恋人を寝取られて女性不信になった俺に、絶対に寝取られない科学部部長が迫る話
Zoisite
絶対に寝取られない女と化した科学部部長。
「そういえばさー、助手くんはホモなのか?」
今日の部活動は、部長の突拍子もない一言から始まった。
助手と呼ばれた俺、
「何ですかそれ!? 俺ホモじゃないですよ!」
「いやさ、君モテるだろ? 今日も昼休みに何か中庭でカワイイ子に告白されてたし……モテるのに恋人を作らないからホモなのかなーって」
「極論が過ぎる……」
「ふーん……」
額に手を当てて呆れ果てると、対面のスツールに座って憂いの表情で思案する美少女を眺めた。
陽の下の雪原の如く明るく発色する真っ白でふわふわに広がっている長い髪に、紫がかった黒髪の束が七房ほど紛れ込んでいた。いつ見てもどうなっているのか、どう染めているのかよく分からない髪である。
芋いデザインの大きな伊達眼鏡を着け、レンズの奥から覗く真っ赤な瞳はルビーの様に煌びやかで美しい。縁が太く、野暮ったい眼鏡をしているが、それではとてもじゃないが美しく気品ある顔を隠せてはいない。
片付けが下手なくせに制服は完璧に着こなし、いつも身に着けている白衣に皺は見当たらない。
身長は約百五十センチと、俺とはニ十センチ以上も小さいのに、いつも自信に満ち溢れているからか、少々背が伸びて見える。
俺が所属する科学部の部長は、今日も独特で、異質で、美しかった。
「君はなぜ恋人作らない? 青春する歳だろ」
「別に恋愛だけが青春じゃないでしょ……」
「えー、楽しいじゃないか、恋愛」
「そう言う部長だって恋愛してないじゃないですか。毎日毎日研究ばっか」
「はー? 私はしてるぞ、恋愛。毎日ラブラブだ」
「……嘘だぁ」
それはそれでショックな話である。
俺は毎日放課後に、科学部部室に来ては超絶美少女である部長とずっと駄弁って独り占めしていたのだ。恋愛的な好意の有無は別にして、流石に嫉妬心を煽られる。
しかし、部長に男の話など欠片も聞いた事が無い。きっと嘘に決まっていると、部長の背後に見えた男の幻影を振り払う。
「でさー、何で恋人作らない? 女が苦手か?」
「しないというか、トラウマが……」
「トラウマとは? 女に手酷くフラれたのか?」
部長は瞳を輝かせたかと思うと、身を乗り出して俺へと近づいた。綺麗な顔が目と鼻の先まで迫って来て思わず仰け反る。
正直、他人に話すような内容ではなかったが、部長の真っ直ぐな瞳から目を逸らせず、歯切れ悪くも語り始める。
内心、誰かに吐露したい気持ちもあった。
「実は、一年前に恋人を寝取られてるんすよ……」
間男から送られてきた、元彼女と間男の性行為を収めたビデオレターは今でもトラウマで、時折フラッシュバックしては吐きそうになる。
「ほうほう」
「彼女の態度はいつもと変わらないのに、裏でヤることやってたのが恐ろしすぎて……ちょっと当分の間は恋愛は考えたくないですねぇ……」
初めての彼女で、童貞を捨てた女性で、もっとも気が合う少女で、暇があれば幸せな未来を夢想するくらいに愛していた。
そんな最愛の彼女が、笑顔で他の男と性行為に励んでいたのだから、ショックの強さは計り知れない。俺はその一件以来女性不信となってしまっていた。
「うん……なるほど、事情は分かった」
部長は顎に手を当てて考え込んだ。
「じゃあ、恋人が絶対に寝取られなかったら恋愛できるか?」
「え? はぁ……そうっすね」
言っている意味をよく理解できないまま生返事を返す。
恋人を地下に軟禁でもしない限り浮気を防ぐことはできないだろう。つまり、絶対に寝取られないというのは絵空事でしかない。
いくら天才科学者である部長でも無理だ。
「よし、じゃあ、明日までに発明してくる」
「は?」
呆気に取られている内に、部長はそそくさと帰り支度を済ませたかと思うと、真っ白な長髪を靡かせて駆け足で部室を出て行った。
「……え?」
時計を見るとまだ十六時前だ。
