#56 ネジが抜けたとしても

 冷静になろうとして、でもなかなかできなくて。あたふたするばかりで。

 もっと修行しときゃ良かった……と、後悔ばかりが募っていく。もっと術を叩き込んでおけば……! 俺の日々の怠慢さよ……。

 悠馬も次の策を考えあぐねているようだ。眉間に思いっきり皺がよるその姿は、可愛らしいお顔に似つかわしくない。

 しかしその間にも、妖の爪は少しずつ、華音様の体にめり込んでいく。冬用の厚めの制服がかろうじてバリアになっているけれど、肌に爪が刺さるのは時間の問題だ。

 彼女はもう、自分で立てないくらいに生気を奪われていて、目を閉じ、妖に完全に体を預けてしまっている。


『京汰、自分の身を守って』


 急に悠馬が声をかけた。策が浮かんだようだ。ここで「なんで?」と聞くほど俺は野暮じゃない。俺はすぐに自分にしゅをかけ、自身の霊力を高める。この訓練はしておいたから問題ない。


 その瞬間、俺達2人の周囲は一気に炎に包まれた。ぐるりと囲んでいた刃が徐々に溶けていく。これで目の前のバケモンへの攻撃がしやすくなった。

 なるほど、ここで業火ごうかを使ったんだな。俺なら術で自分を守れると判断したんだ。


 刃が溶け、視界が開けていく間に次の一手を考える。……と言っても、利用可能な術は極めて限られているのだけれど。この場で課金したら使えるスキルとかないもんかね。

 そんな馬鹿げた思考を遮るように、再び悠馬が俺に声をかけた。


『華音ちゃんは僕が守るから、京汰は妖にトドメを刺して』


 本来なら、俺が1人で術を仕掛けるべきである。しかしそうするには、華音様を守ると同時に、妖を成敗しなければならない。

 超至近距離の彼女と妖に対して同時に別々の術をかけるのは、今の俺には至難の業だ。目標が少しでもずれれば、文字通り命取りとなる。俺が華音様殺しちゃったら、悔やんでも悔やみきれないよ。

 だから一方を倒し、他方を守るには、悠馬の力が不可欠なのである。ただやはり、俺1人で妖にトドメを刺せるかどうかは自信がない。


「……分かった、やってみる」

『やってみる、じゃない! やるんだ! やれるだろ!』


 いつになく強い調子で叫ぶ悠馬。

 分かってる。今は自信どうこうの問題じゃねえってことくらい。まさに火事場の馬鹿力ばかぢからを発揮しなければならない時なのだ。

 そう、だから俺はこいつを信じるしかない。


 普段は憎たらしくてもな。


「……やります!」


 俺はネジが何本も足りない頭で一生懸命考えた。フル回転しすぎてさらにネジが抜けた気がする。

 考えた結果。選択肢はもう、あれしかない気がする。

 あとは悠馬を強く信じ、満身創痍まんしんそういの華音様が耐えてくれることを心から願う。


 悠馬が華音様を守るための呪を唱える。が、一度ではうまくいかないようだ。目が十分に吊り上がった妖は、先程より裂けた口の端も上げてみせる。

 もうそこには超絶美男子な皆川先輩の面影などなく、ただの醜い人外のモノに成り下がっていた。


 悠馬が何度か呪を唱え直した後、華音様の周りに薄い膜のようなものができた。悠馬の霊力が彼女を包み込み、守っているのだ。

 妖の爪がめり込まなくなる。妖は一瞬驚いて、こちらを睨み、咆哮ほうこうをあげた。

 俺はその時、妖の手が彼女から離れたのを見逃さなかった。




 今だ。

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