第3話 宮廷魔導師
わたくしは刺繍や裁縫が得意でしたので、自分でドレスのデザインをして縫いました。ただし、ミランダに見つかると、どのようなものでもわたくしのものを欲しがりますので、それらは買っていただいた布を入れている木箱の底に隠したのです。
その場所であれば、ミランダに甘く、告げ口をする侍女にも見つかることはありませんでしたから。
端切れで作ったハンカチや庶民が使う手提げ袋を作り、職人ギルドに登録してギルドに売りました。刺繍のデザインがよかったらしく、考えていたよりも高額で買ってくださったのです。
手提げ袋も、西方から入って来た色を組み合わせて柄を作るパッチワークという技法で作り、そこに刺繍をいたしました。簡単なものから手の込んだものまで、たくさん作りましたわ。
それらが評価され、今でも作って売っております。もちろんその売上金はギルドの口座に預けてありますから、両親や兄、妹にとられることもありませんし、わたくしが出かけたところで、誰も気にしませんの。
徒歩十五分ほどの距離に職人ギルドの支店があって助かりましたし、口座もそこで作っていただくことができました。わたくし個人の名義ですので、たとえ両親に知られたとしても、勝手に引き出すことはできない決まりなのです。
そして、職人ギルドはもとより、職人ギルドを統括している商業ギルドでも、ギルドカードを提示すればお金を下ろすことができるのも魅力的ですわ。もし伯爵家を追い出されたとしても、生活することができますから。
長くなりましたが、それらを売ったお金で装飾品や靴、バッグなどを買いました。もちろんそれも、ドレスと同じ木箱の底にしまったのです。
そんなことを殿下とソリス様に話しますと、二人揃って絶句してしまわれました。
「茶会の参加は?」
「デビュタントでも見ておりませんね」
「どちらも参加しておりません。茶会に至っては、ジョンパルト伯爵夫人が連れて行ってくださいませんでした。連れて行くのはジョンパルト伯爵令嬢のみで、わたくしは一度も参加しておりませんし、ジョンパルト家で開催されたものですら出席したことがありません。デビュタントに至っては、さすがに両親がドレスや装飾品を用意してくださいましたが、支度する直前になって〝お姉様のドレスのほうがいいわ!〟と言いまして」
「取り上げられたのか」
「交換もしなかったと」
「はい」
二人のお言葉に頷きますと、二人揃って溜息をつきました。
本来はジョンパルト家の醜聞ですので話すつもりはなかったのですけれど、殿下もソリス様も言葉巧みにあれこれ質問なさり、つい話してしまいました……。
「呆れたものだな」
「そうですね」
「そんな状態なのに、よく学園に来れたな」
「父方の伯父様が心配してくださいまして。わたくしの後ろ盾となってくださったのです」
「ジョンパルト家の父方というと……」
「カレスティア公爵家ですわ」
「「なるほど」」
カレスティアの名を聞いて、お二人は納得してくださいます。
カレスティア家は陛下の覚えもめでたく、代々人格者でいらっしゃいます。領民からも慕われていて、きちんと領地経営をなさっている家です。
ジョンパルト家は、カレスティアのお祖父様が持っていらした爵位のうちのひとつで、三男の父が子爵を
元々父が自らたてた功績で
歴史書に書かれていたその文章を見た時、家の中――特にミランダに甘い父が功績を立てたなど、想像できませんでした。昔はまともでしたが、ミランダが生まれてからおかしくなったということでしょうか。
そんなことを話しているうちに、学園長室に着きました。殿下が先ぶれを出したからなのか、扉が開け放たれています。
「失礼します。学園長、お忙しいところ申し訳ありません」
「構わんよ、エドムンド。不正などと声高に言うのだから、しっかりと精査せねば」
殿下とソリス様に続いてわたくしも室内に入ります。そのまま奥にある部屋へと案内されました。
その室内にはミランダと兄のアルマス、わたくしたちの教室を担当しているSクラス、Bクラス、Eクラスの担任と、金糸で刺繍されている豪華な黒いローブを羽織り、杖を持った若い男性がいました。記憶が確かならば、黒いローブは宮廷魔導師の制服だったはずです。
どうしてここにいらっしゃるのでしょう?
その疑問はすぐに解決いたしました。
「紹介しよう。彼は宮廷魔導師のルーベン・オビエスという。王太子殿下から派遣されてきた者だ。この年代ではなかなかの実力者だ」
「恐れ入ります、学園長。はじめまして。ルーベン・オビエスと申します。こちらにはたまたま所要で来ておりました。お見知りおきを」
王太子殿下から派遣って……。殿下が連絡したのは数分前ですのに、随分早い到着ですわね。たまたま所要で来ていたと謙遜されておりますが、さすが宮廷魔導師様ですわ。
学園長の紹介に、優雅にお辞儀をするオビエス様。とても整った面立ちだからでしょうか、ミランダが頬を染めています。
……そういえば、入学式が始まるまでの間に聞いた噂の中に、男好き、茶会や夜会では男漁りをしている、なんて話もありましたね。他にも、婚約者がいようといまいと、独身だろうと既婚だろうと、見目麗しい男性であればお構いなしに話しかけるとか。
殿下たちと一緒にいた時も手を胸の前で組み、上目遣いで見上げていました。
きちんと教育された者であれば、そのような幼くもあざとい仕草や、常識を疑われる行動は嫌われるのですけれど……。恐らくわかっていないでしょうね、ミランダも兄も。
今も同じ仕草をしているのですが、兄以外は綺麗さっぱり無視しています。
それが滑稽で笑えますわ。
学園長とオビエス様、教師の三人とも、厳しい目で見ていることに気づいていないのでしょうか。
「ルーベン、頼む」
「はい」
学園長がオビエス様に声をかけます。すると魔法陣がふたつ、その影に隠れるようにひとつ現れ、光ったあとに消えました。
同時に三つも展開させるなんて……さすがは宮廷魔導師様です。
殿下とソリス様、茶髪の側近候補――騎士団長の三男であるアロンソ・カレラス侯爵令息様は、一瞬顔を顰めたけれど特に何もおっしゃらず。兄とミランダは、オビエス様の魔法が見れたと喜んでいます。
何を呑気に喜んでいるのでしょう、兄とミランダは。
勉強不足でうろ覚えなのですが、あの魔法陣のひとつは、嘘をついているかどうかわかるものだったはずです。勉強嫌いなミランダはともかく、勉強しているはずの兄がわからないとは、どうかしています。
影に隠れていた魔法陣は全く系統が違うのか、わたくしにはわかりませんでした。もしかしたら、オビエス様か宮廷魔導師様たちのオリジナルなのかもしれません。
そんなことを考えていると、学園長に名を呼ばれました。まずは制服のことを聞きたいというので、殿下たちに語ったことを正直に話しました。
「嘘よ! お姉様は嘘をついているわ! わたしはそんなことしてないし、言ってない! きゃああっ!」
「俺もそんなことしてない! がああっ!」
ミランダと兄がわたくしの言葉を否定すると、二人の頭に薄紫色の光が落ちました。
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