二人しかいない部で片方がいなくなったのだから、それはそれは寂しい空間だけが残った。
もう少し彼女と他愛もない会話をしていたかったのに。
仕方なく軽く床掃除だけして部室を後にした。
――翌日。
自信満々の不敵な笑みで科学部の部室にやって来た部長は、開口一言こう告げた。
「君の寝取られ恐怖症を治す為の道具を持ってきたぞ!」
「はぁ……」
寝取られ恐怖症じゃなくて女性不信だと訂正したかったが、口を開きかけた瞬間に面倒になって止めた。
「助手くんの為に徹夜で頑張ったのに、反応が薄いぞ!」
部長が腰に手を当てて怒る素振りを見せる。勿論、じゃれているだけで本当に怒っているわけではない。
「座り給えよ」
テーブルの傍に並んで置いてあるスツールの一つに座りながら、俺にも着席を促す。
「じゃあ、第一の発明品」
そう言って彼女は、テーブルの上に黄色いカプセルを置いた。
一件普通の市販薬のようにも見えるが、どう見ても怪しい。
「なんですか? これ」
「【寝取られ予防薬・ハイパーインセンシティブ】だ」
名前が絶望的に酷い。センスが悪いとかそういうレベルではなかった。
そもそも、まともな設備も無しに天才と言うだけで新薬を作れるものなのだろうか。ギャグマンガではあるまいし。色々疑問が尽きない。
「飲むとどうなるんです?」
「この薬を飲むとな、愛する人の浮気に対して非常に鈍感になる。
妻が週五で朝帰りしても『友達と飲んでた』という理由で納得するし、
君が寝ているすぐ横で妻が間男とセックスしていても気づかないし、
妻が電話越しに急に喘ぎだしても『虫が飛んできてびっくりしちゃった』って言う雑な言い訳で納得するし、
妻と間男の寝取られビデオレターを見たとしても、妻に凄い似てる人が映っているで済む。
最悪の最悪、浮気現場に遭遇して『あなたのではもう満足できない』なんて直接告げられても脳の信号を抑えて完全にダメージを防ぐ。
つまり、寝取られなくなる!」
「根本的な問題が解決していない! 取られてるじゃん!」
「認識できないのだから寝取られじゃないさ」
鈍いというよりもはやただの頭のおかしい人だ。
「そもそも、これは予防薬だからな。浮気を防ぐ道具は他に用意してあるさ」
「不安しかないんですけど……」
そう言って部長は、新しく緑色のカプセルを取り出した。
「また怪しい薬」
「名付けて、【僕は彼女を信じてるスターターパック】だ。とりあえず、飲みたまえ。私はもう飲んだ」
「えぇ、やだ……絶対飲みたくない……」
「飲むんだよ!」
部長は素早く詰め寄ると、俺の首根っこを掴み、カプセルを押し付けた。流石に抵抗する。
「ちょ、ちょっとぉ! 自作の、治験通してない薬飲ませるなんて犯罪だっ! うぐぐ……」
「私天才だから! 大丈夫だから!」
押し問答は長く続かなかった。最終的には天才である部長を信じて俺が折れたのだ。
カプセルが喉に引っ掛かり、部長が用意したビーカー内の水を一気に煽る。
「はぁ、はぁ……これでいいですか?!」
「ご苦労。後はこの端末を適当に操作しろ」
部長が薄っぺらい情報端末を一つ、こちらへと手渡した。
手探りで起動すると、幾つか項目が現れる。
【ログ】【位置】【状態】【共有】【傍受】と五つのパネルが現れた。
「……で、何ですか? これ」
「ログが、私の会話ログ。
位置が、私の現在位置及び、過去の移動情報の取得。
状態が、私の精神、心拍数の解析、表示。
共有が、私の視界の表示。
傍受が、私と話し相手の声を盗み聴くことが出来る。
つまり、ガチガチに私を監視できるという事だ。これなら浮気もできまい」
「は……はぁ?」
試しに【共有】を押してみると画面が切り替わり、部長から見た俺が映し出された。本当に視界が見れている。
どういう原理でこうなっているのか……瞳にナノマシンでも回っているのだろうか。
「状態は押すなよ。私のメンタルレポートが見れてしまうからな」
「はい」
【状態】を押す。
恐らく部長の精神状態を数値化したと思われる情報が表示された。
