第21話 『できないみたい』
その日の夜、アパートにて珍しく湯船を沸かし風呂に入った僕は、かつてないほどの眩暈と気持ちの悪さを感じて意識をブラックアウトさせる。風呂に入ったことにより、銃弾を受けて腫れぼったくなっていた包帯部分が熱を持ち、そのまま全身に広がったのだ。
次の日の朝、用事があってアパートにやってきてリビングで倒れている僕を見たリコリスは、近所一帯に響き渡るほど大きな悲鳴を上げた。曰く、「死体が転がっていると思った」らしい。死体なんてもの、リコリスならば見慣れているであろうに。
そのまま三日間病院のベッドの上で過ごした僕には、その間の記憶はまったくない。学校への連絡はリコリスが入れてくれたようだったのだけれど、スマートフォンを見ていないので、野々村や植草からLINEが来ていることにも気づかない。眠っていた僕には、その間で起きた三日間の出来事は何も知らないしわからない。
僕がそれらに気が付いたのは、病院のベッドに寝転んでから四日目の朝、日の出と共に目覚めてからだ。
まず感じたことは、異常なまでの喉の渇きと体のだるさ。視界は全面靄がかかったみたいだし、瞼はひどく腫れぼったく、重い。たっぷりと水を染み込ませたスポンジみたいだ。
丁度よいタイミングで往診に来た白衣の天使が、ベッドの上に寝転んでいる僕の瞳が開いていることに気が付いて、ベッド脇のインターホンで主治医を呼んだ。それから暫く、診察をして話をして水を飲んだりトイレに行ったりしているうちに、僕の起床の連絡を受けたスーツ姿のリコリスがやってくる。
リコリスは、ベッドの上でのんびりと水分補給をしている僕を見ると、ほっ、と目元を和らげた。
「おはよう、徹」
僕の口の中には病院の売店で買ってきたスポーツドリンクが入っていて、リコリスの言葉に瞬時に反応をすることができない。それを飲みこんで口を開くと、乾燥しきった唇の間から、まるで枯草を踏み砕くような声が部屋に広がった。
「おはよ」
酷い声だ。三日間高熱にうなされていた僕の喉は、水分が足りなくて変に腫れ上がっていて泉が枯れたみたいになっている。
リコリスもそう思ったのだろう。綺麗に整った眉を中央に寄せて、なんとも言えない困ったような笑みを作った。
彼女はベッド脇のパイプ椅子に腰を掛けると、そっ、と僕の前髪をかき上げて、華奢な掌で額を覆った。
「熱はどう? 下がったの?」
「さっき計ったら37度だった」
「まだ少しあるわね……体調は? 食欲はある?」
「さっきおかゆ食べた」
「そう。大丈夫そうね」
リコリスは僕の額に手を当てて、軽く弾くようにしてそれを離すと安心をしたようにしてすとんと体の力を抜いた。
「あんたねー、私が偶然行かなかったら大変なことになってたわよー? なんであんなところに倒れてたのよー。何度出てたと思う? 41度よ41度」
41度!
僕とて、今まで生きてきて何度となく体調を崩して熱を出したこともあったのだけれど、そんな数字は初めてだ。
「感謝しなさい。あんた、私がいたから命救われたようなもんなんだから」
そうだ。もし、あのとき僕がうっかりリコリスの車の中に鞄を忘れて、リコリスがそれを届けに来てくれなければ、そのままリビングで野垂れ死んでいたかもしれないのだ。
「ありがとう」
僕が素直にそう言うと、リコリスはブラウンの瞳を真ん丸にして、それからそれを優しく弓状にした。
「大分ひどい声だけどね――熱も下がったことだし、取りあえずこれで一安心ね。あんまり無理しちゃ駄目なのよ?」
「ん」
リコリスの言うとおり、確かにひどい声になってしまった。肺の奥から器官を伝い、喉の奥まで焼けたみたいだ。
「――と、いいたい所だけれど」
「え?」
「あんまりね、悠長なことはできないみたい」
ぴくぴくと口の端を歪めるリコリスに、どういうことだと首を傾げた。
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