11月 2/3
最近雪の日が多いですが、このところずっと引きこもり、いえ冬ごもりしている私には、天気はあまり関係ありません。
趣味の開発も一休みして、ずっとおうちと地中で平和に生活しています。
変わったことと言えば、ネージュがレベル9になったくらいかな。
ゆっくりとした時間が流れの中で、のほほんと生きてます。
私には、こういう時間の流れが合ってるみたいで、なんだか伸び伸びしちゃいます。
わりとネージュっぽいな。
私って猫科だったのかも。
そんなのほほんとした生活を満喫していたある日、事件が起きました。
時刻は夕方。
外はかなり吹雪いてます。
「ん?ネージュ、どうしたの?」
暖炉前で一緒にごろごろしていたネージュが、突然立ち上がって東の庭の方を見ています。
窓の外は吹雪で視界は数メートルしかありません。
探知全開!
人らしき反応が六つ。
一人はソード君っぽい。
雪の中を歩いて進んでいるようで、玄関の方に近づいています。
慌てて玄関ホールに行ったら、呼び鈴が鳴りました。
あ、もう一人の反応も分かった。
お兄ちゃんだ。
あと一人も人物までは分からないけど、記憶にある反応です。
このメンバーなら大丈夫だろうと、ドアを開けました。
「お嬢、すまん。トラブルが有って避難してきた。女性だけでも保護してもらえないか?」
「緊急時なんでしょ?遠慮しないでみんな早く入って」
みんなを玄関ホールに呼び込むと、ソード君、副長さん、お兄ちゃん、知らない十五歳くらいの若い兵士さん、知らない十二、十三歳前後の少女二人の計六人だった。
コートと靴を脱がせ、玄関横にある外着乾燥スペースに掛けて温風器スイッチON。
一年の内、半年近くが雪に覆われる地域だから、コートや靴を乾燥出来るスペース作ってあるんだ。
羽織ってた毛布は多すぎるから、ひと段落したら二階の階段フロアに干しに行こう。
こないだから作り貯めてたスリッパ出して、みんなをリビングへ。
十代前半っぽい女の子二人はがたがた震えてるから、カウチソファーを暖炉前に持ってって座らせました。
男どもは自分でダイニングのイス持ってきてね。
私はお茶の用意(カップ、暇つぶしにいっぱい作っといてよかった)をしながら事情を聞きました。
ソード君の服、少し血が付いてるから気になったんだよ。
「服に血が付いてるけど、ポーション持ってこようか?」
「いや、ポーションはもう飲んで回復待ちだからいい。それに大したケガじゃない」
「そっか。それで何があったの?」
「今、ダンジョンは日中だけ二人常駐してるんだ。三か所とも雪上車で回って人を回収しての帰り道で、登り道を下り始めたら急に雪上車が傾いて横転した。外に出てケガの治療の後で確認したらスキー板が一本折れてて、横転したときに前面と側面のガラスが割れた。補修しようとして破片を探したんだが、雪に埋まったみたいで見つけられなかった。そうこうしてる内に、どんどん吹雪が酷くなってきたんでビバークは諦めて避難することにしたんだ。悪いと思ったが、お嬢の家なら一番近いし、段さえ間違えなきゃ視界が無くてもたどり着けると思ったんだ」
「大変だったんだね。無事でよかったよ。それと、もしうちを目指してなかったら怒ったからね」
「そう言われる気がしたから来たんだ。正直助かった」
「辺境では手助け出来る時は無償で手助けする。ここのルールだよ」
「ああ、ちゃんと覚えてる。それで、ここにいるのは信用出来る奴だけだから、みんなにお嬢の事話したいんだがいいか?」
「ソード君がそう判断したのなら、いいに決まってるよ」
「わかった。えー、みんなに紹介する。このお嬢さんは俺の師匠だ。辺境でのルールから剣術、魔法、魔道具の作り方、そして算術まで、みんな教わった。だがお嬢は薬師としてひっそりと生きたいと願ってる。だからこの家にあるものやお嬢の魔法は外に漏らさないでくれ」
あー、また師匠って言った。
でもまあ仕方ないか。