画面に出てくる数値やらグラフ、ゲージが赤く、グラフも異常値を示している。バグっているのだろうか。
「押すなあほー!」
顔を真っ赤にした部長に端末を奪われ、電源を切られた。
仕切り直しとばかりに背筋を伸ばすと、高らかに語る。
「どうだ! これで女性不信も解消されただろ? 私限定でな! はははははっ」
部長は誇らしげにドヤ顔を浮かべて胸を反らす。
部長のプライバシーが完全に無くなるのだけれどそれは大丈夫なのだろうか。
「しかもまだあるからな」
「もう十分ですって」
机に突っ伏し、楽しそうな部長を横目で見つめた。
「助手くん、女の人はなぜ浮気をする?」
「そんなの……分かりませんよ。浮気相手の方が金を持ってるとか、趣味や気が合うとか…………相手の方が上手いからとか……色々あるんじゃないですか?」
かつての恋人の事を思い出しながら、苦々し気に話す。
自分本位の性行為などしたつもりはなかったが、それでも元彼女は俺を捨てて間男を選んだ。自分には見せた事も無いような快楽に染まった顔を見せ、相手を立てて俺を下げるような発言を何度もビデオの中で繰り返した。
口の中に酸っぱい味が広がる。思い出しただけで吐きそうになった。
「そう。大半は気持ちいいから、だろうな。と言うわけで、それに対抗する道具を作って来た」
そう言って彼女は、ポケットから真っ白な箱を取り出した。
四桁のパスワードを入力すると、空気が抜けるような音を立てて蓋が開いた。
「注射器ですか?」
中には二本の注射器があった。方や透明なピンク色、方や透明な緑色の液が入っており、何が何でも人体には入れたくない。
「これは名付けて……名付けて……そう、【エイリアン貞操帯】だ!」
「名前が酷すぎる」
「これを使用する前に、助手くん。私の舌に触れたまえ」
「は?」
言うがいなや、部長は少し前のめりになって舌を出した。
絶世の美少女が上目遣いにこちらを眺めて、口を半開きにして舌を出すという、非常によろしくない扇情的な姿を見せていた。否応なしに心拍数が上がる。
「はやふひろ」
「えぇ……」
困惑して身を引く。
部長の態度的に、望み通りにしないと話が先に進まなそうであった。
仕方ないと、俺は席を立つ。
「すみません、手洗っていいですか」
トイレに行けばちゃんと手を洗う人間だが、流石にこのまま触れるのは抵抗があった。
許可が出る前に動き出し、テーブルに備え付けられている水道と、そこに置いてある石鹸を使って手を清めた。
「なんだ、今日の朝にでも慰めたか」
「女の人がそんなこと口にしないでください。後、してないです」
したの昨日の夜だから。
濡れた手をハンカチで拭うと、部長が傍にやってきた。
「ほら、触れ」
そう言って、再び舌を出す。
手を清めてなお抵抗がある行為だが、部長の態度から触らないと話が進まなそうだ。
恐る恐る手を伸ばし、人差し指の先っぽで彼女の舌先に触れた。
彼女と目を合わせながら、その舌先に触れている。いけないことをしている気分だった。
一秒程度触れて、すぐさま指を離す。
「なんともないだろ?」
「えぇ、まぁ」
身体の一部が何ともないというわけにはいかなかった。俺はテーブルに手をつき、やや前傾気味になる。
「そして、この注射器を自分に打つ」
部長は緑色の液体が入った注射器を手に取ると、躊躇いなく自身に差して中の液体を全て体内に収めた。
「よし、エイリアン貞操帯注入完了だ!」
改めて聞いても酷い名前である。
「さて、助手くん。もう一度、私の舌に触れたまえ」
先ほどよりも半歩近く、より距離を詰めて部長は舌を突き出した。
挑戦的な目つきで、下から真っ直ぐに覗き込んでくる部長を見て、俺は顔に熱が籠もるのを感じた。
元カノも美人な方であったが、部長はそれを超えてくる異次元の美しさを持っていた。
ずっと見つめているとドキドキしてしまい、耐えきれずに部長の真紅の瞳から視線を逸らしてしまう。
「じゃあ、触りますよ」
