10月 1/3

十月に入りました。


苔庭のもみじの紅葉は、今が見ごろ。

でも、子育てでちょっぴり忙しい私です。


娘の名前はネージュ。

フランス語で雪を表します。

真っ白でふさふさな毛に、焦げ茶色のしっぽと耳のふち、青い瞳の美人さんな雪猫の子供です。


すっごくかわいいんだけど、どこにでもついて来ようとするのはちょっと困りもの。

お願い、トイレは一人で入らせて…。

ぷすり場までよたよた歩きで着いてくるのは、縦穴落ちそうで怖いよ。

仕方ないから抱っこしながらぷすったので、ネージュちゃんレベルアップしちゃってます。

結果、数日で走れるようになってしまった。


私はネージュを猛獣に育ててるのではないかという不安もよぎりますが、ヒグマやヘラジカが近くにいる世界なので、娘の安全優先です。

今、ネージュはレベル6です。

しかも魔法使えます。

私の真似なんだと思うけど、私が地下で農具部屋作ってたら、知らない間に後ろでレンガ作ってました。


更に身体強化して高速で走ってるし、薬草も見つけられます。

試しに、ぷすり場で土からクロスボウのボルトみたいなの作ってスライムに飛ばしてたら、しっかり覚えちゃいました。

よし、これでスライムを撃退できるね。


最近では、私の言うことも、ある程度理解してるみたいです。

コクコク、プルプル、顔コテンで答えてくれます。

悶絶しそうにかわいいです。

でも、たった十日ほどでこの成長っぷり。

雪猫すげーな。


しかし、食事には困ってます。

自分の食事そっちのけで、私が食べてる物を欲しがります。

三日目にしてネージュ用の餌は食べなくなりました。

仕方がないので私の食事を作る際、ネージュの分の盛り付けしてから私の分の味付けしてます。


そして食材からネギと玉ねぎが消えました。

チョコやアワビも買えないね。

雪猫が前世の世界の猫と同じかどうかは分からないけど、用心するに越したことは無いからね。


あと、ネージュは猫嫌いの人が分かるみたいなの。

街に買い出しと納品に行った時、特定の人に対してだけ身構えるそぶりを見せたの。


商会の人だったから話を聞いてみたら、小さいころに猫に引っかかれて化膿してひどい目に遭い、それ以来猫が苦手なんだって。

ソード君や猫好きの人には、自分から寄って行って撫でられてるんだよ。

ネージュ、どうやって相手の感情読んでるの?

雪猫の特殊能力なの?