改めてソード君に言われると、確かにいっぱい教えてるね。
お、赤毛の女の子が手を挙げてるよ。
「あの、秘密にするのはいいんですが、ホントにこの子が?」
「本当だぞ。だから驚き疲れないように注意してくれ」
「え?疲れるんですか?」
「お嬢、お茶、魔法で配膳してみて」
「はいはい。みんなどうぞ」
お茶の入ったカップをお盆に乗せ、リビングに有ったローテーブルを引き寄せて暖炉前に配置。
お盆から各自のカップをソーサーごと、一度に配膳してみた。
もちろんすべて魔法で。
少女二人と知らない兵士さんはぽかーんとしてる。
その顔見て、なんでうんうん頷いてるかな、おにいちゃん。
「さて、お嬢の実力の一端を見てもらったところで、こっちの紹介だな。まず二人の女性は俺の従妹。男爵家の姉妹で王都に住んでたんだが、将来の政略結婚が嫌で、手に職を付けようと父上を頼って来た。で、そっちの兵士は王都でのマギの友達で、この領に職を求めて来た。王都の魔学研究所は貴族が多くて合わなかったらしい」
「そうなんだ。みんなよろしくね。あと私の家族を紹介するよ。雪猫のネージュ」
ネージュ、気を利かせてか、離れた所でお座りしてたんだけど、私の紹介で飛んできた。
重量軽減掛けて、わざとゆっくり空中を。
「え?動物に魔法は効かないんじゃ…」
「そうだよ。魔法使ってるのはネージュ自身」
私の腕に収まり、一声鳴いてお辞儀。
王都組、またぽかーん。
お兄ちゃんは頷かなくていいから。
そろそろ日も暮れてきたから、夕食の支度しなきゃ。
身体冷えてるだろうからお風呂で温まって欲しいけど、人数多いから二人ずつ入ってもらおう。
あ、先に毛布干しとかなきゃ。
姉妹が手伝ってくれたので、二階の階段スペースにレンガを変形させて物干し竿作って毛布を掛けました。
温風器も持って来てスイッチON。
「すごいです、一瞬で竿が出来てます」
お、栗毛の妹ちゃん、褒めてくれてありがとね。
「あはは、毎日使ってればすぐ慣れるよ」
「そんなにすぐに上達するものなのですか?」
妹ちゃんは丁寧語がデフォか?
「ソード君は三か月くらいだったよ」
「…がんばります」
「えっと、どちらかと言うと、楽しんだ方が上達は早いよ。こんな風に」
物干し竿作って余ったレンガで、うさぎ作ってみた。
「か、かわいい!」
あ、妹ちゃんはかわいい物好きだな。
「すごいわ、体毛の質感まで再現してる」
お姉ちゃんは分析派か?
しっかり確認してるね。
「あのー、お聞きしたいのですが、こちらのものは魔道具でしょうか?」
「うん、そうだよ。それは洗濯機。勝手にじゃぶじゃぶ洗ってくれて、切り替えれば絞ってもくれるの。乾燥もできるよ」
「「…」」
姉妹絶句。
「あれ?ソード商会に無かった?設計図は大分前に渡したんだけど」
「私たち、こちらに来て、まだ二週間くらいなのよ。だから魔道具全部は見てないし、ソード商会の魔道具って出来てもすぐ売れちゃうから、在庫って少ないのよ」
「あー、納得。まだ変換水晶作れる人少ないもんね。あ、そうだ。折角女の子だけだから、トイレの使い方も説明しとくよ」
階段ホールにあるトイレのドアを開けて、使い方説明しました。
姉妹は、またしばし絶句してた。
「…商会長が驚き疲れるって言ってた意味が分かって来たわね」
「うん。そうだねお姉ちゃん」
むう、私は驚かしてないぞ。
冤罪だよソード君。
姉妹は料理のお手伝いも申し出てくれた。
「え?貴族のお嬢様って、料理していいの?」
「うちは領地無しの貧乏男爵家。メイドなんて多くは雇えないから、家事も料理もしないとね」
「じゃあ、お願いするよ」
男どもにはちゃんと野菜も食べさせたいから、畑に行こう。
「ねえお姉ちゃん、今冬だよね」
「そうね、吹雪いてたわね」
「夏野菜までなってるよ。しかも見た事無いような瑞々しさで」
「そうね、商会長の師匠って、すごいわね」
