めた。顔はよく動くので、胸元に照準を合わせる。

 渾身の術を、さぁ、今。


万魔供服ばんまきょうふく!」


 妖の顔が、ぐにゃりと歪んだ。

 そして、ぐはっ、と言ったかと思うと、下半身が砕けていく。

 苦しみに悶えているようで、あー、とかうー、とかいううめき声が断続的に聞こえてくる。


 ……うまくいったか。俺頑張っちゃった感じか。

 勝利の笑みを見せようとした瞬間、隣の式神が叫んだ。


『京汰っ! ちょっと足りなかったよっ!』

「え、何が?!」

『見て!』


 もう一度妖を見ると、なんと上半身が残っている。爪も伸び続けていた。

 そして、抵抗力のない華音様を包む悠馬の霊力は、今にも妖力ようりょくに覆われそうになっていた。

 コイツも火事場の馬鹿力を発揮しているのだろう。


「半身でもこの威力……」


 今までちょっとした妖退治もしてきたけど、目の前のモノはこの人生で最凶レベルの妖だ。

 俺が思わず呆然としていると、悠馬が低い声で言った。


『くそっ。……僕が燃やす』

「え?」

『今度こそ、僕があいつに業火を仕掛けるよ。だから今度は京汰が華音様を守って。役割チェンジ』

「で、でも、守る霊力は悠馬の方が……それに俺はまだ、自分を霊力で守る方法しか修行してな……」


 きっと自動車教習と同じ。習ってないことを勝手にやるのは自殺行為のはずです。さっきの攻撃は習得していた術に、いつもより強めの力を込めただけだった。でも守る術となると話が別。次元が別。何せ俺は、完全に“ノー勉”なのだから。

 ノー勉で試験に臨むのは慣れているが、ノー勉で人命救助は危険すぎますって。

 俺が何も言えずにいると、またしても悠馬がげきを飛ばしてきた。今日の悠馬色々ヤバいってば。


『やるんだよ! 窮地に立たされればねぇ、人間だって式神だってバケモンだって何でもできるんだよ! とにかく守って!』

「は、はい……!!」


 バケモンまで何でもできちゃうのは嫌なんだけどな。

 というか、ここで未経験の術を行うなんて。呪の一言目も頭に入っていない、本当に本当にノー勉、なんてさすがに今言えない。未熟者すぎて泣けてくる。

 もう一度、俺らと相手の立ち位置を確認する。彼女とこちらの距離は離れている。自分の霊力は果たしてどこまで届くだろうか。

 ……分からない。マジで、分からない。


 もうこれしかないな。多分。


 開き直った俺は、自分の霊力を一気に高めた。体中から何かがほとばしる、初めての感覚。

 俺はそのまま、半身だけ残った妖のすぐ隣にいる華音様の元へ突っ込む。悠馬が止める暇もなかった。取り残された式神の叫び声だけが聞こえてくる。


『え、守ってって言ったよね?! 突っ込めとは言ってないけど?! 聞いてた?! 京汰何してんの?! バカなの?!』


 俺は地球の裏側まで聞こえそうな勢いで叫び返した。


「俺はバカだよっ! バカはきっと死なねぇから早く燃やせぇぇぇっっっ!!!!!」

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