何の意味があるのか想像もできないが、言われるがままにもう一度部長の舌先に指を触れさせる。
先ほどと同じように一秒ほど触れようとしたが――
「あっつッ?!」
指先に鋭い痛みが走り、反射的に手を引っ込める。
「わっはっはっはっ。見たか、これが科学の力で生み出された貞操帯だ!」
「指が火傷してる?!」
ヒリヒリと痛みを発する指は、赤くなって少し腫れていた。
それを見て、部長は顔を青ざめさせる。
「す、すまない。少し威力が強すぎたな、この傷薬を使ってくれ」
「この程度なら、すぐ治りますよ。気にしないでください」
部長は教卓の傍にある救急ボックスに駆け寄ると、中から塗り薬を取り出してこちらへと手渡した。
それを使いながら、部長を見やる。
「それで、一体何があったんです?」
「このエイリアン貞操帯を使うと、使用者の粘液が異性に対して強い酸性を持つようになる」
「は?」
「つまり、間男やら暴漢やらが私の口腔とか膣に男性器を捻じ込むことはできるが、最終的に焼け爛れて使い物にならなくなるという事だ」
「それだと一生処女じゃないっすかね」
「その為にこの中和剤があるんだろうがー!」
部長は憤慨して箱の中のピンク色の注射器を取り出すと、俺の腕を拘束した。
慌てて抵抗するも、部長は覆いかぶさるように圧し掛かってくる。
「ちょ、部長?! な、何を――」
「動くな! 動くと危ないぞ!」
「いや、危ない! 危ない! 止まるから!」
仕方なしに抵抗を止め、大人しく注射針を受けた。針の鋭い痛みに顔を顰める。
ピンク色の怪しげな液体が体内に入っていくのを見て、ゾッとした。絶対まともな薬ではないという思い込みで胸が苦しくなってきたような気がする。
空になった注射器をテーブルに置き、部長はにこにこと嬉しそうに微笑む。それはあんまりにも愛らしくて、美しい笑顔だった。
「それじゃ、三回目、触れてみよう」
部長は椅子に座ってこちらを見上げると、目を細めて舌を出した。
「もうだいじょうぶらから、さわっへ」
部長がそう言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。
それでも痛いのが怖い俺は、恐る恐る彼女の舌に指を伸ばす。
痛む人差し指は折り曲げて畳み、今度は中指で、一瞬舌先に触れる。痛みはなかったので、もう一度、今度は長く触れた。
俺の態度を見て、部長は満足げに微笑む。
「なー? 大丈夫だったろ」
「えぇ、まぁ……」
「えへへ。これで私に挿入できるのは、生涯でお前一人だけになったからな」
心底嬉しそうに告げる。またしても顔が熱くなってしまう。
「好きな人が出来たらもう一度中和剤を作ればいいのでは?」
照れを隠すように憎まれ口を叩く。
「いや、これはもう二度と作れないから」
「は?」
「もうレシピとか覚えてないし、奇跡が起きて一個出来ただけだからもう無理。絶対無理だ。めちゃくちゃ不本意だけど、助手くん以外で私とセックスできる奴はいなくなった」
「嘘だ、絶対嘘」
「嘘じゃないもんばーか」
怒った素振りを演じて、彼女は拗ねて見せる。
「はい、次の道具!」
流れをぶった切るように、鞄から二つのリストバンドをテーブルの上に荒っぽく置いた。
金属製だが、薄っぺらくて軽い。手首の負担にはならないだろう。
「これは何ですか?」
「着けてから説明するさ。だから着けて。私も一個着けるから」
部長が一つ手に取り、自身の手首に付けた。
「着けたくないんだけど……」
されど、着けないと部長が喚いて話が進まないのは想像に難くない。
渋々、残ったもう一つのリストバンドを手首に嵌めた。
「それじゃ、【愛情ノルマバンド】を起動するぞ」
「名前が既に怪しい」
部長が自身のリストバンドを弄り、次に俺の手を取ってリストバンドに何かしらの操作を加えた。
ピーという電子音が小さく鳴った。
『本日の愛情ノルマは、【愛してる】一回、【ハグ】三十秒デス』
機械音声がそんな事を読み上げた。
