22.突撃! 二軒隣のミミックさん
絶対にこの不完全燃焼な気持ちを晴らしてやる、という一心でテンタクルはスカートの端を摘まんだ。
両手でスカートを持ち上げ、淑女が膝を折り、うやうやしく挨拶をするように。
ただし足のないテンタクルが動かしたのは、触手の一本である。
先端だけ笹葉のように平らに広がった肉色の触手は不気味に脈打ち、暗がりの中でわずかな光を反射させてぎとぎとの光沢を見せつけた。
普段は控えめに収納してある肉の紐を、粘液をあまり分泌しないよう調節する。
ただし完全に出ないようにはできないので、蛇が木の幹を這いのぼるように壁を伝い、鉄格子付きの窓にじゅぽりと突っ込めば縁でこそげた粘液が、這いずった道へたれ落ちた。
ぐねぐねと震えるそれを更に伸ばして、飛ばして落として這わせて、一部屋分を貫通させる。
無論その貫通した部屋は容赦なく粘液で汚染されるが、そこは先ほど移動させられたテンタクルの私室の一つである。
突如侵入してきた触手に悲鳴を上げる不幸な者はいなかった。
後に掃除したばかりの部屋が粘液まみれになっている様を発見して不幸になる掃除係はいるかもしれないが。
空室を乗り越えて、二枚目の窓から次の部屋へ入り込めばそこがミミックの部屋である。
触手に備わった感知機能を使い、空気に伝わる振動から獲物の居場所を探り当てる。
やがて発見したのは、部屋の隅にひっそりと置かれた箱だ。
彼とて洞窟に潜む種族なのだから気配を消すのは得意であるはずなのに、それができない程度には感情が昂っているらしかった。
かすかに上下する箱の隙間へ、テンタクルは容赦なく触手の先端を突っ込んだ。
枠の金属を乗り越えると、敷き詰められた紙にシワが寄るぐしゃりという感触がした。
どうやら大量の紙に埋もれる形で収納されているようだ。
影のぼうやはミミックではなくてネズミの一種だったのかしら、などとたわいもない雑念が脳内をよぎる。
『ちょっと』
「んぎゃぁ!」
箱に潜り込んでいたミミックの顔に直撃したらしい。
べちゃりと貼り付けば、情けない悲鳴の振動がダイレクトに伝わった。
「なになになにこれ、えっ、テンタクル? いきなり止めてよ、箱を閉じちゃうところだったよ!」
『テンタクル族の仕返し流儀を味わえなくて残念だったわね』
触手は伸ばせば伸ばすほど耐久度が下がる。
重たい箱の蓋に挟まれ、ちぎれてしまう己の一部を想像してぞっと怖気が走ったが、おくびにも出さずテンタクルはこれ幸いと会話を続ける。
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