飼う参考になればとソード君に色々情報集めてもらったんだけど、個体数が少ない上に雪深い地域にしか生息してないので、詳しい生態は分からなかったの。

でも、私にとっては家族なんだから、これからも元気でいてね。


さて、今日は朝から果樹エリア行って採取して、その後ネージュママと家族のお墓参りに行くつもりです。

ネージュに理解できるかどうかは別にして、元気なネージュの姿を見せてあげたいからね。


ネージュと二人、ランニングするように西の森を駆け抜け、川に到着しました。

ネージュを抱っこしてジャンプ。

ネージュには重量軽減と反作用の魔法、教えてないからね。

私自身も使うとこ、あんまり無いし。


果樹エリアに到着したら、果実は結構熟れたのがありました。

でも、下の方は動物に食べられてるね。

ジャンプしたり枝に登ったりしながら、上の方の熟れたのと熟れかけを採取していきます。


しばらく採取してたら、下で待ってたはずのネージュが枝の上にやって来ました。

君、今重量軽減魔法使ってたよね。ホント凄いね。

あちこちで採取してリュックがいっぱいになったので、雪猫の巣に向かいました。


あ、ネージュが走り出した。

自分の巣の近くだってわかったのかな。

うん、わかったみたいだね。

巣のある木にジャンプして登ってる。

私はゆっくり歩きながら近づき、巣のある枝の横まで登りました。


ネージュは巣の中でしきりに匂いを嗅ぎながら家族を呼ぶように鳴いていでるので、私は巣の横に座ったまま、じっと待ちます。

しばらくしたら、しっぽを垂らして寂しそうなネージュがやってきました。

ごめんね、誰もいないから寂しいよね。


膝に乗って甘えてくるので、抱っこして下に降りました。

ネージュを膝に乗せたまま、木の前に座ります。

伝わらなかもしれないけど、ネージュを撫でながら、私が推測したネージュママの行動を、脳内でイメージしながら語ります。


子どもたちのために狩りに出たネージュママ。

運よく狩りに成功し、森ねずみを咥えながら帰途につきます。

突然、風下の死角から牙イノシシに襲われ、横腹に穴を空けられて吹き飛ぶネージュママ。

後ろ足が木にぶつかり、両足が折れた状態で地面を転がります。

仕留めたと思ったのか、走り去る牙イノシシ。

倒れたままのネージュママは前足だけを使って、お腹から血を流しながら這いずり始めます。

途中、取り落とした森ネズミを咥え直し、必死に巣のある木に向かって這いずります。

どんどんお腹の穴からは血が流れ出て行きます。

やっと巣のある木の根元に辿り着いた時には、もう意識はもうろうとしています。

それでも子供たちに餌を届けようと、必死に前足で木に爪を立てますが、前足だけでは登ることは叶いません。

それでも何度も爪を立て、前足を動かします。

やがて無念の死が訪れて倒れてしまいますが、死して尚、咥えた獲物は放しませんでした。

数日が過ぎ、私が木の根元にやって来ます。

ネージュママの死にざまを見て、ハッとして木に登ります。

死んだ子猫たちの横で、今にも死にそうなネージュを見つけ、指づたいにポーションを飲ませます。

少し呼吸の安定したネージュを布で包み、リュックの中にそっとしまいます。

再度木に登ってネージュの兄弟(姉妹)たちの遺骸を下ろし、ネージュママの遺骸に抱かれるようにして、木の根元に埋めました。


ここで私の回想は終わりです。


ネージュは私の膝から降りて、家族の眠る地面の匂いを嗅いでます。

やがて墓標代わりの木に首筋を何度もこすりつけ、長く大きく鳴くと、私の元に戻ってきました。


森の動物は、威嚇か緊急事態、安全だと思える場所以外では大声では鳴かないはず。

森に響くネージュの鳴き声は、慟哭のように聞こえました。


どこまで伝わったかは分かんないけど、母親の愛情は伝わってて欲しいな。

家族の死を伝えるのには悩んだけど、ネージュママの深い愛情は知っておくべきだと思ったんだよ。


外では私と一緒に歩くのが好きなネージュだけど、今は私の膝に前足を載せて抱っこをせがんできました。


もういいの?

じゃあ、私たちのおうちに帰ろうか。


ネージュを包み込むように抱っこして、ゆっくり歩いて帰りました。

ネージュはその日一日中、とっても甘えん坊だったので、食事とお風呂以外、ずっと抱っこして過ごしました。




翌日、ネージュと一緒に目が覚めました。


ネージュ用にバスケット編んでベッドみたいにしてあるんだけど、朝になると私のベッドに潜り込んでることもしばしば。

まあ、昨日は最初から私のベッドで一緒に寝たんだけどね。


さあ、起きて身支度しよう。

お、今日は抱っこせがまないんだね。

いつもより距離が近い気がするけど、とことこ歩いて着いてきます。


身支度して朝食を食べ、日課を済ませたら登り口へ。

今日は冬用の薪作りの日なのです。

冬用の薪が欲しい人たちが参加して、森に入って間伐して薪を作ります。

必要量の1/5くらいにしかならないけど、森のお手入れ的側面があるので、毎年の恒例行事です。


でも、最近は石炭ストーブの家庭も増えて、年々参加人数が減って来てます。

例年は五月ごろにやるんだけど、今年はスタンピード、領主様の交代、露鉱の水没などがあって、延び延びになってました。

今から薪にすると乾燥が不十分で、冬の終わりくらいにしか使えないかもしれないけど、タダで手に入るんだから文句言えないよね。


登り口に着いたら、まだ十五人くらいしか集まってないね。

去年は五十人くらいいたはずだから、早く来すぎたかな。

参加者は荷車持参。

兵士さんたちは一輪車持って来てるね。

あ、領主様とソード君いる。


「領主様、おはようございます」


他の人たちもいるから一応敬語で話しかけとこ。

ソード君は軽く手を挙げて答えてくれてるね。


「やあ、お嬢さん、おはよう。では、そろそろ出発するか」

「え?これで全員ですか?」

「ああ、主にソード商会のおかげでね」

「??」


頭の中、ハテナだらけになってたらソード君が説明してくれた。


「売り出した温風器とコンロを施設や商店、裕福層が購入したおかげで、石炭ストーブの中古が街に出回って、薪の需要が激減した。まだ予約分の未納もあるけど、石炭ストーブが余って来てるんだ。今は薪暖炉の家も、冬までには石炭ストーブになるからって、参加者が激減した」