「だそうだ。私と目を合わせた上で、気持ちを込めて愛してるって言えばノルマ達成だ。後はハグ三十秒」
「意味が分からんのですが」
「夫婦仲を保つにはな、何気ない日常で積極的に言葉なりスキンシップなりで愛情を示すことが重要なんだ。このリストバンドは毎日愛情行動のノルマを設定し、配偶者の心を満たして浮気を防いでくれる。今までよりは大分良識的な発明品だぞ!」
今までの発明品が良識的ではないのは自覚があったらしい。
「ノルマ達成の為に行われる愛情行動と言うのもなんか違う気が……ちなみに、達成できなかった場合はどうなるんです?」
「リストバンドが爆発する」
「良識的じゃない!!」
「ほら、死にたくなかったら愛してる一回とハグ三十秒だ」
スツールで回転して遊びながら、楽し気にこちらを見る。
項垂れて、俺も隣の椅子へと腰かける。
「部長が言ってくださいよ……」
「やだ」
「なんで」
「やだ」
「……」
「はやく」
思わず深い溜息を漏らす。
「…………」
「…………」
椅子を軋ませて、部長はこちらを見つめる。
こうなれば自棄で反撃するしかないと、部長を見つめ返した。
椅子を走らせて接近し、彼女の両肩に手を置いて顔を近づける。
みるみるうちに彼女の頬が真っ赤に染まる。自分の頬もきっと赤みが差しているだろうが、気にしてはいられない。
一度意を決して口を開きかけるも、恥ずかしさが込み上げてきて口を噤んだ。
「は、恥ずかしいから早く終わらせろ!」
「分かってますって!」
「…………」
「…………」
「おらぁ!」
業を煮やした部長が、手で頭を叩く。
「言うから! 言いますから!」
「はやく!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「愛してる」
言葉にした瞬間、ピーという音と共にリストバンドに緑色の光が灯る。
よく見るともう一つのランプが赤く点灯したままだ。これはハグを三十秒しないと緑色にならないのだろう。
そして部長は顔を両手で覆って固まっていた。耳まで真っ赤になっていることから、相当恥ずかしかったらしい。
ならこんなもん作るなアホと言ってやりたい。
恥ずかしさが限界を超えた俺は、そのまま部長の脇の下から手を背中に回して抱きしめる。
「ななななな、何をする?!」
部長は震え声で、もぞもぞと身体を揺らして抵抗するが、構わずに抱きしめ続けた。
間違いなくセクハラだが、そもそもハグをしないと手首のバンドが爆発するという大義名分があるので文句は言えまい。
やられっぱなしなのが性に合わない。どうせ部長は俺のことが好きなのだ。これくらい許されよう。
十五秒が過ぎた辺りから部長は沈黙し、俺の背中に手を回して抱きしめ返してきた。
そのいじらしい仕草に頭をやられ、一層体に熱が籠もる。
三十秒は長くも、短くも感じた。変な気分だった。
電子音が鳴り、リストバンドの明かりが二つとも緑色になった。
顔から湯気が出そうなほど真っ赤になっていた部長は、暫くの間沈黙していた。
反撃した筈の自分が脳味噌をやられており、部長の方をまともに見れないでいた。
こうして、科学部部室には居心地の悪い静寂が漂った。
その内、小さな声で部長は話し始める。
「私の発明品はどうだった?」
「かなりアレですね」
「ばかか、最強の発明品だっただろ」
「常人には作れないという意味では確かに最強ですが」
あれだけの道具を一日で作れる部長の頭はどうなっているのか疑問である。メモリ増設でもしているのか。
「……なぁ、助手くん」
「はい」
「…………絶対に寝取られない女がここにいるぞ」
「そうっすね」
横目でこちらを伺う部長を、穏やかな気持ちで眺める。
「…………」
「…………」
「…………おい、オチをつけろ」
顔はそっぽを向いたまま、半眼で睨まれる。
求められている言葉を想像して、俺は小さくため息を吐く。
この人、絶対重いし面倒くさいけど、超絶美少女で将来有望で、二年間ずっと一緒に過ごして一度も退屈だとは思わなかった。