従妹なのにソード君の事、商会長呼びしてるんだ。
仕事としてけじめ付けてるのかな。
でも、なにやら気になる単語が…。
まあ時間無いから、聞こえなかったことにしよう。
うーん、パンが少ない。
パンは焼くまでに時間がかかるから、一週間分くらいまとめて焼いてるんだよね。
数日中に焼く予定だったから、全然足りないぞ。
男どもの食欲は異常だからな。
…仕方ない、時間も無いからお米使うか。
あと、スープは、時間掛からないようにフリーズドライのでいいか。
メインは猪肉のステーキだな。
男どもは肉食わせとけば文句ないだろう。
冷凍の猪肉ブロック、結構あったよな。
「おねえちゃん、室内なのに食材が凍ってるよ」
「そうね、棚全体が凍ってるわね。部屋自体が冷却してあるのね」
よし、冷凍肉は十分あるな。
さっさと飢えた野獣どもに餌与えなきゃ。
キッチンに戻って調理開始です。
あ、お兄ちゃんと副長さんはお風呂かな。
ソード君と若い兵士さんは、リバーシやってる。
しまってあったはずなのに…あ、ネージュが出したのか。
二人の横で観戦してる。
おっと、まずはご飯炊かなきゃ。
六合くらい炊いた方がいいな。
うちの土鍋じゃ大きさ足りないから、新たに作ろう。
ちゃんとレンガとクズ石英持ってきたから、まずは土鍋だな。
土鍋作って石英でコーティングして、お米かして…浸けとく時間が無いな。
仕方ない、そのまま炊くか。
炊いてる間に、姉妹にはスープ、サラダを任せて、私は食器作り。
うち、そんなにお皿無いからね。
あー、でもごはんとステーキをナイフとフォークで食べるのか…。
よし、ステーキ丼にしちゃえ。
それならフォークで食べられるし、食器少なくて済むね。
「おねえちゃん、一瞬で鍋や食器が出来てくよ」
「そうね…って、さっきのうさぎ見たでしょう」
「でも、きれいにコーティングされてるよ」
「…そうね」
「おねえちゃん、レバー捻っただけでお湯が出てくるんだけど…」
「そ…いや、その魔道具は領主館で見たでしょう」
「そうだった」
よし、どんぶり茶碗とスープ皿、サラダ用の皿は出来たぞ。
あー!、カトラリー足りないや。
慌てて二階の作業部屋から、ステンレスのインゴット持ってきました。
六人分カトラリーセット作らなきゃ。
でもステーキは切ってご飯に乗っけるからナイフは要らないな。
フォークだとご飯食乗っけにくいしサラダもあるから、フォークとスプーンの中間みたいな先割れスプーンでいいな。
後はスープ用の丸くて深めのスプーンだな。
「おねえちゃん、一瞬でカトラリー出来上がってるんだけど…」
「そうね、しかもあれ、多分ステンレスよ」
「え、それってすごく高い金属じゃなかった?」
「そうね、金に近い価格だったはずよ」
「まじ?」
「おおまじ」
よし、カトラリーセットも人数分出来たぞ。
じゃあ、ステーキ焼こう。
「おねえちゃん、凍ったお肉がナイフも無しにスパスパ切れてるよ」
「そうね、芸術的な魔法制御だわ」
「おねえちゃん、なんかカサカサの塊にお湯掛けるだけでスープ出来たんだけど」
「…本当にスープになってるわね。仕組みが全く分からないわ」
「おねえちゃん、火も出てないのにステーキが焼けてるよ」
「そうね、たしかコンロっていう魔道具だと思う」
「焼いてるのに匂いがあんまりしないよ」
「…匂いや煙を、この小さい屋根みたいなのの奥から、外に出してるみたいね。送風の魔道具だと思うわ」
よし、とりあえず焼き終わったな。
「おねえちゃん、私、お湯注いだだけなんだけど…」
「私も野菜カットして盛りつけただけよ」
「おねえちゃん、最初に焼いて冷めて来てたお肉から、一瞬で湯気が上がったよ」
「…加熱の魔法みたいね」
お、丁度お風呂上がってきたね。
「みんな、食事できたよ。男性はテーブルで、女性はあっちの布のあるテーブルで食べてね」
「おねえちゃん、私たちの分浮かせたまま、男性陣の食器全部配膳されたよ」
