23.触手ごしの会話

『さっき、どうして入ってこなかったの。部屋を開けておきながら一言もなしだなんて無礼よ』

「う、ご、ごめんなさい」


もぞりと身じろぎするミミックは擦り付けられる触手の感触が気持ち悪そうだったが、そうでもしなければ会話ができない。

テンタクルは自身の声を振動に変えて、触手越しに触れているミミックへ言葉を伝えているのだ。


「だって、テンタクルがなんだかつかれたみたいな顔をしてたから」


ややあってミミックが告げた理由は、テンタクルが予想だにしていなかった内容であった。

咄嗟に言葉を紡げないテンタクルをよそに、つっかえつつもミミックの答弁は続く。


「ぼく、笑うの下手くそだから、みんなの顔見て勉強してるんだ。

いつもぼくが来たら目元をちょっときゅっとするの、あれ笑ってるんだよね?

ぼくと話すのいやがってる訳じゃなさそうなのにいじめてくるから、きみのことなに考えてるかわかんなくて怖いけど……

でも、さっきは笑ってなかったから、つかれてるのかなって」


一部屋挟んだベッドの上で、テンタクルは指先を目元へなぞらせた。

長く生えそろった睫毛、人を惹き付ける整った形の下瞼。

そこが感情で形を変えているなんて、指摘されるまで気づきもしなかった。

充分に保湿されたキメ細やかな肌は指の形に凹む。

かすかに震えていた。


テンタクルの動揺をよそに、ミミックの言葉は続く。


「テンタクルはぼくよりずっと前からここにいるでしょ。触手の粘液が人間の身体に悪いから、あんまり自由に動けないみたいだし。

そんなテンタクルに、『外の景色なんて見られるわけない』ってバカにされたこと言うの、

申し訳なくなってきちゃって」

『バカにされるのも当然ね』


背を丸めたテンタクルは吐き捨てるように言った自分の言葉に、どくりと心臓が跳ねた。

これは警鐘だ。


ここでの収容年数も、うじうじと煮えきらない態度も、なにもかも下だと思っていた相手に自分が気づいていなかったことに気づかされた。

それがなぜだか恥ずかしくて、元の強気な自分を取り戻さなくてはと必死になった。

我に返ればミミックが更になにかを言っていて、取り残されるまいと聞き取った単語だけで台詞を作ったのだ。


『外の景色なんて見られるわけない』

誰に言われたのか、その時どんな状況だったのか。

自分がどんな気持ちなのかすら分からないまま、言葉は動揺の波に押し流されて、喉から捨てられていく。


「……そうかな」

『そうよ。あなただって自分の立場は分かっているのでしょう?

外に出るって、人間たちから逃げるのと同じことだわ。

殺されるかもしれないし、わたしの種族だって敵と見なされて危険が及ぶかもしれない。

一時の感情に流されて自分や周りに迷惑をかけるのはバカのすることよ』

「!」


ぴくりとミミックが身じろぎしたのがわかって、鳴り響く心臓の音は更に大きくなる。

自分で言った言葉でミミックが傷ついていると思うと、優越感よりも嫌悪感が強くなった。

だって、ミミックの心を殺したいわけではないのだ。

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