何より、こんなにも俺のことを想ってくれている。
人の心は俺も部長も含めて、永遠ではない。
俺が彼女を好きでなくなることも、彼女が俺を好きでなくなることも、きっとあり得る未来だ。
だけど、部長は少なくとも浮気はしないだろう。もし他に好きな人が出来たのであれば、身体の関係を持つ前に筋を通して別れてくれる筈だ。
ここまでお膳立てしてくれているのだ。いい加減、前を向くべきなのだろう。
答えは一つしかなかった。
「……部長、好きです。俺と付き合ってください」
「ふふふっ。そうか……いいぞ、付き合おう」
堪えきれないと言った感じで口元を緩ませながら、部長は立ち上がり、こちらに手を伸ばした。
「他に好きな人が出来たら関係を持つ前に言ってくださいよ。そうでなければ自殺します」
そう言って、俺は彼女の手を取った。
「雁字搦めにされてるのに他に好きな人なんてできるか。私の行動は全部君に筒抜けだぞ」
ぶんぶんと、繋いだ手を勢いよく上下に振ってから離す。
「それじゃ、君が恋にオチたという事で、今日の部活動は終わりだな」
人の告白をオチ扱いするな。
汚い部室を軽く片付け、床を掃除して戸締りをする。
部室を出た時、未だに手に装着されているリストバンドから機械音声が流れた。
『本日のノルマは、手を繋いで下校です』
「今設定したでしょ?!」
「しらない」
顔を覗き込むと、部長は恥ずかしそうに顔を逸らす。
「ほら、手! しないと爆発するぞ」
「はいはい」
もう既に面倒くさい。とても可愛いけど。
彼女の手を取り、緩く結ぶ。
身長差による歩行速度を考えて、ゆっくりとした速度で、手を繋いで下駄箱へ向かう。
上履きを外靴に履き替え、昇降口を出た所でまたしても機械音声が流れた。
『本日のノルマは、恋人の名前を呼ぶことです』
「愛情ノルマバンドの汎用性が高すぎる!」
「爆発するぞ!」
もはや自棄だと言わんばかりに、顔を赤くして部長が叫ぶ
「はいはいはいはい、
こちらも投げやり気味に、前を向いたまま部長の名前を呼ぶ。
しかし、リストバンドの赤いランプは緑にならなかった。
「名前!」
「
名前呼んだのに反応しないんだけど。
「先輩が名前に入ってたらDQNネームだろ!」
「陽菜子、陽菜子、陽菜子!」
ピーと電子音が鳴り、リストバンドから許しを貰う。
恥ずかしすぎて嫌な汗がこめかみを流れた。きっと顔も真っ赤だし、少し息も荒い。
校庭で何をしているんだ俺は……。
周りに生徒がいないのが幸いだった。
「ご苦労、助手くん」
あんたは名前を呼ばないのかよ。
文句の一つでも言ってやろうと隣を見たら、瞳を潤ませ、頬を染めてこちらを見つめている部長と目が合った。
思わず仰け反り、喉まで出かかった言葉は完全に引き籠りと化した。
校庭を出て、分岐路まで手を繋いで歩く。
やがて、T字路へとぶつかった。
部長とはここでお別れだ。
「じゃあ……また明日、部長」
「名前」
「陽菜子先輩」
「……また明日」
そう言って、部長は背を向けて帰路につく。
俺は何となく、ぼんやりと彼女の背中を眺めていた。
不意に彼女がこちらへと振り向いた。
「愛してるからなー! マキノくん!」
いきなり愛と名前を叫んだかと思えば、猛ダッシュでそのまま逃げるように遠ざかっていった。
今日出来た恋人は、恐ろしく可愛かった。
恋人の姿が完全に消えた所で、俺はようやく帰り道へと戻る。
『明日のノルマは、キス三回です』
リストバンドから無慈悲なノルマが告げられた。
「勘弁してくれ……」
こうして、女性不信だった俺、篝 マキノには、寝取られないけど面倒くさくて重くて超絶カワイイ恋人が出来たのだった。
めでたしめでたし。
「篝くん……そんな……」
背後に潜む影には、今日も気づかない。
恋人を寝取られて女性不信になった俺に、絶対に寝取られない科学部部長が迫る話 Zoisite @AnGell2
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