「換気の必要もなく、吸気による隙間風に悩まされる心配もない暖房と調理器具だからね。しかも薪置き場が不要とあっては、売れて当然だよ。私の館も温風器は有るが、薪暖炉の雰囲気も気に入っているから参加したんだよ。まあ、恒例行事らしいから参加しておきたいと言うのも有ったがね」

「そうなんですか、街ではそんなことになってたんですね」

「ああ、住人の生活が向上するのはいいことだ。ところで、気を使って敬語にしてくれているようだが、なんだか寂しくなってしまうからいつも通りに話してくれないか」

「え、いいの?」

「ああ、他人行儀は止めてくれ。君は娘のようなものだから」

「ありがとう。じゃあそうするね」


第三者の前でも娘扱いされてるけど、領主様に悲しそうな顔されたら受け入れるしかないよね。


団体で森まで入り、兵士さんに指示された木をみんなで斧で切り倒していくんだけど、領主様まで斧振るってるよ。

しかも一振りで半分くらい切れてる。

あれは魔力制御力が向上してる証拠だね。


あ、ネージュ、危ないから斧持ってる人に近づいちゃだめだよ。

ソード君が剣でスパスパ枝払いしてるから、私は枝の集め役に回ってます。

ネージュ、剣抜いてる人にも近づいちゃだねだからね。


私は異常性がバレないように、ちゃんと手で集めてるよ。

お、ネージュ、口に咥えて枝持って来てお手伝いしてくれるの?

偉いぞー。

でも、こっそり身体強化と重量軽減使ってるよね。

君ってホントに賢いねー。


私が縛った薪とぶつ切りにされた丸太は、兵士さんたちが一輪車で回収して森の傍に停めた荷車に運んでる。

去年はみんなで担いでたけど、今年は楽だね。


例年は夕方までかかるのに、今日は午前中で終わってしまった。

スライム出ない分兵士さんたちが働けるし、領主様は楽しそうに最後まで斧振るってたからね。


みんなと帰ろうとしたら、領主様に呼び止められた。

東と中央のダンジョン視察して新ダンジョンまで行くそうなので、同行することになりました。

私の分の荷車は、兵士さんがうちへの小道に置いといてくれるそうです。


東と中央を視察して、中央のダンジョン前で昼食。

あ、総菜パンだ。


「お嬢のレシピでうちの料理人に作ってもらってるんだ。弁当に丁度いいから持ってきた」

「そっか。でも、前みたいに食べ過ぎないでよ」

「おう、さすがに慣れてきたから大丈夫だ」


まて、慣れるまではずっと食べ過ぎてたのか?


「私も初めて食べた時はしばらく動けなかったからね。これはよいパンだ。更に米も取り寄せているから、今から楽しみだよ」


うわ、領主様まで食いしん坊だった。

絶対要求されるから、ご飯もののレシピ、書いとこう。


あ、ネージュ、領主様の膝に乗ってパンちぎって食べさせてもらってる。

領主様、か、顔が…。

領主様って、何気にかわいいもの好きだよね。

ネージュも嬉しそうだし。

しょうがないなぁ、人用の味付けは今日だけだぞー。


昼食終わって新ダンジョンへの移動中、森の奥で牙イノシシに遭遇しました。

私が警告を発して全員が剣を抜いたら、牙イノシシが倒れちゃいました。

頭にボルトが突き刺さってます。

うわー。昨日伝えたイメージで、牙イノシシは殲滅対象になっちゃたかな。


「…お嬢、今のはネージュか?」

「…ネージュのお母さん、牙イノシシにやられたの」

「…追求しづらい逸らし方はやめろ」

「ごめん。雪猫ってすごく魔力制御力が高い種族みたいで、私が魔法使ってると、大抵見てるだけで覚えちゃうの」

「まじかよ。…ん?子猫のネージュが勝てるのに、何で母猫が負けたんだ?」

「多分、不意を突かれたんだと思う。…あと、レベルと魔法の師がいないから」

「ネージュはいくつだ?」

「6」

「…」

「ふむ、雪猫にはそのような特性があるのか。見ただけで魔法を覚えるとは、すごいなネージュよ」


あー、領主様、ネージュの頭撫でて褒めてる。

ここは無許可で攻撃したことを叱らないと…って、私たちも剣抜いて攻撃態勢だった。

じゃあ、叱る必要無いのか?…ん?あれれ?

