第26話 『知ってるよ』

 数日ぶりの教室はやけに空白が目立っていた。電車『事故』で亡くなった佐野麗香の机の上には花瓶に花が生けてあり、黒田幸彦の席は空いている。穂積文乃はただの休み。

「穂積さんは、トールが休みだした日からずっと学校来てないよ」

 僕が休みだした日、というと、僕と文乃が一緒に帰り、黒田幸彦に銃で撃たれた翌日だ。

「それにしても、黒田は一体どうしたんだろうなぁ。あいつ、本当にどこ行っちゃったんだろう」

「学校に警察が来たって聞いたけど。それは?」

「あ! それ、テレビでやってたぜ! あいつの父ちゃんと母ちゃんが変死体で見つかったってすげーニュースになってんじゃん!」

「新聞にもでっかく出てたぞ。お前新聞見てないのかよ」

 黒田幸彦の動向については、かなり有名になっているようだ。そりゃあそうだろう、こんなにも異質な事件、情報に飢えているマスメディアが喰いつかないはずがない。

 もし、仮に両親を殺したのが黒田幸彦でなかったとしても、黒田幸彦は銃刀法違反だしすでに発砲をしているし、それにより実際僕が怪我をしてしまっているので完全にアウトだ。

 HRにして担任の風間からそれに対して何かの話があるかと思っていたのだけれど、予想に反してなにもなかった。普通に始まり普通に終わった。今日の予定とこれからの予定を話して終わった。終わった後、一時間目が始まる前に、風間に呼ばれて廊下で体調について少し聞かれただけだった。

 植草曰く、

「昨日はすげーうるさかったんだけどさ。あんまりうるさくするもんから、学年主任が来て俺達滅茶苦茶怒られたんだよ」

 学年主任。あまりよく覚えていないが、背が高くて熊のような体型をした、頭のはげた中年の男だったはずだ。

 そこでタイミングよく話題を切り替えたのは野々村。野々村は、薄ぺったいカラーのパンフレットを数枚ばんっ、と広げると、

「それよりさぁ、社会科見学だよ、社会科見学!」

 社会科見学?

「HRの時、先生が言ってたじゃん。再来週の金曜日に東都現代美術館に見学に行くって」

 そうだっけ?

「もう結構前から言ってるぜ。中止しようっていう話も出てたらしいんだけど、もうチケット買っちゃったし。皆落ち込んでるから、センセー達が気ぃ使ってくれたらしいよ」

 そういえば、僕がぼんやりしている間に風間先生がそんなことを言っていたかもしれないけれど、全部右から左に聞き流していてひとつも聞いていなかった。休み続けていた僕の机の中には東都現代美術館に関連をするパンフレットやら資料やらがやたらとたくさん入っている。

「楽しみだよなぁ、東都現代美術館てさ、今エコレンジャー展覧会やってんだろ? 初代から最新作までのエコレンジャーのデザイン画とか記録写真がたくさんあんの!」

「お前エコレンジャー好きなの?」

「超好き!」 

 なんて会話をする植草と野々村は本当に楽しそうだ。この二人は大体いつでも楽しそうだが、いつもより更にふわふわと浮きだって見える。お金はいくら持っていくだとかお金は何と何を買うだとか、そんなくだらないことでよくもここまで話を膨らますことができるものだ。

 暫くの間、外側から二人を眺めてみたのだけれど、またしても唐突な野々村慎吾が唐突に僕に話題を振る。

「な。トール、お金どれくらい持ってく?」

 いくらぐらい持ってこうか。

 野々村と植草の話はまだ止まない。その半分以上は殆ど野々村がしゃべり続けているわけなのだが、終わる気配は一向にない。

「そういえばさぁ。トールもそうだったけど、穂積さんの机の中もいっぱいだよなぁ。もう、溢れちゃってるもん」

「まぁ、普通は誰か持ってってやってるもんなぁ」

「あいつ、誰とも仲良くないからなぁ。それに、あいつんちちょっと遠いって言ってたじゃん」

 話題を変えて話しつづける二人の会話。大して興味はなかったのだけれど、植草がちょいと気になる単語を口にしたので、僕はそれを問いかける。

「穂積さんてどこに住んでるの?」

 僕の疑問に、植草と野々村は顔を見合わせて、こう答えた。

「さぁ。電車っていうことくらいしか知らねーな」

「あいつんちなんて誰も知らないんじゃねーの。なー、誰か穂積さんち知ってるー?」

 野々村が甲高く声を張り上げたことにより、クラスの視線が集中する。どれもこれもイマイチパッとしない表情の並ぶ中、一人おずおずと手を挙げたのは、尾坂奈緒だった。僕が転校をしてきたその日、文乃をいじめて、僕がピストルで威嚇をした、尾坂奈緒。

 尾坂は、未だに僕を怖がっているらしい。僕と目が合うたび顔を青くさせて視線を逸らすし、極力僕に近寄らない。射程距離に入るとそそくさとどこかに逃げていくし、くだらないいじめもしなくなった。野々村達の話によると、以前はひどくおしゃべりで、佐野と共に大人しい子に悪戯をしては楽しんでいるような奴だったらしいのだけれど、果たして人間の性格というものは、こんな短期間でこんなにも簡単に変わってしまうものなのだろうか。

 僕が尾坂に視線を向けたことにより、尾坂の表情が例の如く真っ白になる。が、挙げた手を引っ込めることはできないらしい。なぜか小刻みに震えながら

「……わたし、文乃の家知ってるよ。小学校同じだったから、家、結構近いの」

 へぇ。小学校の同級生だったのか。同級生だったら、もっと仲が良くてもいいものなのに。家を知ってる程度の仲でも、中学に入って友達が変わればいじめは始まるものなのだろうか。

「鈴羅木市だよ。嶌本駅で降りて、自転車で十五分くらい行ったとこ。鈴於神社っていう神社の近くだよ」

 鈴羅木駅ってどこだよと僕が言う前に、せっかちな野々村がすでにスマホをぽちぽち打って路線を調べている。

 下り電車に乗って途中で乗り換え、大体四十分くらいで着くらしい。

「ん?」

 下り電車? て、鈴羅木駅って。

「あ」

 僕がいつも、来る時と帰るとき何気なく通り過ぎてるあの駅だ。


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