#14 パフパフ
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結局、昨日の格闘では、俺が2発、悠馬が1発拳を入れた所で終わった。
あぁ、先に断っておこう。
悠馬の体は視えても実体を持たない。だから本当の体に触れているような感覚はない。逆にいうと、彼の拳が本物の拳と同程度の力で俺の腹に食い込むこともない。
だから拳を入れても、感覚としては“パフっ”くらいのもんで、クッション殴ったみたいな感じが1番近い。極めて平和な決闘である。
でもまぁ、俺の方が1発余計に“パフっ”と言わせたことは事実だ。
……つまり。
この闘い、立派な人間、藤井京汰様の勝利で幕を閉じた。
まっ、俺様が人外のモノに負けたらお話にならないよなっ。陰陽師が式神に負けるなんて、そんな大恥はかきたくない。
そんな訳で格闘にエネルギーを費やしたため、その日の晩はきちんと勉強できなかった。これは決して言い訳ではない。もう一度言おう。これは決して言い訳ではない。
帰宅部の俺の体力は、もうそれはそれは情けないくらいにないのである。かと言ってトレーニングしようなんていう気力もなく、俺は体力お化けの悠馬(こいつの場合は全身お化けだけど)相手に限界までバトルしてしまったのだ。……まぁ、華音ちゃんは別にマッチョがタイプではないらしいから、きっとこの先もトレーニングはしないだろう。彼女がマッチョ好きになったら、ちょっと考えます。
結局俺は格闘して、飯食って風呂に入ったら勢い良くベッドにダイブしてしまった。そのまま生還することなく、意識が再浮上した頃には朝日が上っていたという訳である。そこは式神起こせよ。家政夫だろ。
『京汰、疲れを溜めて無理するのは良くないよ。疲れたまま勉強したってあんまり頭に入らないし』
俺の第2のママはド正論を言うけれど、俺だって華音ちゃんをかけたお前とのバトルがなければ、無理しようとなんかしないって!
俺の思考を読み取ったのか、悠馬は続けて言った。
『華音ちゃんがどうこうとかいうのに関係なく、勉強は必要です。京汰くん、君は社会の荒波に揉まれて生きていかなければならないのだから』
お前マジなんなん。俺に進路指導までする気か。
俺は無言を貫き通し、悠馬特製フレンチトーストを食って学校に向かった。甘くてうめぇ。ベーコンと一緒だと甘じょっぱくてうんめぇ。料理の腕は褒めてやる。……心の中でな。
昨晩の分を少しでも取り戻そうと、世界史のキーワードがまとまったハンドブックを登校中に見てみるなんていう、全くもって俺らしくないことをしてみる。
「藤井くん、珍しいね」
遠くで女子達と朗らかに談笑する、華音様の声がした。
はい。あなたのために珍しいことをしています。
……昨晩の寝落ちを後悔したままテストに臨んだのだが、直前期の地道な努力が功を奏したのか、2日目の科目も意外によくできた気がした。
……まぁ、世界史のテストで、昨日悠馬がたまたま口走っていた“カノッサの屈辱”がドンピシャで出題されたのには驚いたけど。お前カリスマ講師かよ。
〈ほぅら、僕の予想がドンピシャ! 京汰、式神様に言うべき言葉は?〉
悠馬はまたしても俺の肩にぴったりと張り付き、得意げに言ってくる。
お前予想はしてないだろ。たまたま言っただけだろ。
てか相変わらずウザいな。こいつ学習能力低いな。 俺の嫌なことが分からないのか。
なぜお前ごときに“様”を付けなくてはならない? てか昨日の話聞いてた?! 黙っててって言ったよね?! 張り付くなって言ったよね?!
<ねーえ、式神様に言うべき言葉は? 5文字よ5文字>
(だ・ま・ろ・う・ね)
<ち・が・う・だ・ろ?!>
(あ・っ・て・る・よ)
<ま・ち・が・い・だ!>
(う・る・せ・え・よ!!!)
<ひ・ど・す・ぎ・る!>
(て・す・と・な・う!)
自分で言うのもアレだけど、テストの回答書きながらここまで頭回転する俺すごくねえか? って思ったり思わなかったりしてる。
てかさ、こいつは欠陥品なのか? 重大な欠陥品の可能性がある。リコール対象。補償して下さい。
果たして、この欠陥品を生み出したのは、父親の故意か、偶然か。
……前者であるかもしれない予感を拭い切ることができない。あの親父だもんな。経費削減で式神を家政夫にしちゃう人間だもんな。超お節介でまるで親父を若返りさせたような式神だもんな、今俺の横にぴったりと張り付いてるのは。
もう何の試練なんだよ……俺なんか親父の気に障ることしたかよ……この欠陥品といつまで一緒にいるんだよ……。
どこまで憎たらしいんだ、と、心の中で毒づくしかなかった。
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