ソード君と私は、困惑する表情で見合ってしまった。

ネージュが首をかしげてこっち見るもんだから、二人して苦笑してしまった。


獲物を放置する訳にもいかないので、私が箱そりを作り、牙イノシシと一緒に氷入れて密封しました。

帰り路で回収して、ソード君に持って行ってもらおう。


小道を行く途中、ソード君が新ダンジョンの砦であった事件を話してくれました。


先日、魔学研究所の見習いがレベル上げに来てた時、クマの襲撃があった。

以前からクマは確認されていたが、襲っては来ていなかった。

しかし、見習いが昼食用にと肉を焼いてしまったため、匂いにつられたクマが襲撃してきた。

のぞき窓からクマを間近に見てしまった見習いは、あっさり気絶。

避難用の地下通路は完成しておらず、倒れた見習いを屋上に上げるのも難しい。

仕方なく兵士が二階から弓で攻撃するも、クマは追い払えない。

そんな時に現れたのがヘラジカ。

大きな体躯で圧倒しながら、角でクマを突いて追い払ってしまった。

兵士は助けてもらった形になるためヘラジカには攻撃せず、しばらく見合ったままだった。

やがてヘラジカは、近くの木の樹皮をかじり始めた。

恩義を感じた兵士さん、止せばいいのに食材用のキャベツを、屋上横の急斜面からヘラジカ向けて転がした。

しばらく音に警戒していたヘラジカだったが、匂いに気付いたのか、キャベツを咥えて去って行った。

その後、毎日ヘラジカが来るので、屋上から野菜をかごに入れて降ろして与えてるらしい。

以降、付近ではクマを見かけなくなった。


まじかー。

兵士さん、辺境人なのに野生動物に餌付けしちゃダメでしょ。

まあ、私もネージュ助けちゃってるから言える立場じゃないけど。

クマはここに食料があることを知ってしまったから、襲ってくるクマよりは野菜あげるだけで済むヘラジカの方がいいのは分かるんだけどね。

せめて餌は少量にしないと、砦前に居着いちゃって縄張り変わっちゃうよ。


砦に着いたので、屋上から外のはしごを使って地上に降りました。

あ、一階に出入口は無いよ。

元々襲われる前提だったから、防御力落ちないように壁とのぞき窓代わりのスリットだけです。


わー、結構爪痕残ってるね。

補修して再度硬化しとこう。

ネージュは森の方を向いて、警戒してくれてます。

探知領域はネージュの方が広いみたいだから助かるよ。


領主様と相談の結果、出来上がってた地下避難用階段の上部付近に地下の調理室と食堂を作りました。

ネージュもレンガ作ったり壁を固めたりと、お手伝いしてくれます。

作業するネージュを見て、兵士さんがびっくりしてた。

うちの娘、すごいでしょー。


部屋の高さが足りなかったので、ソード君に肩車してもらって作りました。

入口をクマが入れないように狭く作ったので、万一の避難所にもなります。

換気ダクトも長い煙突付けて岩山側に排気するようにしたので、匂いで野獣を寄せることも無いでしょう。

送風機は私が水晶持ってたけど筐体が無かったので、予備に置いてあった槍の穂先を加工しました。

レベルアップに来た見習いさんたちに作り方見せたら、目を剥いて驚いてた。


ソード君が、『こんな少女でもこれくらいは出来るんだぞ。しかもこの部屋作ったすぐ後でだ』って言って、発破かけてた。

でもソード君、“こんな”ってどういう意味?


帰りの途中、置いてあった牙イノシシの箱そりをソード君に任せ、分かれ道に置いてあったうちの荷車を引いて帰りました。


ネージュが薪の上に載ってるけど、重量軽減掛けてくれてるから楽々でした。

下ろすのも魔法で手伝ってくれ、本日はいっぱい活躍したネージュでした。

よーし、ご褒美にいっぱいもふっちゃうぞー。

…もふりまくってたら甘噛みされてしまった。

やりすぎたか…。


夜、ネージュがレベルアップしてた

猫って寝ながら痙攣する時あるけど、撫でても収まらないし、小刻みに震えるような痙攣だからレベルアップだと思う。

ネージュ、レベル7です。

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