「そうね、すごい魔力制御ね」
「うお!米だ。お嬢ありがとう!」
「ごめん、パンが足りなかったからなの。食べた事無い人達が多いけど、合わなかったら残してね。パンも少しはあるから」
「非常食齧ることを思えば十分だ」
「あはは、さすがにお客様に非常食は食べさせられないよ。じゃあ、そっちはそっちで勝手に食べてね」
私と姉妹は掘りごたつに移動です。
あ、ネージュ、どこ行ってたのかと思ったら、コタツ用の椅子の材料持ってきたのね。
「おねえちゃん、猫ちゃんが魔法で椅子作ったよ」
「そうね、私たちよりはるかに上手いわね」
女性陣はおコタに入ってさあ食べよう。
「おねえちゃん、この床、椅子みたいに座れるし、足元暖かいよ」
「そうね、床が掘り下げてあるのね。それに中を暖房して、熱を逃がさないように綿が入った布が掛けてあるのね」
姉妹はなんだかさっきから検証しまくってるな。
さすがに魔道具技師目指すだけはあるね。
「おねえちゃん、猫さんがちっちゃなカトラリー使ってるよ。すごくかわいいんだけど」
「そうね、色んな意味ですごいわね」
「おねえちゃん、このフォーク、スプーンみたいで掬いやすいね」
「多分、この白いのを食べやすくするための形じゃないかしら」
「おねえちゃん、あの子、二本の木の棒で食べてるよ」
「器用ね。食べ物を挟んだり乗っけたりできるのね」
あはは。お箸はね、調理用の菜箸作った時に一緒に作ったんだ。
ご飯食べるなら、やっぱりお箸よね。
「これ、お箸って言うんだけど、先が細くなってるから食べ物を食べやすい大きさに切ることも出来るんだよ」
サラダに入れたカットしたトマトを、お箸で更に半分に切って挟んでみた。
「すごいわね。慣れたらそれだけで食事出来ちゃうわね」
おお!おねえちゃんはお箸の便利さを分かってくれたよ。
「おねえちゃん、お肉とこの白いつぶつぶ、すごくおいしい」
だよね。ご飯って、お肉と相性いいよね。
「サラダも新鮮でおいしいわよ。何かかけてあるのね。油とビネガーかしら」
おしい。後レモン汁と塩と胡椒入れてあるよ。
「おねえちゃん、スープ、お湯注いだだけなのに何でこんなにおいしいの?」
「全くの謎ね」
さっきからお姉ちゃん呼び、多くないか?
でも、謎には答えなきゃね。
「さっきのスープの素は、実際に作ったスープから魔道具で水分を抜いてるの。冷却と減圧で氷をいきなり気化させて抜く魔道具だから、作るの結構難しいよ。その魔道具が作れたら、マイスター確実だね」
「減圧?気化?…先は長そうね」
「半年くらいで行けると思うよ」
「さすがに半年でマイスターは無理では?」
「ソード君はゼロからスタートで半年だったよ」
「ゼロからたった半年で?」
「うん、しかも午後の三時間くらいだけで。だからそんなに難しい事じゃないんだよ。だって七歳の私にも出来るんだもん」
「そう言われると希望が持てるわね。ありがとう」
「勉強じゃなくて遊びみたいなものだから、気軽に楽しんでね」
「遊びって、ホントなの?」
「うん、ソード君は私と遊んでて覚えたんだよ。だから私は師匠じゃなくて、遊び友達」
「…ひょっとして、楽しむことが上達の秘訣なの?」
「正解。今の見習いの人たちって、勉強と思ってやってるから苦労してる気がするの。遊びを苦労と思う人はいないでしょ」
「あなたを見てるとそんな気がしてきたわ。何をしてても楽しそうだもの」
「うん。遊んでたらこうなっちゃったの。最初は土で動物作って遊んでた。うまく出来るようになったから、レンガでおうち作って遊んでたの」
「えっ?まさか、この家って…」
「うん、ソード君と遊んで作ったの」
「自分で家が作れるなんて、とんでもないわね。…え?もしかして家具も?」
「そうだよ。最初は薪を変形させて木のスプーンとか作ってた。私は薬師の勉強してたから、空いた時間にちょこちょやってて、ここまで出来るようになるのに二年掛かったけどね」
「本業を教わりながらたった二年なんて…」
「あの…、私は何の取り柄もないって親に言われてて、だから人より努力しなきゃダメで、そんな私でも技師になれるのかな?」
お、妹ちゃんの口調が友達口調になって来たぞ。
ここは真摯に答えなきゃね。
「えっと、失礼なこと聞くけど、親御さんは何でも出来る人?」
「何でもは出来ないと思う」
「じゃあ、絶対に間違えない人?」
「そんなことない。時々勘違いとかしてるし、計算とかは間違えることあるし」
「じゃあ、『何の取り柄も無い』って言葉は間違いの可能性もあるよね?」
「…わかんない。でも、私が人より覚えが悪いのは事実だと思う」
「うーん…。じゃあ、何か好きなことは?」
「え?…動物は好き。色んな仕草してすごくかわいいの」
「どうして仕草を覚えてるの?人より覚えが悪いんでしょ?」
「だって動物は好きだから良く見てるもん」
「ほかの人より何倍も動物に遭えるの?」
「王都にはそんなに動物いなかったから、何倍もは無理だよ」
「じゃあ、人と大差ない時間で他の人よりいっぱい覚えてる事になるよ」
「…え?あれ?そうなっちゃうの?」
「うん、それが楽しむって事なの。例えば同じ動物を同じ時間見てても仕草を覚える人と覚えない人がいる。これは好きかそうでないかの違いなの。そして好きってことは楽しいってこと。楽しいから好きになる。好きだからよく覚える。じゃあ、楽しんだら早く覚えちゃうことにならない?逆に言えば楽しめないから覚えにくいんだよ。覚えにくかったことって、楽しくない事ばっかりじゃなかった?」
「…お勉強で楽しいって思った事無いよ」
「もったいないね。覚えれば動物の事がもっと分かるようになるかもよ」
「…算学いくら覚えたって、動物とは関係ないよ」
「そうかな?一匹で一日銅貨二枚の餌代がかかる動物が三匹いました。一週間飼うにはいくら必要?」
「え?えーっと…」
「これ分からないと餌が足りなくなって死んじゃうかもよ。それでも算学は動物と関係ない?」
「…出来ないと死んじゃうこともあるの?」
「分ってたら、死ななくて済む場合があるのは確かね」
「算学が関係あるのは分かった。でも他の事は?歴史なんて関係ないよね」
「今年、ここではスタンピードがあったの。これは歴史よね?」
「そうね、聞いたことあるわ」
「じゃあ、今年、森の動物が激減したことは知ってる?」
「…知らない。どうして?」
「スタンピードがあったから」
「スタンピードがあるとどうして森の動物が減っちゃうの?」
「お馬鹿な前代官が私腹を肥やそうとしてダンジョンの討伐費用をケチって封鎖しちゃったの。そして三か月後、スタンピードが起きて五百匹以上のスライムが溢れだした。街に向かったのは三百程。残りは森に散ったの。そして現在の領主様が騎士を連れて応援に来てくれて、街の兵士と協力して森のスライムを討伐してくれた。でも、討伐されるまでスライムは森の動物を襲い続けた。だから森の動物は激減したの。これは後世に残る歴史になるけど、動物たちには関係のない事かしら?」
「激減する原因なんだから関係あると思う」
「歴史を知らなきゃ、また誰かが同じことするかもね」
「…そんな風に繋がってるなんて考えもしなかった。知ってたら助けられる可能性もあるんだね」
「うん、ちょっとこじつけちゃったけど、何が役に立つ知識なのか分かんないから、出来るだけ知っとこうって話。例えば、ネージュは森で死にかけてたの。私は薬師の知識があったし魔法も覚えてたからぎりぎりで助けられた。知ってて本当に良かったと思ってる」
みゃーん
お、ネージュがすりすりしてきた。
お礼言ってくれてるんだね、嬉しいよ。
「そんなにかわいい猫ちゃんを、知識があったから助けられた…」
およ?妹ちゃん、考え込んじゃった。
ネージュ、Go!
みゃーん、スリスリ
「ほわー!か、かわいすぎ!」
偉いぞ、ネージュ。
妹ちゃんを悩殺してしまえ!
そうすれば、その娘は将来、弱った動物を助けてくれる存在になるかもしれないよ。
ん?長話してたら男組は食べ終わってて、ソード君たちはお風呂だね。
よし、後片付けしよう。
姉妹と私で後片付け。
姉妹が洗ってくれた食器を、私が魔法で乾燥させます。
「…」
あれ?妹ちゃんがおねえちゃん呼ばなくなったね。
「これ、水滴を表面から落とす魔法と温風の魔法使ってるの。なんでわざわざ魔法使ってると思う?」
「えっと、楽だから?」
「早く終わると自分の自由時間が増えて楽しいことが出来る。いつも魔法を使えば制御力が上がってもっと早く終わる。制御力が上がれば新しい魔法が使えるようになる。その魔法を趣味に使ったり、お金を稼ぐために使う。お金が早く稼げれば、それだけ自分の自由時間が増えるし、趣味に使えるお金も多くなる」
「全部自分の趣味のために聞こえるよ」
「当然だよ。そのためにやってるから楽しいんだよ」
「趣味をしてるわけじゃないのに楽しいの?」
「うん。趣味のための準備をしてるんだからね。そうだなぁ…、かわいい仕草を保存できる魔法があったら?」
「そんなのあったらすごく楽しそう」
「その魔法は制御力が高くないと使えない。でも、他の魔法を使ってるうちに、その魔法も使えるようになってしまう。これって準備じゃない?」
「なんとなくわかった。でも、そんな魔法、本当にあったらいいなぁ…」
あ、妹ちゃんは写像機のこと知らないんだね。
「暖炉の上、見て来て」
「え?何?」
「お願い」
「あ、うん。分かった」
「えー!猫ちゃんのすごく精巧な絵がある!!これってまさか!?」
「お嬢がネージュの姿を写したくて作った魔法の結果だ」
うお!ソード君、いきなりだね。
お風呂上がったんだ。
「ほんとにあったなんて…え?作った?」
「ああ、色んな知識集めて、高い魔法制御使って作っちまった」
「…私、楽しく頑張れるかも」
「おう、楽しめ」
男性陣は入浴終わったので、姉妹を連れてお風呂の使い方を軽く説明。
よし、ソード君、ちゃんと掃除してお湯張り直してあるね。
私は男どもに入浴後の水分補給させるか。
<お風呂内>
「おねえちゃん、実家にも無いお風呂が個人の家にあるんだね」
「ええ。さっきの話からすると、全部自作なのよね。家具なんて上位貴族の家でも見た事無いようなのが並んでたわね」
「はふあ~」
「なんて声出してるのよ」
「お湯に浸かるのがこんなに気持ちいいなんて思わなかったよ」
「そうなの?でも、こっちもすごいわよ。王都では上流階級のご令嬢が先を争って買い溜めするシャンプーとリンスが、無造作に置いてあるわ。石鹸なんて、花の香りがしてるわよ」
「…早く洗って交代して」
「わかってる。…あれもこれも全部あの子の手作り。あの子は片手間で二年、商会長はたった半年なんて…。王都では第三王子殿下が辺境で天啓を受けたって噂だったけど、絶対あの子に会ってるわね」
「私もそうなのかも。覚えが悪いんだから仕方ないんだって言い訳して、何もしようとしてなかったって気付いたの」
「私もよ。自分では物事をよく観察して理解する人間だってうぬぼれてた。妹の事さえちゃんと理解出来てなかったことに気付かされたわ」
「…あの子、七歳なんだよね」
「私たちの方が年下に思えるわね」
「うん」
「なあ、お嬢、この家、何でこんなに暖かいんだ?」
にゅふふ、おにいちゃん、気付くの遅いよ。
「外壁との間に空気層作って断熱してるからよ。領主館も暖かいでしょう?」
「一介の兵士が暖かさ実感するほど中にいられねえよ。俺、家でも防寒着来てるんだぞ」
「私の小屋もそうだよ。でも、これから建てる家はうちみたいになってくかもね」
「…早く建て直ししてくんねえかな」
「自分で建てればいいじゃん」
「カツカツでそんな金ねえよ」
「死ぬほど働け」
「ひでえ…」
「ん?どういうことだ?兵士の給金も上がったうえに、うちの商会からもかなりの協力謝礼を払ってるはずだぞ」
「…」
あ!ソード君の指摘にお兄ちゃんが目を逸らした。
「これは、絶対言い難い事にお金使ってるわね」
「そうみたいだな」
「…」
「酒か」
ビク
「女ね」
ビク
「「両方か!!」」
和やかだったリビングは、一転してブリザードの気配です。
「「何この空気?」」
あ、姉妹ちゃんお帰り。
「いや、こいつが給金の大半を酒と女に入れあげてるみたいなんだ」
「うわ~」
妹ちゃん、表情がひどい。
「接待だって理解してる?」
おねえちゃんは、痛々しいものを見る目だね。
「な、なんだよ!頑張って仕事してるのが素敵だって、行くたびに褒めてくれる優しい女なんだぞ!」
「みんな頑張って仕事してるわよ」
「優しかったら相手の財布を心配するわね」
「その女性はちゃんと接待という仕事をしてるね」
女性陣による総突込みが入りました。
つい、私も参加しちゃったよ。
「え?…え?」
「まさか親が病気だとか家族が事故でとか言われてないでしょうね?」
「どこに住んでてどんな家族構成かも知らないのにね」
「家族の名前すら教えてもらってないんじゃないの?」
「貧乏でお店に出る服も買えないとか言われてプレゼントしちゃってたらやばいよね」
「あなたが会いに来てくれるから頑張れるとか言われて無理してでも行ってない?」
「いつかは結婚したいとか言われたら末期ね」
姉妹交互の怒涛の攻撃。
さすが姉妹、息ぴったりだな。
でも、妹ちゃんは何気にとどめ刺しに行ってないか?
「な、な、なんで知ってんだよ!?」
「「「ダメだこれ」」」
おっと、思わず私まで判定に加わっちゃったよ。
姉妹交互の集中砲火を浴び、女性陣のダメ判定食らったお兄ちゃん、茫然自失です。
あ、静かに副長さん登場。
無言でそっとお兄ちゃんの肩を抱き、部屋の隅に移動して行きます。
先達としてのご指導、お願いします。
夢と現実の区別がつくようにしてあげてね。
お兄ちゃんの貢疑惑が発覚したものの、副長さんの静かな活躍で場は収まりました。
乾いた毛布とうちの予備毛布を持たせ、男どもは三階に。
二階は女子エリアだから、朝まで降りて来ちゃダメだぞー。
私の部屋も客室も、ちゃんとカギは掛かるけどね。
姉妹ちゃんたち、ちゃんと着替えてたので、洗濯機の実演がてらお洗濯しました。
ソード商会の指示で、最低一セットは着替えを持ち歩いてるんだって。
よしよし、ちゃんと辺境の事教えてるね。
私は洗濯機の使い方を説明して運転を始め、さっき気になったことを聞いてみます。
「あの、さっきの入れあげてるって話なんだけど、ソード君までこっち側の意見に賛同してた気がするの。貴族って、子供の内からそういうとこへ行くの?」
「違うわよ、貴族家では安易に騙されないように手口と対処法を教えられるのよ。さっきのは序の口よ。継嗣への教育なんて、聞いてたら人間不信になるから」
「うわー、貴族の皆さん、ご苦労様です」
「それより私はあなたが理解してた方が気になるわね」
「あー、うちの父ちゃん、お人好しだったんだよ。何度も騙されてるのを見るに見かねて母ちゃんが助けてて、それが縁で結婚したらしいの。で、私は母ちゃんから、こんな女にはなるなって実例付きで教育されたの」
「うわ、ものすごく納得しちゃったわ」
ちょっと貴族の闇に触れ、父ちゃんの失敗談を話してしまった。
父ちゃん、ごめんね。
さてネージュ、お待たせ。お風呂行くよー。
はふー、さすがに六人もお客さんが来ると、お風呂は遅くなるなー。
…地下大浴場?
だめだ、使用頻度皆無で放置され、腐海に沈みそうな気がする。
露天風呂?
ちょっと心惹かれるけど、多分雪で埋まるし外気温低すぎてショック死しかねない。
なにより浸かってるうちに氷が張りそうだ。
…お客さんが良く来るようになるなら、その時考えればいいか。
あー、明日の朝食準備忘れてた。
パン生地仕込んで一次発酵したら冷蔵しとこう。
バターとジャムあるから、トーストでいいな。
あとはソーセージでも炒めるか。
ん?それだとホットドッグの方がいいのか?葉野菜あるし。
バンズも焼いとこう。
ネージュ、そろそろ出ようか。
パン生地の用意してから二階に上がったら、姉妹ちゃんが洗濯機の前に座り込んでた。
え?ずっと見てたの?飽きない?
乾燥工程にやたら関心してたけど、なんで?
「洗濯だけじゃなく乾かしてもくれるなんて、すごいわね」
あ、そうですか。
前世じゃ当たり前だったから、私には感動のしどころがわかんないんだよ。
もう乾いてるから寝ようよ。
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